第一章

第1話 廃れた魔法

冷たい感触が頬に伝わる――。


「……ここは……?」


佐藤誠はゆっくりと目を開けた。目に映るのは、見たこともない壮大な光景。

煌びやかなステンドグラスから差し込む光が、石畳の床に美しい模様を描き出している。


まだぼんやりとした意識の中で誠は体を起こし、周囲を見回した。そして、異様なまでの視線を全身に浴びていることに気づく。


煌びやかな甲冑を纏った騎士たちが整然と列を作り、その背後には豪華な衣装を身に纏った貴族らしき人々、さらにローブを纏った魔術師たちが控えていた。

彼ら全員の目が、驚き、興味、警戒――そんな入り混じった感情を込めて誠を見つめていた。


その時、玉座に座る男が静かに立ち上がった。堂々たる体躯に豪奢な王冠、そして鋭い眼差し。その威厳ある雰囲気に誠は息を飲む。


「異世界より来たりし者よ。」


重々しい声が広間に響き渡った。誠は咄嗟に立ち上がろうとするも、体に力が入らず膝をつく形になる。


「ここはエルセリオン王国。そして私はこの国を治める王、ガルドル=エルセリオン三世である。」


「エルセリオン……王国……?」


聞き慣れない単語が耳に飛び込み、誠は戸惑いの表情を浮かべる。

その様子を冷静に見つめながら、王は続けた。


「我が国は、魔王という恐るべき脅威に晒されている。その災厄を払うべく、異界の住人である汝を召喚した。」


玉座に座るガルドル王の命により、大魔術師エストゥールが儀式を進めた。

広間の床に描かれた巨大な魔法陣が光を放ち、誠はその中央に立たされる。

金色の光が魔法陣を満たし、やがて宙に浮かぶ一つの宝玉を形成した。


「この者の力は……『元素精霊召喚術』。」


エストゥールの声が広間に響き渡った瞬間、場に静寂が訪れる。だが、それは次の瞬間、失望と嘲笑に変わった。


「精霊召喚術だと? そんな古びたものが……!」

「もはや役立たずの技術に過ぎない!」

「魔王討伐には全くの無用!」


広間を埋め尽くす否定の声に、誠の胸は締め付けられる。


「なら……せめて、元の世界に帰してください!」


叫ぶような誠の声が、広間を静寂に包んだ。

だが、エストゥールは深い溜息をつき、静かに告げる。


「召喚は片道のものだ。……元の世界に帰る術は存在しない。」


誠はその言葉に膝を突き、顔を伏せた。帰る場所を奪われたという現実に、思考は深い絶望に沈む。


「汝の力が現時点で役立たぬことは明白だ。だが、我が国は汝を召喚した責任を果たす。」


ガルドル王は誠を見据え、続けた。


「王国の外れに住居を用意し、市民権と生活のための資金を与える。それが我々の責務だ。」


誠はその言葉に一瞬安堵するも、王の次の言葉に全身が凍るような感覚を覚える。


「だが、汝が何も成さぬなら、さらなる厳しい現実に直面するだろう。」


広間を去る途中、誠はふと自身の力――『元素精霊召喚術』について思い返す。

失望の中、心の奥で何かが引っかかった。


(精霊……力を貸してくれる存在。火や水、土、風……。)


目に浮かぶのは、幼い頃に夢中になったロボットやファンタジーアニメの記憶だ。

その中で、精霊が炎や水の力で戦ったりした姿。

そして巨大ロボが未知のエネルギーを利用し、動力を得て動く姿――。


(もしかしたら……これ、何かに使えるんじゃないか?)


彼は小さく拳を握りしめ、わずかに顔を上げた。

 

その後誠は城の廊下を進んでいた。しかし彼の心には、まだ自分の力が無価値ではないのかという疑念が渦巻いていた。


やがて城門にたどり着くと、リューガスが待っていた。


「ここからは私が案内しよう。」


リューガスは誠を馬車へと促し、二人は王都を後にした。


馬車の中、誠は窓の外に広がる美しい王都の街並みを眺めていたが、その心は沈んでいた。


(……俺の力は、本当に無価値なのか……。)

 

 自問自答を繰り返す彼に、リューガスが声をかける。


「お前が住む予定も村はそれほど豊かではないが、悪くない場所だ。村人も質素だが親切だし、自然も豊かだ。」


道中、馬車が森の中の小道に差し掛かった頃、御者が手綱を引き、馬を止めた。


「どうした?」


 リューガスが問いかけると、御者は森の奥を指差した。


「……あそこに、何かいます!」


 木々の間から灰色の獣、アッシュウルフが姿を現した。リューガスは剣を引き抜き「じっとしていろ」と命じたが、誠は自分の力を試すため、震える手を前に突き出した。


「……えっと……出てくれ……!」


 必死に心の中でイメージを描きながら、誠は祈るように力を込めた。その瞬間、手のひらからわずかに赤い輝きが現れ、小さな炎となって顕現した。

 しかし、その火はあまりにも頼りなく、アッシュウルフには効果がなかった。怒りに満ちた魔物が飛びかかろうとしたその瞬間、リューガスの鋭い剣閃がその体を斬り裂いた。


「……無茶をするな。」

 

リューガスは誠に近づき、呆れたようにその顔を見下ろした。


「毛を焦がす程度で魔物を倒せると思ったか?」

 

「思った……というか、思うしかなかったんです……。」


 誠は力なく答えたが、その胸には少しだけ悔しさと反発の気持ちが芽生えていた。


「……でも、あの火は出せたんです。次は、もっと上手くやります。」

 

 その言葉に、リューガスは微かに笑みを浮かべた。


「それでいい。それを忘れるな。――生き延びたお前の価値は、これから決まる。」


再び馬車が動き出し、夕暮れ時、二人は小さな村、リブラムに到着した。リューガスは誠を新しい住まいへと案内した。

 

「ここがリブラム。この村がお前の新しい生活の場だ。」

 

「……今日からここでやっていくんだな。」


 リューガスは短く頷いた。

 

 「家を確認しろ。その後は村を回って馴染む努力をするんだな。」


 と助言した。誠は深く頭を下げ感謝の意を伝えた。


リューガスが去った後、誠は新たな生活への一歩を踏み出す決意を固めた。

 

「さて……まずは村を回ってみるか。」

 

彼は静かな村の風景を眺めながら、自分の未来を思い描いていた。

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