スミヤアヤミ 1

 私は鏡と向き合う。

 毎日、およそ午前七時四十五分前後に、自己を一致させる。怒りの作業だ。

 眠りの中で霧散した自意識と、過剰な肉体感覚の乖離を、鏡という究極の自己客観視によって同一化させる。それは跳ねた髪が、確かに見える場所にあることで、伸びた眉毛がカミソリをあてた位置にあることで。刃をすべらせれば口周りの産毛がなくなることで。化粧水で濡らし、ベースを塗り、眉毛を引くことで。私は私に一致する。

 毎朝、怒りに包まれる。私は私である私と一致せざるを得ない。

 鏡像の左頬に、昨日までの私とは異なる変化を認める。指をのばすと、確かに出っ張りが存在していた。そいつは肌を通じ、皮膚の奥に沈んだ疼痛を主張していた。朱色の裾野に、薄黄色の冠を頂く小さな赤富士。噴火まではまだ遠い。三合目といったところか。しかし、その地下にはたっぷりと膿んだ溶岩が流れている。深く根を張っている。

 私は直接見ることはできない。私が見ることのできない、奥底の怒り。

 これは確かに私だと認める。

 怒り。私が私であることへの激しい憎悪。

 まだ私は小さい。まだ私な私は、三合目といったところだ。

 今朝は軽く粉をはたくことにした。赤みを誤魔化して、目立たなくさせる。

 今朝はカーディガンを羽織る。ボタンを留める。制服の上から目立たなくさせる。

 まだ誤魔化しが効く。私にも、誰かにも。

 私は別に怒っていると思われなくない。不機嫌でいたいわけじゃない。

 私は怒ってないんだ。誰かやなにかに怒りたいわけじゃない。ただ私は本質的に怒っている。

 最後にスマートコンタクを受け入れる。私のみる世界に透明で、騒がしい、情報の覆いを被せる。

『ゾンビ!』

 私の体にまとわりつく、視線とタグ付けされた情報――感想、非難、意見、擁護、罵声、差別、ありとあらゆる人間的なヴォイス。視覚化されたそれら。私には引き剥がす権限がない。無視することがせいぜい。非表示。それだけ。

 時間が来て、通学する。改札で掌をかざすと、私に埋め込まれたNFCチップに反応して扉が開く。電車はいつも空いていて、座席に座っても正面には誰も座らない。トンネルに入る。外が闇に包まれ、そこには私が映り込む。私は私を睨む。私は女子高生だ。ほかには何にもみえないだろう。私はまだ私だった。

 時刻を確認する。視界の端にデジタルクロックが浮かび上がる。八時三十分。瞼を閉じる。仮想世界をシャットアウトする。瞼を開く。車窓に私が映る。私が映る。私は私だ。私がいた。私以外の私はいない。

 私の周りはいつも空いている。私しかいない。

 私は怒っていただろうか。

 私は私だった。

 私はそれを何度も確かめる。

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