第3話 廃れた魔法でロボットを創る
マコトはそっと手を見つめ、深呼吸をした。
昨日、魔物を相手に使ったあの力――火の精霊を思い浮かべた。
深く集中しながらイメージを膨らませる。
燃え上がる炎、熱、揺らめき――
その全てを頭の中で描くと、手のひらに小さな炎が生まれた。
「これだ……やっぱり出せる。」
彼は炎をじっと見つめた。揺らがず、安定した小さな火。その動きを観察しながら、ふと頭に一つのアイディアが浮かぶ。
(この炎、ずっと安定して燃え続ける……。動力として使えるかもしれない。)
さらに、誠は次々と他の精霊も試していく。
まずは素材だ。庭の土に手をかざし、土の精霊を呼び出した。茶色い光が手のひらから広がり、地面からいくつもの小さな鉱石の粒が浮かび上がる。
「これが……金属の原料か?」
誠は鉱石を手に取り、じっくり観察した。黒っぽい鉱石、赤みを帯びた鉱石、鈍い銀色の鉱石――それぞれが異なる特徴を持っているようだ。
「種類が違う……ってことか?」
試しに火の精霊で加熱してみると、鉱石ごとに溶ける温度や変化する色が異なることに気づく。
黒い鉱石は鉄に似た粘り気のある金属に変わり、赤い鉱石は銅に近い性質を示した。
しかし銀色の鉱石は今の出せる温度では全く変化しなかった。
「よし、これで分けられる!」
火の精霊を使って一つ一つ溶かし、種類ごとに分別する作業を始めた。不純物を取り除くため、何度も熱を加えて不純物を浮かせ、水の精霊で冷却して仕上げていく。
素材が揃ったものの、形を整える工程は簡単ではなかった。火の精霊を使い金属を加熱して柔らかくしたが、それを思い通りの形にするには道具が必要だった。
「いや、待てよ……土の精霊なら……。」
誠は土の精霊を呼び出し、イメージを頭の中で描きながら力を集中させた。すると、柔らかくなった金属が土の精霊の力によって、まるで粘土のように動き始めた。
「すごい……これなら自由に形を作れる!」
誠は曲線を描くパイプや、直線的なフレームの形状を次々と成形していった。
もちろん、一発で成功するわけではない。力加減を間違えれば金属が歪み、冷却タイミングが悪ければ形が崩れる。それでも誠は何度も火と土の精霊を使い直し、少しずつ形を整えていった。
次に、細かなパーツを作るための切断作業に取り掛かった。誠は金属の薄い板を手に取り、水の精霊を呼び出して試してみる。
「細い水流で……鋭く、正確に。」
集中すると、水の精霊が生み出した水流が金属表面を鋭く削り取り、切断面を作り出した。最初は荒くて歪んだ切断面だったが、水圧や角度を調整するうちに、滑らかな面を作れるようになってきた。
「これなら、歯車も作れるかもしれない。」
何度も失敗を重ねながらも、誠は日が暮れる頃にはいくつかの部品を完成させることができた。小さなパイプ状の金属、滑らかに回転する歯車、そしてロボットの脚になるフレーム。
マコトは作業台の上に並べたそれらをじっと見つめ、感慨深げに息を吐いた。
「荒削りだけど……これが俺の第一歩だ。」
精霊の力と自分の知識を組み合わせることで、少しずつ形になり始めた。手元にある部品を見ながら、誠の心に新たな可能性が芽生えていた。
火、水、風、土――四つの精霊の力を使い、どうにか揃えた荒削りな部品たち。初めての挑戦としては十分すぎる成果だが、これを組み立て、実際に動かすとなると話は別だ。
(……本当に動くのか?)
マコトは緊張しながら深呼吸をし、作業台に手を伸ばした。頭の中にあるのは蜘蛛のような四脚ロボットの完成形だ。それを形にするため慎重に部品を組み立てていく。
まずはロボットの心臓部となる動力炉を組み立てる。火の精霊で熱を生み出し、水の精霊で冷却水を循環させる。この二つを組み合わせて蒸気圧を作り、それを動力として脚部に伝える仕組みだ。
火の精霊を呼び出し、炉の中心に配置しする。
次に水の精霊を呼び出し、冷却水を蒸気に変える工程を組み立てる。熱が水を蒸発させ、蒸気がパイプを伝って脚部へ力を送る――その理屈は頭では分かっているが、実際に動かすのは初めてだった。
「さあ……頼むぞ。」
火の精霊が熱を生み出し、水の精霊が冷却水を蒸気に変える。やがてシュウシュウという音とともに蒸気が動力炉を満たし、パイプを伝って脚部に送り込まれた。
次にロボットの脚部を組み立てた。フレームに歯車とパイプを取り付け、蒸気圧で関節を動かす仕組みだ。ぎこちない動作でも、まずは動くことを目標にしていた。
「よし……いけるか?」
火の精霊と水の精霊の動きを確認しながら、動力を脚部に送り込む。すると、ロボットの四本の脚がカタカタと音を立てながら動き始めた。
「動いた……!」
思わず声を上げた。ぎこちないが、確かに脚が交互に動いている。
試作品としては上出来だった。
しかし、次の瞬間、ロボットの脚が突然止まり、ガクンと不格好に転倒してしまった。
「やっぱりまだダメか……。」
ロボットを元の位置に戻しながら頭を抱えた。動力炉からの蒸気の供給が不安定で、脚部の動きにムラがあるのだ。
何度もロボットを動かしては転倒するのを繰り返し、そのたびに精霊に命令を送り直していた。
しかし、その作業の中でふと気づく。
(待てよ……いちいち指示を出すんじゃなくて、動きを事前に決めて繰り返させることはできないか?)
マコトは自分の手で設計した工場用ロボットのプログラムを思い出した。
あれも細かい動作をコードで指定し、反復させる仕組みだった。
それを精霊の力に応用できるかもしれないと直感する。
「つまり、脚をこう動かして……次にこう、順番に動かせばいいんだな。」
頭の中で脚の動きをイメージし、それを火と風の精霊に伝える。前脚を持ち上げ、後脚を踏み出し、再び戻す――その一連の動作を「パターン」として指示してみる。
するとイメージ通りに精霊が動き、ロボットの脚が再びカタカタと動き始めた。
今度はぎこちなさが少し改善され、四脚が交互に動いてスムーズに歩行を始めた。
「いける……これならいける!」
興奮しながら、さらに脚部の動きの順番や角度を微調整した。その結果、ロボットは生き物のように自然な歩行を見せ始めた。
試作品が何度も地面を踏みしめながら、一定のリズムで進んでいく。その様子をじっと見つめながら、自然と笑みを浮かべた。
「この子……名前をつけてやらないとな。」
小柄で愛嬌があり、懸命に動く姿がまるで生き物のようだ。
初めて作った自分だけのロボット――
「うーん、何がいいかな……蜘蛛っぽいけど、ただの『スパイダー』じゃ味気ないし……。」
誠は腕を組んで考え込む。名前にカッコよさを求める気持ちと、どこか親しみやすい響きを加えたいという思いが頭の中でせめぎ合う。
「……よし、決めた。」
彼の口から飛び出したのは、なんとも絶妙な名前だった。
「スピナー! ……いや、『スピナーくん』だな。」
自分で口にしてみて、誠は少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「……まあ、ちょっと子供っぽいかもしれないけど、初めて作った相棒だし、これくらいでいいだろ。」
小さくて軽やかに動き回る姿がぴったりだし、「くん」をつけることで親しみも出た気がした。
「よし、お前は今日から『スピナーくん』だ! これからよろしくな。」
その言葉に応えるように、スピナーくんは脚をカタカタと動かしながら、再び歩き出した。まるで自分の名前を喜んでいるかのように、軽快なリズムで地面を踏みしめる。
「さて……次は、もっと速く動けるか試してみるか。」
風の精霊にさらに力を注ぎ込み、脚部の動きを加速させる指示を出した。すると、スピナーくんが一気に速く動き出し、家の中を疾走し始めた。
「おおっ! すごい……いや、ちょっと速すぎる!」
驚いて精霊に指示を送り直そうとする間にも、ロボットはさらに速度を上げ、庭を突っ切り家の裏手の森へと向かっていった。
「止まれ! 待てってば! スピナーくん!」
スピナーくんが高速で庭を突っ切り森の中へ消えた瞬間、慌てて追いかけようとしたが周囲は既に深い暗闇に包まれている。
(このままじゃ見失う……!)
マコトは慌てて作業台の方へ駆け戻った。
そこには火の灯ったランプが置かれている。
ランプは作業中に精霊の力で火を灯しておいたもので、誠の細かな作業をずっと照らしてくれていた。
「これを持っていけば……!」
ランプを掴み、急いでスピナーくんの後を追った。
ランプの炎が揺れながら周囲を照らし出し、その光が足元の地面や森の入り口をぼんやりと浮かび上がらせる。
「スピナーくん! どこ行ったんだ!」
森に足を踏み入れると、周囲はさらに暗く、ランプの光が頼りだった。
木々の間を照らしながら、地面に残る小さな四つの足跡を見つけると、誠はその痕跡を追い始めた。
(あの速さで突っ込んで行ったら、どこかでぶつかってるはずだ……。)
「スピナーくん! どこだー!?」
呼びかける声が闇に吸い込まれる中、森の奥から大きな激突音が響いた。
「……あっちか!」
音のする方へ駆け寄ると、目の前に大きな木が現れ、その根元にスピナーくんが倒れていた。
「大丈夫か、スピナーくん……?」
慎重にスピナーくんを拾い上げ、ランプの明かりでその状態を確認する。
脚部や胴体に傷一つなく、蒸気の供給パイプも損傷していない。
「無傷……? 嘘だろ……。」
スピナーくんを抱えながら、その無事な姿に驚きを隠せなかった。
激しい衝突音を聞いた時には、完全に壊れていると思っていたのに。
「なんで壊れなかったんだ……?」
ふと周囲を見渡すと、ランプの明かりが木の幹を照らし出した。そこには驚くべき光景が広がっていた。
「……なんだ、これ……。」
木の幹は、まるで巨大なドリルで抉られたかのように滑らかに削られていた。傷跡は深さ数センチに達し、周囲には削り取られた樹皮が散乱している。その異様な光景に誠は息を呑んだ。
ランプを高く掲げ、木の表面を指でそっと撫でる。削れた部分は驚くほど滑らかで、ただの衝撃でできたものではないことは明らかだった。
「これは……風の精霊か?」
浮かんだのは衝突の瞬間風の精霊が空気のクッションを作り出し、そしてその圧力が木を削り取る力となった。
「守るだけじゃなくて……攻撃にも使えるのか……。」
マコトは小さなロボットが秘める未知の可能性に胸を高鳴らせた。
「スピナーくん……お前、本当にすごいな。次は、もっと上手く制御してやるよ。」
ランプの揺れる明かりがスピナーくんを照らし、その機体に映る影が森の中で静かに揺れていた。
マコトは笑顔を浮かべながらスピナーくんを抱きかかえ、森を後にした。
この小さな発見が、彼の未来にどんな道を切り開くのか――
その時の誠にはまだ分からなかったが、確かな自信と期待が胸に灯っていた。
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