第四夜 夢枕に立つ龍


 私の地元、山間のとある村に、龍を祀る神社がある。恵の雨をもたらす龍神様として信仰されているのだが、昔話を聞く限り、かつてはたいそうな乱暴者であったらしい。

 いずれにしても、気まぐれに大雨を降らせては川を氾濫させるので、人々はどうにかならないかと頭を悩ませていた。


 そんな中、領主が迎えた嫁の遠縁に、不思議な力を持つものがいた。

「お困りでしたらわたくしが、その龍とやらを懲らしめて差し上げます」

 堤姫と呼ばれた姫君は、村の惨状を耳にすると、自ら龍退治に名乗り出た。


 彼女が不思議な力をつかえば、たちまち大雨は降り止み、人々は喜びの声を上げた。

 龍は姫君を殺してしまおうと襲いかかった。が、彼女は難なく龍を返り討ちにしまったのだ。


「くそ…人間風情が…!」

「あら、私みたいな人間は初めてかしら?」

 伝承に伝わる堤姫は、優しくも強かな人物として描かれる。一方、彼女の不思議な力に敵わなかった龍神は、相当悔しい思いをしたらしい。


「次は同じように行くと思うな、人間…!」

 そうして、しばらくはこの不思議な姫君と龍神の力比べがあった。これは色々なおどき話に類話が見られる。


 しかし、ある時を境に姫君はこの村から姿を消す。他国へ輿入れが決まったのだ。


「私がいなくなっても、ちゃんと大人しくしているのよ」

「なんだ、これは」

「今年収穫された作物ですわ。気に入ったのなら、力まかせに暴れてはダメよ」


 姫君が龍を懲らしめられているおかげで、村は程よく水捌けの良い土地となり、農作物が豊かに育った。

 龍神を鎮めるためか、はたまた純粋な感謝かはわからないが、このころから龍は龍神として神社に祀られることとなったらしい。


 この地域は、今も水捌けのよく稲作が栄えている。




 ……と、なぜこんな話をするのかといえば、最近、その龍神を名乗る男が夢枕に立つのである。


「おい人間、鳥肉を食べろ」

「おい人間、油菓子はやめておけ」

「おい人間、寝る時間が遅すぎる」


 龍神に相応しい青色の髪に金の瞳で、長身の美男子であった。


「あの、最近、なんなんですか?」

「つべこべ言わずに言うことを聞け、人間」


 そして、伝承通り偉そうな神様であった。

 初めのうちは、夢で言われた通りに一日をすごしていたのだが、毎晩毎晩夢で小声を言われるせいか、次第に腹が立つようになってきた。


「今日は、一日大人しく寝ていろ」

「いや、だからなんで——」


「なんで、そんなことをいちいち言いにくるんですか!?」




「……どうしたの?」

 布団から飛び起きると、身支度を整えた同居人があんぐりと口を開けてこちらを見ていた。

「ごめん、寝言……」

 私は恥ずかしくなって布団に顔を埋める。彼とは同棲を始めて二年ほど経ち、結婚も決まった相手だった。

 お世辞にも美男とは言えない丸顔だが、優しい人だった。

「そう、面白い夢でも見たのかい」

「まぁね…。顔、洗ってくる……」

 立ち上がろうとした、その時——、今までにない吐き気が襲いかかり、私は目の前が真っ暗になった。




「つわりですね」

「はぁ」

 血相を変えた彼により、私は慌てて病院へは搬送されたのだが、妊娠がわかるや否やすっかりめでたい空気に変わり、次の受診予約を抑えて帰路についた。


「びっくりしたよ、今日は赤飯を炊かないと」

「やった、お赤飯!」

「お腹が大きくなる前に、まずはご両親へ報告に行こうよ」

「報告かぁ、それなら、他にも……」




 地元に帰り、両親たちや親戚周りに祝ってもらったのち、私はもう一ヶ所、その龍神を祀る神社へ参拝したいと言った。


「神社? 安産祈願で有名だったりするのかい?」

「そういうわけじゃないんだけど…」


 この堤姫の伝承には続きがある。姫君は他国へ嫁いだものの、出産時に亡くなったのだ。

 幼い子は、結局その村へ戻され、領主に養子として引き取られることになる。

 それがたいそう苦労したそうで、歴史としてはそちらの方が有名だ。

 そうして、その家系が私の先祖なのだと、幼い頃祖母に聞かされたことがある。



 ——つまり、この龍神は、私の妊娠出産を見守ろうとしているのだ、と思う。



 車で1時間ほど、すっかり人里離れた山奥にひっそりと祠のようなものがあった。

 私たちは近くで下車し、両手を合わせた。


「どういう神様を祀っているんだい?」

「ふてぶてしくて小姑みたいな神様」


 それから無事出産を迎えるまで、龍神を名乗る男に夢枕で小声を言われ続けたわけだか、私の娘が妊娠した時にも同じように現れるつもりなのだろうか?

 であれば、もう少し優しい物言いをお願いしたい。

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