第2話 鍛冶屋の娘とクマ


村に到着してすぐに誠は一通り村を見て回った。

馬車から見た通りの長閑で時間はゆっくり流れている平穏な村。

道すがらに出会った何人かの村人達も急に移住してきた新参者にもとても優しく対応してくれていた。

マコトの腰の低さも相待って、村人の警戒感も全くと言って良いほどない様子であった。


しばらく歩いていくと村の端に差し掛かり、そこで一軒の鍛冶屋を見つけた。

煙突から立ち上る薄い煙、扉の脇に立てかけられた鉄製のハンマー。見るからに「鍛冶屋」と分かるその建物は、どこか威厳すら感じさせた。


(鍛冶屋か……どんな人がいるんだろう。)


興味を惹かれた誠は、扉をノックした。すぐに中から元気な声が響いてくる。


「はーい! ちょっと待ってて!」


扉が開き、現れたのは緋色の髪を持つ少女、アイリスだった。彼女のエプロンには煤が付き、片手には工具を持っている。


「こんにちは! あなた……旅人さん?」


その快活な問いかけに、誠は少し戸惑いながらも答える。


「えっと……いえ、旅人ではないです。今日からこの村に住むことになりました。」


「えっ、この村に住むの? あなた、移住者なんだ!」


アイリスは驚きながらも明るく笑顔を浮かべる。


「へえ、珍しいね! 私、アイリス。この鍛冶屋でお父さんと一緒に働いてるんだ。よろしくね!」


「俺は佐藤誠です。よろしくお願いします。」


誠が頭を下げると、アイリスは興味深そうに首をかしげた。


「サトウマコト……それが名前?」


「あ、いえ……サトウは苗字で、マコトが名前で......えーっと......じゃあマコトって呼んでもらえますか?。」


「そっか......じゃあマコトね! よーし、これからはマコトって呼ぶよ!」


彼女の無邪気な笑顔に、誠は自然と微笑んだ。


アイリスに誘われ、鍛冶場の中に入った。

そこには作業台の上に置かれた未完成のナイフや、壁に掛けられた剣や農具が並んでいた。

炉の赤々とした火が空間を暖め、金属の鈍い輝きが辺りを照らしている。


「これ、私が作りかけてるナイフなんだけど、どうもバランスが悪くて……。」


アイリスが未完成のナイフを手に取り、誠に見せる。


「触ってみてもいいですか?」


「もちろん!」


誠はナイフを手に取り、じっと観察する。刃の厚みや柄の形状、重心――彼の経験が直感的に問題点を察知した。


「刃の厚みが均一じゃないですね。あと、柄の中にある重りの位置が少し偏ってるみたいです。」


「えっ……そんな細かいところまで!ちょっと待ってて、作り直してみるから!」


アイリスは早速ナイフを作り直し始めた。赤々と燃える炉に金属の塊を放り込み、しばらくしてから火床から取り出す。動きは手慣れており、ハンマーで叩く音が鍛冶場に響き渡る。


「こうして、金属の形を整えていくの。面白いでしょ?」


誠が黙って頷くと、アイリスは得意げに続けた。


「でも、まだお父さんみたいにうまくはいかないんだよね。こういう細かいバランスとか、コツがいるからさ。」


一心不乱に叩き続けるアイリスの姿に、誠は自然と目を奪われていた。

金属が熱で柔らかくなり、次第にナイフの形へと近づいていく。


「……これでいいかな。マコト、どう?」


アイリスは仕上がったばかりのナイフを手に取り、誠に見せた。


「少し振らせてもらってもいいですか?」


ナイフを受け取り、軽く振ってみた。

刃の重みが均等に配分され、柄もしっかりと握りやすい。何度か振るうたびに、その完成度の高さが感じられる。


「すごいです。バランスがとても良くなりましたね。」


「ほんと!? やったー!」


アイリスが喜びの声を上げたその時、鍛冶場の扉が重々しい音を立てて開いた。


「アイリス、戻ったぞ。」


現れたのは、筋肉質で大柄な体躯を持つ男。

鍛冶屋の主人ベルトランだった。

日に焼けた色黒の肌、無精ひげを蓄えたその風貌は、人の形をしたクマを彷彿とさせる。


「……何者だ、お前は?」


ギロリと鋭い眼光がマコトに向けられる。


「お父さん、おかえり! この人はマコトって言って、今日から村に住む移住者だよ!」


「移住者だと?」


その問いに、誠は緊張しながらも誠実に答えた。


「初めまして。佐藤誠といいます。今日からこの村でお世話になります。」


「……それで、何をしにこの鍛冶場に?」


ベルトランの冷たい視線に、誠は思わずたじろぐ。


「それは……この村のことを知りたくて、散歩してたらここに。アイリスさんが中を見せてくれるって言うので……。」


「ふん。」


短く鼻を鳴らしたベルトランは、アイリスに視線を移す。


「お父さん、聞いてよ! この人、私のナイフを見て、どこが悪いか教えてくれたの!」


「ほう……?」


アイリスの笑顔が誠に向けられる中、ベルトランが作り直したナイフを手に取った。


ベルトランは、ナイフをじっと見つめた後、軽く振って感触を確かめる。次に元のナイフを手に取り、二つを比べるように観察する。


「……確かに、こっちは悪くない出来だ。」


低く唸るように呟いたベルトランは、誠に視線を向けた。


「お前がこれをアドバイスしたのか?」


「はい。少しだけお手伝いを……。」


「ふん……目は悪くないみたいだな。」


ベルトランの言葉には、わずかだが柔らかさが含まれていた。アイリスはその変化に気づいたのか、満面の笑みを浮かべた。


「でしょ! マコトってすごいんだよ!」


「調子に乗るな、アイリス。」


ベルトランは娘に軽くたしなめつつ、再び誠を見やる。


「まあ、村に住むならいろいろ覚えることもあるだろう。鍛冶場を見たければ勝手にしろ。ただし、触るなら許可を取れ。」


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしないよう気をつけます。」


誠が深く頭を下げると、ベルトランは短く頷き、炉の火を確認し始めた。


その後、誠は鍛冶場を後にし自宅へ戻った。村人との交流や、アイリスとの出会いが心に残っている。だが、それ以上に彼の胸に残ったのは――


(俺も……何か作れるかもしれない。)


初めて鍛冶場で感じた金属と火の熱。それは、誠に新たな道を切り開く可能性を見せてくれた。


「……試してみるか。」


家に着くとすぐに作業台を整え、誠は精霊召喚術を使った製作に取り掛かった。

 

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