第4話 AYANON
「・・・あ・・・くそ、やられた」
俺は、真っ白な視界が色を取り戻すと同時に、自身の状況を悟って小さく独りごちた。
気がつくと、俺は見知らぬ街の中に立っていた。
周囲には、見知らぬ馴染みのない姿をした人、人、人、彼らは、突然現れた俺をチラリと見やると、そのまま興味を失って目を逸らしていった。そんな大量の視線を次々に浴びて、俺は事態を理解する。
どうやら俺は、先ほどとは別のVR空間、おそらく『EPIC OF JOKER』のゲームフィールドにいるのだろう。
ゲーム開始時のキャラクリエイトを終えて、最初のログインポイントへ転送されたのだ。
くそぉ、妙なカードを貰ったから、色々説明して欲しかったのに。
しかし、泣き言を言っても始まらない。俺は一息つくと、改めて周囲を見まわした。
周りに見えるのは、大勢の人だかり。そしてその向こう側に背の低い建物がグルリとこの場所を取り囲んでいるのが見える。
木や石で造られた中世風の街並みが、そこにはあった。
陽光が燦々と降り注ぐ異国の風景に、俺は思わず感動してしまう。
「・・・すげぇな。これがVRかよ」
まるで、本当に外国にでもやって来たような感覚だった。
今まで俺が遊んでいたV・ワのゲームとは、何もかもが違いすぎる。
無論、感覚的にこれが現実ではない事は、十分に分かる。
かなり繊細に、精密に再現されているとはいえ、VRは仮想現実であり、脳に干渉する以上、様々な制約が課せられている。
特に分かりやすいのは『痛覚』で、VR空間でどんな大きな怪我をしても、その痛みは実際よりもかなり小さく抑えられるのだ。
その為、必然的に体の感覚は現実の物とは違うものになる。
それは、違和感というほどの物ではないが、確かに存在するのだ。
そしてこの体の違和感こそが、VRゲームに付き物の『VR酔い』の原因になるのだが、その違和感が、この世界では驚くほどに少なかった。
俺は、思わず首を捻りながら、体の感覚を順番に確認する。
「・・・うーん?VR感が薄い・・・というよりは、違和感が弱いって感じだな。PNM経由で動かしてるから、反応が良いのもあるみたいだけど?」
VRゲームのアバター操作には、どうしても遅延が付き物だ。まあ、本来の体じゃないモノを動かすんだから、普通は仕方がない。しかし、このアバターには、それを一切感じなかった。
これが、最新のVRマシンかぁ、と俺は思わず感心する。
そして、そんな事を考えていると・・・
「なあ、良いじゃねえか?せっかくここで会えたんだし、俺らと一緒にフィールド行こうぜ?緊急コラボで、生放送・・・悪くねえだろ?」
「いや、そういうの良いんで。色々間に合ってますから」
「・・・ん?」
すぐ近くから、なにやら騒がしいやり取りが聞こえてきた。
反射的にそちらを見やると、数人の男が、誰かに声をかけているようだった。
相手は、当然というべきか、女性プレイヤー。
赤い髪を背中まで伸ばした小柄な少女で、髪に合わせたらしい緋色のドレスを着て手には宝玉の嵌った杖を携えている。
いわゆる魔法使いって感じの雰囲気だな。
対してそれを取り囲むのは、鎧を纏った3人の男性プレイヤー。
小柄な女性プレイヤーとは対照的な長身のアバターを使ったプレイヤーで、艶のある革製の鎧で身を固め、腰や背中に、長剣、槍、斧がそれぞれ張り付いていた。
見た感じ、3人とも前衛職。
ふむ。これは、アレか?
前衛系の3人組が、パーティに足りない後衛を探して、見かけたあの女の子に声をかけた、と。
まあ、VR MMOだと、良くある風景だ。
基本的に MMOというゲームは、何をするにも複数のプレイヤーでの協力プレイが必要になる。
そして、パーティプレイ前提のフィールドで遊ぶなら、足りないメンツをこういう人が集まる場所で探して野良パーティを組むのだ。
こういう一期一会の協力が、MMOというジャンルの醍醐味とも言える。
しかし、同時にそれは、この手の問題も引き起こすものだ。
まあ単純な話、どうせパーティ組んで一緒に遊ぶなら、可愛い女の子との方が色々楽しい、とナンパに走る奴が現れる訳だ。
こういうナンパ染みたパーティ勧誘は、正直、この手のゲームではよく見る光景である。なので、一概に迷惑行為と断じるのも良くないし、実際、こういう事がキッカケで、プレイヤー同士が仲良くなる事もあるにはあるのだ。
しかし・・・
「いや、だから!私、この後、約束があるんですって!」
「だったら、その子も一緒でも良いからさ!一緒に・・・」
「ダメです!」
「そんなこと言わずにさぁ」
うん、あの感じは、どう考えても脈無しだ。もう赤髪の少女の方は、嫌悪感を隠しもしていない。
しかしそれでも、3人の内の一人、長剣を腰に下げたプレイヤーが、しつこく彼女へと言い寄っていた。
その雰囲気の悪いやりとりに、周囲も冷ややかな視線を向けている。
うーん、これは、運営に通報した方が良いのかね?
まだこのゲームを始めたばっかで、その辺の匙加減がよく分かんねえんだよなぁ。昔やってたゲームなら、間違いなく通報モノなんだが。
そんな事を思って反応に困っていると、ふと赤髪の少女が、目の前の男達から目を逸らした。
そして、なぜか俺の方に振り返って、そして目を見開く。
「あっ・・・もう、どいて!邪魔!」
「うおっ?!」
次の瞬間、赤髪の少女は目の前の男を強引に突き飛ばして、俺の方へと駆け寄ってきた。
そして、一気に俺との距離を詰めると、声をかけてくる。
「ごめん!変なのに絡まれちゃって!」
「・・・は?」
思わず耳を疑った。
しかし、明らかに勘違いや間違いではない。
赤髪の少女は、表情を輝かせながら、まっすぐ俺の下へやってきて、周りに見せつけるように笑顔を振りまいた。その思いがけない反応に、俺はもちろん、周囲にいた大勢の人達が呆気にとられて固まってしまう。
しかし、少し遅れて、それが何かの間違いでない事に俺は気づいた。
なんと、近づいてきた事で自動的に彼女の頭上に浮かんできたのである。緑色のアイコンでAYANONという彼女の名前が。
「ゲェ?!まさかお前・・・?!」
俺は、それを見た瞬間、思わず叫んでしまった。そして、彼女もその反応を予想していたのだろう。俺が叫んだ瞬間、なんともわざとらしく悲しそうに眉根を寄せる。
「あはは、何その反応・・・。ひっどいなぁ、せっかくここまで迎えに来てあげたのに~」
「くっ・・・」
支那を作りながら、周りに気づかれない程度にニヤリと口の端を釣り上げる少女に、俺はどうしようもない既視感を覚える。
うん。間違いない。
こいつ、文香だ。俺をこのゲームに引っ張り込んだ、妹様である。
俺の妹、新堂 文香は、今年で19歳になる俺の2つ下の妹だ。
ちなみに、実妹。血が繋がってないとか、そんな事はない。
俺が諸事情で高校卒業を機に東京で就職したせいで、ここ最近は、疎遠になってはいたが、兄妹仲は、まあそれなりに良好だ。
2年ほど前までは、一緒にゲームをやる事も多く、V・ワを使って色々なゲームで遊んだものだ。
まあ、コイツと一緒にゲームをすると、なんだかんだ面倒を押し付けられるのが常なのだが。
そして今回のEOJへの招集も、当然、そういう腹積りのはずだった。
一体、何をさせるつもりなんだか。俺は文香の眩い笑顔を前に、不吉なモノを感じずにはいられない。
しかし、文香はそんな俺の内心を笑い飛ばすかのように、わざとらしく俺の顔を笑顔で覗き込んできた。
「ちょっとー!何?もしかしてまだ無視すんの?」
「え?・・・あ、いや、わりい・・・えっと、ふ・・、じゃなくてAYANON・・・で良いんだよな?」
「うん。そうそう。なんだ、ちゃんとわかってるんじゃん。しっかりしてよ」
ニヤリと笑いながら、満足そうに頷く赤髪の少女。その溌剌な態度に、周囲のプレイヤーがざわめいた。
なんというか、広場にいるプレイヤー達の視線が痛い。
しかし、そんな視線などAYANONという名の少女は、気にも留めない。いやそれどころか、むしろ周りに見せつけるように、そのまま会話を続けた。
「いつも通り、私の事はアヤって呼んでね」
瞬間、周囲がどよめく。俺も、目の前の妹と周囲からの二方向からの不意打ちに、一瞬、たじろいでしまった。
明らかに俺に向けられる不躾な視線が増える。俺は思わず苦い顔で返した。
「・・・いや、普通にアヤノンで良いじゃねえか」
「ヤダ。ちゃんとアヤって呼んで?」
「・・・えー・・・」
周囲からの圧力に思わず渋い声が出てしまうが、まあ、確かにアヤの方が、呼びやすいは呼びやすい。本人もこう言っている以上、ここは合わせておくべきだろう。
それにそもそも、妹に呼び名で遠慮する理由もない。
「まあいいか。・・・分かったよ。アヤ、だな?」
「そうそう。分かればよろしい」
AYANON改めアヤは、満足そうに頷いた。
なんというか、完全にこっちの反応を見て楽しんでんな。
俺は、いつも通りの妹の態度に思わず嘆息。
ただまあ、別にゲーム開始直後にコイツに出会えたのは、普通に暁光だった。
どうせ、遅かれ早かれ合流しなければならなかったのだ。迎えにきてくれたのは、色々手間が省けてありがたい。
俺は、気持ちを切り替えてアヤに声をかけた。
「んで、アヤ、色々聞きたい事はあるんだが・・・とりあえず、案内してくれるって事で良いんだよな?」
「そりゃもちろん。その為に、ここまで戻ってきたんだからね」
暗に場所を変えよう、と訴える俺に、アヤは即座に笑顔で頷く。
この辺の意思疎通は、兄妹故に以心伝心だ。
まあ、流石のこいつも、ずっと衆目を集めたままじゃ疲れるのだろう。俺の意図をしっかり理解し、この場を離れようと俺の手を取った。
「んじゃ、行こ。この後、色々準備があるし・・・」
「ちょっと待てよ!」
「・・・ん?」
しかし、俺達が連れ立って歩き出そうとした瞬間、ふと誰かの声が上がった。
そして振り返った先には、まあ、予想通りだったが、先ほどの長剣を下げた男性プレイヤーの姿。
彼は、色々納得がいかない様子で、アヤに向かって声を上げた。
「アヤノンさん、まさかさっきの約束の相手って、その初心者の事なのか?」
「・・・見れば分かるでしょ?」
アヤが冷ややかな視線を男へ返した。
その視線に、3人は一瞬、気圧される。
しかし、それも束の間。長剣の男性プレイヤーは、大仰に声を荒げた。
「・・・おいおい、アンタが、初心者の介護だなんて、冗談だろ?!」
「・・・はぁ?」
「いや、そりゃそうだろ?アヤノンさん、アンタは、全EOJプレイヤーが注目する最前線プレイヤーじゃねえか?!そのアンタが、前線を離れて初心者を案内なんて・・・!」
「そんなの、私の勝手でしょ?私がこのゲームに誘った人を、私が案内するなんて当たり前でしょ?」
「そんな奴、適当にチュートリアルだけやらせとけば良いじゃねえか!」
堪りかねたように、男が吠えた。そして敵愾心も露わに俺を鋭く睨みつける。
「アンタの配信を、大勢の視聴者が待ってるんだぞ。それなのに、こんな奴の為に前線を離れるなんて・・・!何を考えてんだ?」
「・・・あ?」
エキサイト気味にがなり立てた彼の言葉に、今度はアヤが眉根を寄せた。
これまでとは違う明らかな怒気が、周囲の空気を音もなく焼く。
それを間近に感じた俺は、思わず顔を引き攣らせた。
ヤバい。こりゃ、相当キレてんぞ?
しかし、まあ、無理もない。
アヤは、ゲーマーの中でも結構、几帳面に攻略をするタイプだ。ゲーム中は色々と分析に努め、その情報を元に策を考え、そのプランに基づき手を打っていく。
俺をEOJへ呼んだのも、そんな計画の為の言わば布石なのだ。
そんな大事な布石を、よりにもよってナンパプレイヤーなんかに「何考えてんだ?」なんて口出しされたら、そりゃまあ、キレる。
うーん、こりゃ俺がなんとかした方が良さそうだ。
俺は、深々と嘆息してから、アヤに声をかけた。
「おい、アヤ」
「・・・何?」
「ステイ、だ。ステイ」
「・・・ちょっと、犬じゃないんだから」
「いいから。とりあえず、お前は深呼吸しろ」
「・・・・・・・・・」
アヤに向かって告げる。それは、有無を言わさぬ『厳命』だ。
その言葉に、アヤは思いっきり不満を浮かべながらも、黙って従った。そのやり取りに周囲がざわめくが、それは無視。
そのまま肩に手を置いてアヤを落ち着かせつつ、今度は長剣の男性プレイヤーに視線を向けた。
「おい、お前・・・」
「な、なんだよ、初心者が」
「お前、ちょっと勘違いしてねえか?俺は別に、お前が想像してるようなモンじゃねえぞ?」
「ッ?!」
俺の言葉に、彼ら、いや周囲の野次馬達にも動揺が走った。
うん、まあ、そうだよな。
可愛い女の子が男をゲームに連れて来たとか、その関係を勘繰らない訳がない。
そしてきっとみんな、俺がアヤの恋人とかそんな感じのモンだと勘違いしてるんだろう。
だが、事実はただの兄である。
そんな俺の正体をオープンにすれば、この場も多少は平和に収まるはずだ。
そして、兄妹である事を隠す理由のない俺は、躊躇いなく言葉を続けた。
「俺はコイツの・・・「はい、黙る!」ゴフッ!?」
しかし、兄という言葉を放つ寸前、強烈な一撃が俺の横っ面を撃ち抜いた。
慌てて振り返ると、鉄拳で俺を黙らせたアヤが、こっちを睨みつけていた。
「なぁに、勝手な事やってんのさ?」
「・・・いや、別に隠すことでもねえし」
「隠す事だよ!この後、配信で紹介とかすんだよ?!その前にネタバレとか、ダメに決まってんじゃん!」
「・・・は?」
俺は、アヤの言葉に耳を疑う。
「配信?お前、俺を配信に出すつもりなのか?」
「当たり前でしょ!」
「いや、なんでだよ?!」
思わず声を上げてしまう。
しかし、アヤは何言ってんだ、コイツ?みたいな顔で、首を傾げた。
「いや、言ったじゃん。仕事を手伝ってって」
「いや、そうだけど」
まあ、そうだ。確かに言っていた。
アヤの仕事、それはVRゲームの動画の配信だ。
それも、百万人以上の登録者を抱える有名配信者である。
俺が就職の為に上京した少し後、文香は動画サイトにV・ワのVRゲームの配信をするようになった。
VRアバターを使って遊ぶフルダイブVRは、動画配信と非常に相性が良く、宣伝にも繋がるのでゲーム運営側も積極的に環境整備に努めている。
なので、昨今のVRゲームでは、アヤのようにお手軽Vtuberになってゲーム配信や動画投稿が非常に活発だ。
アヤが配信をはじめたのも、そういう流行りに思いつきで乗っかったにすぎなかったらしい。
しかし、それが思いの外ウケた。
今まで一緒にゲームをしていた俺がゲームを離れた為、一緒に遊ぶ相手が見つかったら良いな。それくらいの気持ちで気軽に始めたらしいのだが、その配信の評判が良く、遂には仕事としてやっていけるレベルにまでなってしまったのである。
正直コレは、文香本人を含む家族一同ビックリで、収益化が通ってしまった時は、ぶっちゃけ揉めた。
特にお袋は、かつての俺が起こした「諸々の騒ぎ」の影響で、それはもう猛烈な拒絶反応を示したらしい。
俺は上京してたので後から聞いた話だが、今にもV・ワを取り上げてしまう勢いだったらしい。
しかし、せっかくのチャンスを棒に振るのも勿体無いと俺とフェニス、ついでに親父の説得によって、文香は現在、大学に通う事を条件に配信者を続けているのだ。
まあ、その辺は、良い。俺も賛同した側だからな。でも、その配信に俺が出る?!冗談だろ!?
「仕事って、せいぜい配信に必要なアイテム集めとか、ボスとか新エリアの偵察とかそういう雑用系じゃねえのかよ?!」
「まあ、それもやっては貰うんだけどね。でも、ここに呼んだのは、それ以上に戦力としてだよ」
「マジで?」
「決まってんでしょ!」
俺は、予想外のアヤの言葉に思わず複雑な表情を浮かべてしまった。
実力を評価してくれるのは、普通に嬉しい。だが、俺が表に出るってのは、どうなんだ?
正直、いろんな意味で心配なんだが。
しかしアヤは、そんな俺の心情など気にも留めない。おそらく俺の考えている事など、全てお見通しなのだろう。
それよりも、周囲の人達にその言葉を見せつけるように、アヤは胸を張った。
「はあ?!ちょっと待て、なんだよ、それ!?」
そして、そんなアヤの言葉に憤りの声を上げたのは、やはり例の男性プレーヤーだった。
「アヤノンさん!俺達の誘いを断っといて、その初心者を戦力扱いするってのか?!」
「もちろん」
「ふざけんな!」
一瞬も迷わない即答に、男が顔を真っ赤にして叫んだ。
・・・うん、まあ気持ちは分かる。
彼らも周りにいるプレーヤーに比べたら、明らかに良い装備を使ってる。それはきっと、見た目だけのコケ脅しではないはずだ。
アヤに声をかけていた以上、それなりにレベルの高いプレーヤーなのだろう。
なのに、このゲームを始めたばかりの俺と比べられた挙句、相手にされないとか、怒るのも無理もなかった。
しかし、誰と一緒に遊ぶかは、アヤの自由。
それにさすがの俺も、あんなしつこいナンパ勧誘をやってる連中と遊んでやれよ、とは言えなかった。
どうしたもんかと思っていると、アヤが再び口を開いた。
「納得いかない?」
「当たり前だろ」
「そう。・・・じゃあ、試させてあげる」
「あ?」
「ん?」
そう言うと、アヤはベルトのボックスから1枚のカードを取り出した。
そしてそれを空中へ放る。
「ボール?」
するとカードから、銀色のボールが出現し、宙にそのまま静止した。
なんだろう?と思っていると、アヤが説明してくれる。
「動画撮影用のVRキャプチャーだよ。アレで、周りの空間を丸ごと記録するの」
「・・・カメラって事か」
「そうそう。VR配信の必須アイテム。高性能な分、ちょっと普通のカメラ端末より高いんだけど、まあ、仕方ないね」
EOJに限らず、配信サービスに対応したゲームでは、この手の動画撮影機材は使い捨ての課金アイテムだ。
そしてこのボールは、どうも普通の撮影アイテムと違って、少し高いらしい。
「いや、それは分かったけど、なんでコイツを?」
「そりゃ、これから配信するからよ」
「「「「は?」」」」
俺はもちろん、成り行きを見守っていた3人組までもが、アヤの言葉に呆気に取られた。
しかし冗談でもなんでもない様子で、アヤは男達に宣言する。
「PvPよ!今からココで、アンタ達に決闘を申し込む!私は手を出さないから、コイツを倒せるモンなら、倒してみなさい!」
「・・・はぁ!?おい、アヤ、おま「はい、スッこんでる!」・・・ブフォ?!」
思ってもみなかった事を言い出したアヤに、抗議を上げる俺。しかし、それをアヤは鉄拳で遮った。
そしてもんどり打っている俺を無視して、挑発的に問いかける。
「構わないわよね?アンタらお望みのコラボ配信なんだから」
「・・・え、えーと、マジ言ってんのか?」
「マジもマジ。大マジよ!もし勝ったら、さっきのお誘い、受けてあげるわ。一緒にフィールドでもボスでも、今度一日付き合ったげる!」
「なにぃ!?」
アヤの提案に長剣のプレイヤーが目の色を変えた。
「その代わり、ここは配信にさせて貰うわ。良いでしょ?お互い話題になるし、次回の動画にも繋がるわ」
「そうだな。悪くない」
「決まりね」
「ああ!」
「さて、じゃあそっちの2人は?どうせなら3人まとめて相手するわよ?」
「「いや、さすがにそれは」」
いくらなんでも3対1で初心者を袋にするのは外聞が悪すぎると、2人は首を横に振った。
「そんなんさすがにリーダーに怒られますって」
「だよなー。つうか、このままムル1人で闘っても、怒られるだろ」
「言い出したのは、向こうだ。兄さんに怒られる筋合いはねえ!」
2人の仲間の言葉に、長剣のプレイヤーがムキになって吠える。
しかし、真っ当な感性の持ち主なら、初心者を寄ってたかって攻撃するのがマズイのは分かる。
下手すりゃ通報案件なので、二人は頑なに首を縦には振らなかった。
しかし、アヤとのデート権に目が眩んでいた長剣のプレイヤーは引けない。彼は痺れを切らして言い放った。
「もういい!お前らはそこで見てろ!こんな奴、俺一人で十分だ!」
「えー?大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ!」
と言うわけで、参加は長剣のプレイヤーのみ。俺とコイツとでサシの勝負と決まった。
あれよあれよという間に、勝手に話が進んでいく。
俺も、見学するむこうの二人も完全に置いてけぼりである。
しかし、そんな事など関係ないと、アヤは早速、スマホを出して準備を始めた。
「とりあえず、今から、私のSNSで宣伝するから10分待ってね。アンタ達のパーティ名、出しても良いのよね?恥をかく事になるかもだけど」
「はっ、上等だ!好きにしろよ!」
「じゃあ遠慮なく」
オイオイオイオイ・・・!
SNSを使って、生放送の告知を始めるアヤに、俺は頭を抱えた。
ああ、もう、これは止められない。
登録者100万を超える有名配信者の緊急生配信なんて、あっという間に拡散されて、中止なんて早々不可能である。
これはもう、盛大な騒ぎになるぞ。
しかし長剣のプレイヤーは、そんな事など気にもせずに気炎を吐いてふんぞり返っていた。
その目に宿るのは、俺に対する敵愾心だ。
ちなみに残りの二人は、もう色々諦めたのか、遠巻きになりゆきを見守っていた。
あー、出来れば俺も、あの二人と一緒に後ろに下がってたいんだけどなー。ダメかな?・・・ダメですかー。
ちくしょう。
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