第5話 PvP ムルジアを斬れ!


 Player VS Player、通称、PvP。

 ゲーム業界では、ありふれた用語の一つ。

 分かりやすく日本語で言えば、『対人戦』だ。

 つまり、アヤはこう言ったのである。「コイツが気に食わないなら、闘って倒してみろ」と。

「・・・ったく、なんでこうなんだよ」

 俺は、心底うんざりして、苦々しく独りごちた。

 しかし、そんな俺の思いなど関係なく、準備は着々と進められていた。

 俺は、周囲を取り囲む倍増した野次馬を横目に気分が重くなる。

「どうした?まさか、今更嫌とは言わねえよな?」

 すると、挑発的な声が俺に投げかけられた。

 言うまでもないが、アヤに食ってかかっていた長剣の男性プレイヤーである。

 彼は、なんとも嫌な目を俺へと向けていた。

 大方、恥をかかせてやろうとでも思っているのだろう。

 でも、仲間の二人も言ってたが、完全な初心者の俺を嬲ったりしたら、評判が悪くなるのはそっちだと思うんだがなぁ。

 しかし、彼はその辺はどうでも良いようだ。

 俺は、心底ウンザリしながら彼に返す。

「嫌って言ったら、ヤメにしてくれんのか?」

「はっ!ダメに決まってんだろ。告知までしてんだからよ」

「だよなぁ」

 まあ、分かってた。

 アヤは、既に例のボールを起動させて配信を始めている。今、こうしているのは、SNSでの告知をして、視聴者が集まるのを待っているだけだ。

 俺としては、さっさと始めさせて欲しいのだが。動画配信者としては、そうもいかないらしい。

 俺は、暇を持て余して、改めて長剣の男性プレイヤーに視線を向けた。

 長い金髪の髪に線の細い面立ち。目付きが細く、どこか狐っぽい造形だった。

 名前は、ムルジア。

 レベル21の【剣士】だそうだ。

「ふむ」

 剣士の名の通り、得物はロングソード。こざっぱりした外見だが、返しや柄の部分には、白い石が装飾として埋め込まれている。

 詳しい事は分からないが、野次馬のプレイヤー達の腰にある剣と比べると、強い装備な気はする。

「なんだよ、ジロジロ見て?」

「いや、強そうな剣だなって」

「・・・初心者にしては見る目があるな。コイツは、ジェネラルスケルトンってボスのレアドロップだ」

「へえー、ボス装備か」

「ああ。この前倒した第3エリアのボスの奴だ。レア度SRの装備だぜ?」

「ほうほう」

 自慢げに話すムルジアに俺は素直に相槌を打った。

 EOJのカードには、すべてレアリティが付いている。ゲーム序盤のカードでSRというのは、確かに強いだろう。

 レベル1の俺がマトモに喰らったら、多分即死だ。

 打ち合うのは、やっぱ無理そうだなぁ。

 俺は、自分の腰にある粗末な剣にそっと触れる。

 この剣は、俺のボックスに入っていた「初期装備(武器)」というマテリアルカードから呼び出したものだ。


【初期装備(武器)】

種別;マテリアル/武器

効果;デッキから効果発動時、設定した武器種の初期装備に変化する。


 この初期装備シリーズは、その名の通りゲーム開始時にプレイヤー全員に配られるカードで、プレイヤーの好みに合わせて様々な武器に変化させることが出来る。

 まあ、要するにお試しで各種装備が自由に使えるカードだ。

 俺は今回、ムルジアのスタイルに合わせて両手剣に変化させている。

 性能差は推して知るべし。

 ただ、今回に限っては、その性能差はあまり関係なかった。

 その理由が、彼の今の姿にある。

 現在ムルジアは、最初に着ていた革鎧といった防具を全て外しているのだ。理由は単純で、俺とのレベル差を考慮したハンデである。

「まさか、初心者装備相手に防具を固めたりはしないわよね?」

 アヤにそう問われたムルジアは、素直に脱いだ。要するに、この初心者用の剣でもダメージが通るように、である。

 EOJは、素体の基礎ステータスが全て固定されているタイプのゲームだ。プレイヤーは、その共通ステータスを各種カードを使って強化するシステムらしいのである。

 だから、鎧を脱いだ今のムルジアは、初心者の俺と防御に関しては同じになっている。

 これなら、今の俺でも、ムルジアにダメージを通す事が出来る訳だ。

 まあ、ハンデというよりは、特別ルールみたいなもんか。ただ、個人的にはそれで十分とも思っている。

 中途半端な条件で闘って、後からケチがつくのは気分悪いからな。

 どうせ闘るなら、キッチリ白黒つけたかった。

 そんな事を思っていると、準備に勤しんでいたアヤが近寄ってきた。

「さて、視聴者も集まってきたし、そろそろやるよ」

「へいへい」

 悪い顔をしている妹様に、俺はゲンナリと返事を返した。そして、改めて対戦相手であるムルジアに向き直る。

 ムルジアは、憮然とした面持ちで、しかし明らかに嘲りの色を顔に浮かべていた。

 俺を初心者と見て、油断しているのだろう。まあ、無理もないとは思うが・・・。

「・・・舐めやがって」

 口の中で、思わず呟く。

 油断や慢心は、勝負事に一番持ち込んじゃいけない感情だ。

 そんな心構えで俺の前に立つとは、良い度胸してやがる。

 俺の中のゲーマー魂が、フツフツと怒りに沸いてきた。

 アヤは、そんな俺の顔を盗み見て、ニヤリと微笑う。

「じゃあ、いくよ!・・・さあ、みんな、お待たせ!EOJ、炎のマジシャンAYANONが、緊急生放送、はじめるよ!」

《お、始まった》

《待ちかねたぜ!おっす、おっす!》

《乙。こんな真昼間に珍しいね、どうしたの?》

 配信開始の宣言と共に、視界の脇にコメントが流れ始めた。

 配信自体は、アヤがやっているが、俺もVRキャプチャーの範囲内に入っているのでコメントが見えるらしい。

 ざっとコメント欄に目を通すと、今の段階で、100人以上の人が配信を見ているようだ。

 平日の昼間なのに、ずいぶんな数だな。仕事や学校は大丈夫なんだろうか・・・?

 いや、無職の俺が言えるこっちゃないな。あんまり考えない事にしよう。

「急にごめんねー。実はちょっと、PvPをしようって事になっちゃって~。せっかくだから、みんなで観ようと思ってね」

《PvP?》

《お、良いね。ちょうどアヤノンのバトル動画切らしてたんだ。助かる!》

《いやでも、今、観るって言ったような?》

《それって、アヤノンは闘らないって事?》

「そうそう。今日の主役はこっち!ジャーン!今度ウチに入ってもらう、「U-FLAT-」君でーす!」

「うおっ?!」

《は?》

《へ?》

《何ぃ?!》

 適当にアヤの様子を眺めていたら、急にカメラの前に引っ張り出された。

 特に打ち合わせなどもしてなかった為、俺も完全に虚をつかれた。

 そして、一瞬で固まる視聴者達。

 まあ、そりゃそうだ。女性配信者の生放送にいきなり謎の男が出てきたらこうもなろう。

《男?!》

《ええ?!嘘だろ?》

《誰だよ、そいつ?》

《うわー、萎えたわ》

 あっという間にコメント欄は、右へ左への大騒ぎ。中には、そのまま視聴をやめる人までいたようだ。

 しかし、アヤもその辺は計算の内。間髪入れずに話を続けた。

「この人の正体は、今はまだナイショね。ただ、彼氏とかそういうのじゃないよ。・・・だよね?」

「・・・まあな」

「あれ?もしかして・・・実は彼女になって欲しかったり?」

「絶・対・ごめんだ」

「そんなー!ひどーい!!」

 冗談めかして揶揄うアヤに思わず真顔で即答する。

 妹と付き合うとか、色々な意味で洒落にならんし、コイツの彼氏なんて、絶対碌な目に遭わされねえ。

 コメントが色々な意味で沸いてはいるが、それらからは全力で目を逸らす。

 言いたいことは山ほどあるが、今の俺にはコメントを返す権利がないのだ。アヤの奴から兄であることはまだ言うなと、厳命されている。

《振られてて草》

《えー?実は付き合ってるとかじゃないの?》

《ダメだダメだ!AYANONに彼氏なんて、お父さんは許しませんよ!》

《父親気取んな、ks》

「あははは、みんな気になるよねー。でも、今は何も聞かないで。今度、正式に紹介するし、実力は・・・まあ、観てて貰えばわかるからさ」

 そう宣言すると、今度はムルジアの方を手で示す。

「そんで、こっちはもしかしたら覚えてる人もいるんじゃない?『ファランクス』のメンバーの一人、ムルジア君だよ」

「・・・・・・ど、どうも」

 なんとも言えない顔でカメラに挨拶するムルジア。先ほどまでと違って、やけに硬い。

 まさか今更緊張してんのかと思ったら、コメント欄を見てその理由を悟った。

《は?・・・なんでストーカーが出てくんの?》

《おいおいおい、空気嫁》

《そっちの男は、アヤノンの手前、まだ許せる。でも、ムルジア、テメーはダメだ》

 物凄い嫌われようである。

 よく分かっていない視聴者もいるようだが、事情を知っている有識者さんが、簡単に事情を説明してくれた。

 どうも以前、アヤのパーティとムルジアの所属するパーティ『ファランクス』が一緒に遊んで配信をした事があったらしい。その時ムルジアは、配信中にも関わらず、アヤの気を引こうとして色々空気を読めない事をやっていたそうだ。

 そしてそれ以降、ちょくりょくアヤの配信中に直接絡んでくるようになったとか。

「・・・いや、止めたれよ、お前ら」

「「アハハハハ・・・」」

 俺は、思わず後ろに控えていたムルジアの仲間へツッコんだ。

 配信中に他所のパーティメンバーを口説くなんて、アホじゃないのか?それに配信中に凸るなんて、完全に迷惑行為だ。運営に通報されたら、下手すると処分もあり得る。

 しかしそんな俺の指摘に、二人はそっと目を逸らした。

「・・・オイ」

「いや、そいつの担当、ウチのリーダーなんで」

「俺らが言っても聞きゃぁしないんっスよ」

「女が絡みだと特になぁ」

「悪い奴じゃないんっスけどね」

「・・・さよか」

 まあ、そっちの評判だから、俺の知ったこっちゃないけどな。

 そんな会話をする俺達にアヤはカメラを向ける。

「ちなみにそっちの二人は同じく『ファランクス』のモーニンさんとハーヴェルさん」

「「ちぃーっス」」

 紹介され、適当に手を振る二人。

 ちなみにこちらには、視聴者達も普通の反応。

 まあ、俺とムルジアがヘイトを稼ぎすぎてるとも言う。

 そして当然、アヤは、そんな視聴者の反応も想定済みだ。

 視聴者側がダレる前に、さっさと本題に入る。

「さて、今日の配信は、お知らせした通りPvPね。主役は、見て分かるかもだけどこの二人!」

 俺をムルジア側に寄せて、俺とムルジアを一緒に映す。ちなみに、アヤはムルジア側に寄ろうとはしない。

 俺ばっかりアヤの近くにいる形なので、ムルジアは不満そうだ。

 しかしそれは無視してアヤは続ける。

「この二人によるガチンコ勝負!私と一緒にフィールドに行く権利を賭けて、ここでバトルしてもらうよ!」

《ファ・・・?!》

《えぇ?!勝負?その初心者と『ファランクス』のストーカーで?!》

《何それ羨ましい》

《おい初心者、そこ変われ》

《まじで?(困惑)・・・勝負って、レベル差エグい事になってないか?》

 アヤの説明に、一斉に沸き立つ視聴者達。しかし、驚き、困惑する視聴者達の中には、一部、妙な反応を示す者達がいた。

《なるほど、理解》

《だからサブチャンか》

《あー、そう言う事・・・》

《はは~ん、あの告知は、そう言う意味かぁ》

「・・・告知?」

「えー見てないの?これだよ、これ」

「・・・おお?」

 アヤが差し出してきたスマホの画面に有名SNSのアプリ画面に、緊急生放送の告知をするアヤの投稿が大写しになっていた。


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【私の為に】EOJ緊急生放送!アヴァロン入団テスト始まるよ!【争わないで!】

 謎の初心者vsファランクス!

 こんにちは、AYANONです♪突然ですが、サブチャンネルで生配信やります!以前、コラボした『ファランクス』のメンバーと私の知り合いの初心者さんが対決です!

 謎の初心者さんの運命や如何に?!

 PvP、以下のURLでこの後、すぐ!!

【URL・・・・・」

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 なんともノリノリな投稿である。

 しかもご丁寧に、シルエット姿の俺とムルジアのヴィジュアルが、キッチリ対決構図で差し込まれていた。俺は、思わず真顔になる。

 おい、ついさっき決まった話なのに、なんでこんなモンが用意されてんだ?

 いくらなんでも、アヤが事前に作っていたとは思えない。という事は?

 俺は半眼になって、小声で問いかけた。

「(・・・おい、フェニス。これ、もしかしてお前が作ったのか?)」

(はい。画像AIで作ったヤッツケですけど)

 やっぱりか!

 確かに電子知性のフェニスなら、これぐらいの画像、画像生成AIと連携すればあっという間に生成出来る。しかし、なんという技術の無駄遣い。まあ、確かに配信者にとってこういう告知は大事だとは思うけども。

「まあ、そういう訳で今日はサブチャンで生放送な訳。ぶっちゃけ、今日の私はただの景品さー」

 そう言ってなんか紙に「景品」とか書いて自分の胸に貼り付けるアヤ。なんともノリのいい。そして、リスナー達もまた、なんだかんだノリノリだ。

《おk》

《まあ、男に金払うのもな》

《景品は草》

《会場はどこですか?自分も参加したい!》

 わいのわいのお祭り騒ぎのコメント欄。みんななんだかんだ楽しそうだ。

 あー、俺も観てる側でいたかったな。

「さて、あんま引っ張っても面白くないし、さっさと始めちゃおっか!さっきも言ったけど、今回はこのユーフラット君とムルジア君のPvPね。見ての通りユーフラット君は、ガチの初心者だから、ムルジア君には、防具を外して貰ってるよ!」

 そう言って、俺のステータスをパーティ欄からガッツリ公開するアヤ。

 対してムルジアは、レベル21の【剣士】とだけ自己申告。俺だけかよって一瞬思うが、そもそもプレイヤーのビルドはあんま公開するもんじゃない。

 初期状態の俺が、特殊なだけだった。

 しかしこうなると、俺とムルジアのレベル差があからさまになる訳で、視聴者は揃って困惑する。

《・・・ハンデは防具だけ?》

《武器とかはそのまま?》

「当然!ちなみにデッキのカードも基本そのままね。だから、防御以外はいつも通りだよ」

 つまり、特に初期装備以外のカードを持っていない俺に対して、ムルジアは、防具以外の装備も称号もスキルも全て使えると言う事だ。

 その説明に、流石にそれは不公平だろうと心配の声が次々と上がった。

 まあ、賭けるものが『アヤとフィールドに行く権利』だからな。ストーカー呼ばわりされてるようなプレイヤーと同行する可能性を考えれば、心配も頷ける。

 しかし、その手のコメントをアヤは一刀両断。

「手加減無用!二人とも手加減したら許さないからね!」

《ええ?》

《流石にレベル20差は、厳しくない?》

《いくら防御がないって言ったって、デッキが20枚揃ってない状態じゃ、アシストなくて勝負にならないと思うんだが・・・》

「へーきへーき」

「・・・・・・」

 全く心配した様子のないアヤの態度に、俺は肩をすくめる他ない。

 色々不満そうなムルジアの視線は、この際、無視だ。

 アヤは、一通りのコメントに反応してから、改めて俺とムルジアの間に立った。

「んじゃ、ルール説明!勝負はこの二人による『1on1』。勝利条件は、HPの全損。防具禁止と、スキルは回復系のみ使用不可。その他の制限はなし!」

 アヤの宣言と同時に、ムルジアが手筈通りにスマホを操作。

 それに反応して、俺の視界に申請が表示された。


〈プレイヤー『ムルジア』と決闘の申請がありました〉


時間;無制限

モード;デスマッチ

制限;HP回復効果の禁止


〈申請を受諾しますか?「YES/NO」〉


 特に気にせず「YES」を押下。

 そんな俺へ、ムルジアが改めて尋ねてくる。

「・・・良いのか?今だったらもう少しくらいハンデをやっても・・・」

「「さっさとしろ(する)」」

《草w》

《まあ、ここまで来て今更だわな》

《なんだろう、この二人なんか似てんな?》

《空気嫁》

「くっ・・・」

 俺とアヤの返しに視聴者も呆れたように茶々を入れる。

 これにはムルジアも「スタート」を押すしかない。

 ムルジアは、ぶすむくれた顔を浮かべながらスマホを操作した。

 すると、システムがPvPのフィールドを展開。アヤを含む観客達が、一斉に5mほど後ろに下がった。

 なるほど、PvPはこうしてフィールドを区切ってやるんだな。VR空間だけに、こういう人払いは自由自在だ。

〈カウント、開始します。 5・・・4・・・」

「・・・後悔するなよ?」

 自慢の剣を抜き、昏い感情の乗った視線を向けてくるムルジア。

 剣を雑に前に向けて身構える。

 対して俺は、腰から抜いた粗末な剣を右肩に担いだ。

「させてみな」

 気持ち右足を引いた正体の構え。上体の力を極力抜いて、逆に下半身はしっかり踏ん張って、腰を落として踵を浮かす。

 馴染んだその構えをとると、一気に集中力が高まってきた。

 準備完了。あとは、その時を待つだけだ。

〈・・・1・・・0!・・・デュエル!!〉

「うぉおッ・・・!!」

 システムが、開始の号令を上げた。瞬間、ムルジアが一気に飛び出してくる。

 どうやら、正面から叩き潰すつもりらしい。

 瞬間、俺の視界が一瞬ブレる。

 ムルジアは、バタバタと慌ただしく駆け込みながら、考えなしに剣を上段に振りかぶっていた。

 そんなムルジアの突撃を見て、俺は思わず吐き捨てる。

「・・・アホか」

 そして直後、ムルジアの剣は、彼の右腕ごと石畳の上に転がった。

「へ・・・?」

「ぼさっとすんな」

「うぇ?!・・・がはっ?!」

 腕ごと剣を失い、呆然としている所を容赦なく蹴り倒す。

 隙だらけに石畳の上に転がったムルジアに、俺は冷ややかな視線を送った。

 何が起きたのかわからなかったのだろう。

 まあ、ムルジアは俺の動きが一切見えてなかったので当たり前だが。

 しかし、これは無防備に突っ込んできたムルジアも悪い。

 まあ確かに、ムルジアの突進はそこそこ速かった。レベルとスキルで強化されたダッシュは、スポーツ選手並みの速さではあったと思う。

 しかし、フェイントもクソもないただの突進。しかも、腕を振り上げ、懐をがっつり空けっ放しにして。

 あれじゃカウンターを打ってくれと言っているようなものだ。

 しかし、相手が素人とは察したものの、手加減無用と言い含められていた俺は、咄嗟に止まれなかった。

 俺は、反射的に一歩踏み出していた。そして、同時に肩に担いでいた剣を上段の構えへと移行。柄尻に左手を添え、そのまま剣を袈裟に振り切っていた。

 それで、ムルジアの腕は地面に落ちた。

 流石にそこまでやってしまったら、ボサっと突っ立っている訳にもいかない。

 俺は、身を翻すようにステップし、ムルジアの右側へ移動した。

 あとは腕と標的を失って、呆気に取られたムルジアに死角から蹴りを入れるだけ。

 ほとんど反射的な対応であったが、それでもう趨勢は決してしまった。

 一応、前線のプレイヤーだって言うから、真面目に構えて警戒してたのになぁ。

 必要以上に集中してしまって、ついつい全力で「視て」動いてしまった。

 これじゃ、もうただのイジメだ。

「・・・なんだかなぁ」

 さて、ここからどうしたもんか?

 なにせ、ムルジアの体力はまだ残っている。

 俺の剣が弱すぎて、腕を切り落とす事は出来てもダメージそのものが少ないからだ。

 しかし、腕を無くした状態で、コイツがマトモに闘える訳もなかった。

 これはもう、さっさと終わらせるしかない。

「まあ、仕方ねえか」

 俺はそう判断して、身を起こそうとするムルジアの背中を無造作に踏みつけた。

「あだっ?!・・・え?・・・え?!」

「悪いな。さっさと死ね」

 そして俺は、逆手に持った剣を無造作にムルジアの首に捻じ込んだ。

 いくら攻撃力が最低の武器でも、これなら大ダメージは免れまい。

 そして予想した通りムルジアのHPは、それでそのまま消し飛んだ。

 

〈勝者、U-FLAT-〉


 直後、システムが決着を告げる。

 なんとも味気ない勝利の味に、俺は心底うんざりしながら勝利宣言をするアヤに手を振って応えるのだった。


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