第2話 欠乏の文様

 白い渦に呑まれていた視界が、急に開けた。

もやの中から姿を現すって……ちょっとカッコいいんじゃね?」なんて思った次の瞬間、視界が一気に狭まって。


 ――顔面から地面に激突したぜ。


「ぶへっ! ぐぅぅ……鼻、折れたか……? いってぇ……あ、いや、まだ無事だな」


 涙目で見上げると、さっきまで自分を包んでいた靄が、天井近くでゆっくり消えていく。


「おいコラ! なんであんな高所から落とすんだよ! これも“天罰”ってやつか? あの自称神様め……」


 身体が小さくなってるんだから、もっと優しく扱えってんだ。


「よし、決めた。次に会ったら絶対クレーム入れてやる」


 ……まぁ、また会えるかどうかなんて知らねぇけどな。


 それより、今は目の前の状況だ。

 辺りを見回すと、岩肌むき出しの洞窟。薄暗く、湿った空気が肺にまとわりつく。


「なんだよここ。てっきり“少女”とやらにすぐ会えると思ってたんだがな」


 独り言をこぼしつつ歩き出そうとしたとき。

 岩陰の奥に小さな人影が見えた。


「ん? おい! 誰かいるのか!」

「っ!」


 影はびくりと震え、何かを引きずる音を残して奥へ消えた。


「……やべ、完全に警戒されてるな。まぁ突然現れた怪しいチビがいたら、俺でも逃げるけどさ」


 それでも無視はできない。もしあれが“例の少女”なら、合流は早い方がいいだろ。


「待ってくれ! 俺はルースだ! 怪しい奴じゃねぇ! ……いや怪しく見えるのは認めるけど、とにかく話を――」


 全力で駆け出す。……が。


「はぁっ、はぁっ……ちょ、ちょっと……! 歩幅が小さすぎて追いつけねぇ!」


 必死に走っても、目標の岩陰はまだ遠い。しかも緩やかな上り坂で、足が鉛みてぇに重い。


「はぁっ、はぁっ……頼む……! 話だけでも……っ」


 ようやく辿り着いた岩壁に手をつき、荒い息を整える。情けない。これで“少女を導く”なんてホントにできるのか?


 もう逃げられちまってるだろ。

 なんて思ったんだが――。


 そこにいた。怯えた瞳の少女が。


 真紅の髪が洞窟の闇に鮮烈で、整った顔立ちを引き立ててる。だがその手は石を握り、投げつける寸前だ。


「おいおい! 待て待て! その石はダメだ! 俺、即死するから!」

「さっきから……何なのよ、あなた……! はぁ、はぁ……っ」

「だから敵じゃねぇって! 信じろ!」

「信じられるわけないでしょ! こんな状況で……っ!」


 叫んだ拍子に少女は苦しげにうずくまった。足を庇っている――怪我か。


「……足、痛めてるな。ちょっと待ってろ、薬草探してくる」


「……っ」


 少女は石を構えたまま、涙目でこちらをにらみつけている。信じてもらえる雰囲気じゃねぇ。

 仕方なく背を向け、警戒しながら洞窟を進むことにした。


「ったく……せめて空飛べるくらいの能力、最初にくれりゃよかったのによ」


 そう愚痴った瞬間。

 ――右手に刻まれてた文様が光りだした。


「うおっ!? な、なんだこれ!」


 全身に刻まれた模様が淡く輝き、胸の奥から熱が噴き上がる。視界が揺れ、頭が割れそうだ。


「だ、ダメだ……倒れる……!」


 前のめりに崩れそうになった俺は、額を硬いものにぶつけた。


「いってぇ! ……あれ? 地面じゃねぇ……扉?」


 そこにはいつの間にか重厚な扉が立っていた。


 反射的に開けると、中は――またしても白いモヤ。


「おいおい、嫌な予感がするぜ……」

「また会いましたね、ルース」


 出たな、自称神様。


「あんたかよ! 説明しろ、この扉なんなんだ!」

「ひどい言い方ですね。まぁいいでしょう。それよりも――無事に彼女と会えたようですね。そのご褒美として、選ばせてあげます」


 モヤの中から、三つの物が浮かび上がる。羽と目、それから獣の爪か?。


「……おい、こりゃなんなんだ?」

「これは“欠乏の文様”。ナビゲーターとして力を発揮するためのものです」

「欠乏? なんか縁起でもねぇ名前だな」

「羽は滑空、目は探索、爪は戦闘に役立ちます。ひとつだけ、望みなさい」


 欲を言えば全部欲しい。だが、それは無理だろう。


「……じゃあ“目”だ。移動よりも、まずは探す方が重要そうだしな」

「うんうん。ちゃんと分かってきましたね」


 どこか満足げな声を残し、自称神様の声は靄とともに消えていく。

 次の瞬間、気が付けば俺は洞窟へ戻ってきてたぜ。


 色々考えたいことはあるが、今はこれだよな。

 右腕の文様が黄色く光り、視線を合わせた対象の情報が浮かんで見えた。


 当然のように、右手の文様からも情報を読み取れたぜ。

 欠乏の文様:見物する瞳スペクテイター


「……へぇ、便利じゃねぇか。って、うげっ!? 今踏んでるのオークの糞かよ!」


 手を見下ろしてる視界に映った足元の岩場。

 その説明として、画面に“オークの糞”と表示されている。


「……あの扉に顔面から突っ込んでよかった……マジで」


 苦笑しながら、少女の足を治すため薬草を探す。文様の力で、薬効のある草もすぐ判別できる。


 問題は――小さな身体じゃ一度にほとんど運べねぇことだ。


「ったく……何往復させる気だ。……選択ミスったか?」


 独り言を漏らしつつも、胸の奥には妙な高揚感があった。

 “ナビゲーター”としての一歩を踏み出した実感が、確かにそこにあったからだ。

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