廃れた魔法が最強だった件について 〜ロボットと共に異世界で無双する〜
十文字イツキ
序章
第0話 超鋼勇者が導く異世界
「……これで……完成だ……。」
佐藤誠は、ディスプレイに映し出された図面を見つめながら呟いた。
画面にはロボットアームの新型部品が精密に描かれている。その設計には効率性やコスト削減を重視した細かな調整が加えられていたが、デザインは無機質そのもの。
彼が幼い頃に憧れた、あのロボットの輝きとは程遠いものだった。
「こんなのばっかり作ってるよな……。」
自嘲気味に呟くと椅子に深くもたれかかり、目を閉じた。
薄暗いオフィスには人影はない。
皆んな既に帰宅し、残っているのは自分だけ。
(……いま、何時だ?)
机の上のスマートフォンを見ると、
「23:12」の文字が光っていた。
「今日もこんな時間かよ……。」
机に散乱した資料を無造作にまとめながら、ディスプレイ周りに並べられた小さなフィギュアたちに目を向ける。
それは大好きなロボットアニメのキャラクター達だ。
小さくとも精巧で、今にも動き出しそうな姿で佇んでいる。
「……お前らみたいなロボットを作れるって信じてたんだけどな……。」
画面とフィギュアを交互に見比べながら、誠は苦笑した。
幼い頃からロボットに興味を持ち、エンジニアを志したのは、アニメに登場するような巨大ロボットをいつか自分の手で作りたいと思ったからだ。
しかし、現実は違った。
目の前の仕事は産業用ロボットの部品設計。
効率性、コスト削減、安全性……それらが優先され、少年時代に描いた壮大な夢は完全に置き去りにされていた。
30も過ぎたが仕事に忙殺されて人付き合いも少なく、恋人も無し。
最早夢も失いかけている日々。
(……これが、俺のやりたかったことだったのか……?)
廊下を歩き外に出ると、冷たい夜風が身体を包み込んだ。
街灯が薄暗く照らす道路の向こう、コンビニの明かりがぼんやりと見えている。
「今日も……こうなるのか。」
誠は疲れ切った体を引きずるようにしてオフィスを出た。
ビルの照明はほとんど消えていて、路上の街灯が頼りない明かりを放つだけだった。
(これが俺の人生……。)
カバンの重みが、妙に体にのしかかる気がした。
荷物の重さ以上に、心にのしかかる何か――
それは自分が失ったもの、手に入らなかったものが生む虚無感。
誠は近くのコンビニへ向かった。
弁当を選び、ついでに総菜パンとお茶を手に取る。
「……500円のお返しです。」
無言で袋を受け取り、外に出る。
外に出ると再び冷たい風が吹きつけ、誠は襟を立てた。
そのままボンヤリ歩いていたが、気づけばいつの間にか見慣れない路地裏に迷い込んでいた。
「あれ…やっぱり相当疲れてるな、俺…」
踵を返そうとする誠がふと、目に止まったのは、シャッターの下りた古い駄菓子屋だった。
外壁は剥がれかけ、看板には色褪せた文字で「駄菓子のひなたや」と書かれている。
幼い頃に通った駄菓子屋と似ていて、誠は思わず足を止めた。
(駄菓子屋なんて、まだ残ってたんだな……。)
店の脇には古びたカプセルトイの販売機が置かれていた。
何の気なしに目を向けたが、思わず目を見開いた。
「……嘘だろ?」
そこには昔懐かしいロボットアニメのカプセルトイが並んでいた。
「超鋼勇者アトラスZ」
――誠が子供の頃に夢中になった古典的なスーパーロボットアニメだ。
誠は販売機を凝視しその懐かしい記憶を思い出していた。
「超鋼勇者アトラスZ」は、三十年近く前に放送されたロボットアニメの一つ。
地球を侵略しようとする異星人「メテオーン」に立ち向かうロボット勇者「アトラスZ」と、その操縦者である少年・滝川光の活躍を描いている。
主役ロボ、アトラスZは鋼の巨体に無数の武器を搭載した強力なロボットだ。
「超鋼」という架空の金属を素材に持ち、胸部から放たれる必殺技で敵を殲滅するシーンは当時の子供たちの心を鷲掴みにした。
誠はその作品に熱中し、玩具を集め、毎週欠かさずテレビの前に座っていた。
だが、それもいつしか遠い記憶となり、今では物語の断片しか思い出せない。
販売機のパネルにはアトラスZのキャラが幾つも描かれていた。
メインロボットのアトラスZ、サポートメカのサンダッシュ、敵キャラであるメテオーンの戦闘ロボットなどがラインナップされている。
誠はポケットから財布を取り出し、100円玉を確認した。
(……やってみるか。)
ガチャ、と販売機のハンドルを回す音が響き、カプセルが落ちてくる。
出てきたのはアトラスZのミニフィギュアだった。
その姿は思った以上に精巧で、小さいながらもそのディテールには感動すら覚えた。
「……これ、いいな。」
もう一度、と誠は再び販売機を回した。
次に出てきたのは大空を舞う鋼鉄の翼ブレイブブースター、アトラスZが背中に装着することで飛行能力を得るサポートメカだ。
誠は気がつけば何度もレバーを回し、次々にカプセルをカバンに詰め込んでいた。
その間、幼い頃の記憶や、アトラスZに夢中だった頃の熱量が次々と蘇り、自然と笑みがこぼれる。
(やっぱり、俺はこういうのが好きなんだよな……。)
すべてのカプセルを鞄に詰め終えた後、誠はふと我に返った。
「……こんな時間に、何やってんだ俺。」
苦笑いしながら販売機を後にする。
だが鞄の中で、カプセルの一つがかすかに光を放っていることに誠は気付いていなかった。
夜はますます更け、街の明かりも疎らになっている。
カバンを肩にかけ直しながら、彼は購入したカプセルを思い返していた。
(こんなもの集めたって、何になるんだろうな……。)
嬉しさと虚しさが入り混じった感情が胸を占める。
そんな誠の側、カバンの中でカプセル微かに光っていた。
この存在が誠の運命を大きく変えることになることを、彼はまだ知らない。
――アパートの階段を上り、誠は部屋に帰り着いた。
玄関に靴を脱ぎ捨て、コンビニ袋をテーブルの上に置く。
ワンルームの空間は埃っぽくもどこか落ち着く場所だった。
「ただいま……俺の王国。」
誠はカバンを床に置くと、壁際に並ぶプラモデルの箱に目をやった。
(作ろう作ろうと思って……結局、積んだままだな。)
大量の未開封の箱が並ぶ棚の隅に、埃を被ったアトラスZの初代プラモデルが置かれていた。
小学生の頃に必死で組み立てたそれは素組みのままの状態だったが、当時の情熱が刻まれているように見えた。
誠は懐かしさを感じながら、そっと手に取った。
(あの頃は、本気でこんなロボットを作りたいって思ってたな……。)
胸の奥にあるかすかな後悔が、じわりと浮かび上がる。
だが日々の忙しさと現実の重みに追われて、そんな夢はいつの間にか置き去りにされていた。
「……とりあえず、飯だ。」
そっとプラモデルを棚に戻しコンビニで買った弁当を電子レンジに入れた。
温めを待つ間、彼はノートパソコンを開いて検索バーに「超鋼勇者アトラスZ」と打ち込んだ。
表示されたのは懐かしいタイトルロゴと、その雄姿。
誠は思わず微笑み、サムネイルをクリックした。
再生されたのは、第1話の冒頭――アトラスZが地球に降り立ち、主人公の滝川光と出会う場面だった。
「やっぱりカッコいいな……。」
巨大なロボットが敵ロボットを打ち倒し、光と共に笑顔を浮かべるシーン。
それは、少年だった誠の心を掴んで離さなかった映像そのものだった。
「こういうの……作りたかったんだよな……。」
誠は吸い込まれるように見入っていた。
アトラスZが必殺技を放つ姿に熱中していると、ふと違和感を覚えた。
画面が突然、ちらつき始めた。
鮮やかなアニメーションは乱れ、ノイズが混じる。
誠は驚き画面を凝視する。
「……壊れたか?」
それは単なる不具合ではなかった。
画面の中央から無数の光の粒子が舞い上がり、部屋全体を包み込むように広がり始めた。
「なんだこれ……!?」
慌ててパソコンの電源を切ろうとしたが、なんの反応も無い。
光の粒子はさらに回転しながら勢いを増し、部屋中を埋め尽くしていく。
その中にはアトラスZの勇姿が微かに映し出され、誠を見つめているようにさえ感じられた。
「ちょ、ちょっと待て! これ、夢か……?」
部屋が眩い光に包まれた瞬間、耳元で聞こえたのは機械音のような、不思議な低い振動だった。
温かさと冷たさが入り混じった感覚が全身を包み込む。
「うわっ……!?」
視界が歪む。
床が波打つように揺れ、天井は遠ざかっていく。
次の瞬間、全身を強烈な光が包み込み浮遊感が彼を襲った。
(これ……まさか……。)
脳裏に浮かんだのは異世界の冒険や巨大ロボットの英雄譚。
だが、その意識もやがて途切れる。
誠の体は溶けるように消えていった――
部屋の中には、静寂が戻っていた。
画面は元通りにアトラスZを映している。
静寂の中、カプセルから放たれる微かな光が、冒険の始まりを告げていた。
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