第3話 デッキシステム

「じゃあ、改めまして・・・。ようこそ『エピック オブ ジョーカー』へ。私は、案内人の電子知性、A・J。アージュとお呼び下さい」

 アージュさんは、改めて柔らかな笑顔を俺へと向けた。

 そしてその言葉と同時に、俺達の目の前に、ウィンドウが開く。

 そこには、大きく『EPIC OF JOKER』というこのゲームのタイトル画面が表示されていた。

「まずは、ゲームで使うお客様のアバターを設定して下さい」

 そして程なく、プレイヤーのアバターを設定するキャラクリエイト画面へと切り替わる。

 初期装備らしき簡素な服を着たアバターと、画面を挟んで俺は向かい合った。

 その姿を前に俺は思わず面食らう。なぜなら・・・

「うわっ、まんまじゃねーか!?」

 そう。そのアバターは、鏡でも見ているのかと言うくらい、リアルの俺にそっくりだったのだ。

 思わずマジマジと見てしまうが、本当に違和感がない。

 驚く俺の様子に、アージュさんは楽しそうに笑った。

「はい。アバターの初期設定は、お客様のPNMデータを反映したものになっています」

「あー、なるほど。PNMデータか」

 俺の体に入っているナノマシンは、当然、俺の体の隅々まで行き渡っているので、その肉体形状を事細かに分析、再現可能だ。

 それを反映したアバターは、当然、リアルと瓜二つである。

「もちろん、これは仮設定で、お客様でご自由に変更して頂けます。調整を行いますか?」

「うーん、まあ、一応?」

 正直、面倒なのであんまり気乗りはしないのだが、ネットリテラシーの面で、素顔を晒してオンラインゲームを遊ぶのはあまり賢い事ではない。

 最低でも多少は弄って雰囲気だけでも変えるべきだし、そもそもせっかくの仮想現実なのだ。普段は出来ないような姿になるのも、醍醐味の一つである。

「・・・とりあえず、髪型でも変えれば良いか。あとは・・・うーん?」

 とはいえ、こういうのって色々面倒なんだよなぁ。

 システムを見た感じ、このゲームのキャラクリエイトは、かなり自由度が高い。その気になれば、相当な美形から人外染みた異形にだって文字通り『変身』出来るだろう。

 ただ、基本モデルが『自分』しかないせいで、大幅な改変は結構大変だ。

 しかも、それでも制限がない訳ではないのだ。経験的に、実際に肉体から身長や体型を大きく弄ると操作感に違和感が出る。

 まあ、それくらいなら慣れれば良いだけの話なのだが、造作の調整はそれなりに難易度が高いので、下手に弄ると、大変な事になる。

 どうしたもんか?と思わず唸っていると、横から声がかかった。

「お兄さん、お兄さん!お兄さんが適当にやるくらいなら、私にやらせてくれません?」

「・・・えー?」

 振り返ると、期待した様子のフェニスが俺の顔を覗き込んでいた。

 俺は、思わず顔を顰めてしまう。

「良いじゃないですか!お兄さんがやったら、どうせ失敗するんですから!」

 ぐぅ、痛い所を!

 うーん、でもまあ、確かに俺、こういうアバターの細かい調整が苦手なのだ。

 いくら慎重に調整しても、顔の歪んだ変なグラフィックのキャラになってしまい、直そうとして、最終的に時間切れで変な顔のアバターで遊ぶとか、昔はよくやっていた。

 しかし、電子知性のフェニスに任せれば、そういうことにはならないだろう。電子データのパラメータ調整なんて、電子知性の基本スキルの範疇だ。

 どう考えたって、俺が雑に弄るより良い感じのアバターが出来上がる。

 とはいえ、この妹電子知性に俺の体を任せて大丈夫なんだろうか?下手すると、ネタキャラみたいなアバターになってしまわないかと不安になるんだが。

 しかし、フェニスはいつにないテンションで、ウィンドウを上に傾けて(物理的に)無い胸を張る。

「任せて下さい。私が完璧な調整をお約束しますよ!」

「・・・ああ、わかった、わかった」

 これは止まらねえな。

 俺はこっそりため息をこぼしながら、フェニスにアバターの設定を任せた。

 幸いだったのは、フェニスは直接、アバター設定を弄れる事だった。

 おかげで俺は、フェニスの指示に合わせて調整作業をしないで済む。

 面倒な作業から解放されてホッと一息吐いていると、そこへアージュさんが声をかけてきた。

「・・・では、今の内にゲームの説明に入りましょうか。時間も勿体無いですし」

「そうだな、お願いします」

 フェニスの事だから、おそらく限界まで粘って調整するだろう。その間、待ちぼうけになるのは、色々辛い。

 こういう融通がきくのは、ナビゲーターが電子知性だからこそだ。俺はありがたく、説明を聞くことにする。 

「では、まずはこちらをどうぞ」

 アージュが告げると、俺の腰に光の輪が巻き付いた。

 そして一瞬の内に光が実体へと姿を変える。

 俺の腰に現れたのは、少々無骨なベルトであった。

 両脇に一つずつ、大小2つのポーチ。さらにバックル部に妙な機械っぽい造形がある。

 日曜朝の某ヒーローアイテムという程ではないが、なかなかに意味深だ。

 そして、ベルトの装着に合わせて俺の目の前に、また新しいウィンドウが開く。

「このゲームでは、そのベルトにあるボックス、デッキ、そして端末を使って頂きます」

 大きめのポーチが、ボックス。小さいポーチがデッキ。そしてバックル部分のユニットが、端末と、ウィンドゥ表示と合わせて説明される。

「ボックスの中身を確認してください」

「・・・カード?」

 言われるままにボックスを開けると、その中身は、無数のカードだった。

 何も書かれていない白紙のカードと、10枚ほど、色のついたカードが入っている。そのカードを宙に浮かべながら、アージュさんは説明を続けた。

「このゲームは、これらのカードを使って全てを管理します」

「・・・全て?」

「そう、全てです。プレイヤーのステータス、スキル、装備、肩書き、その他あらゆる持ち物。それら全てが、カードとなります」

 そう言うと、アージュは4枚のカードを俺の目の前に残して、残りを全て消した。

「カードは、大きく分けて4種類あります。まず、アイテム類が変化した『マテリアルカード』」

 俺の前で、薬と思われるビンの絵が描かれた茶色のカードが光る。

 試しに書かれた文字を読んでみると、『初心者ポーション』と書かれていた。


【初心者ポーション】

種別;マテリアル/アイテム

効果;HPを300回復する水薬。(対象【ルーキー】に限る)


 どうやら初期配布される回復アイテムのカードらしい。

「称号やモンスター召喚に使う『コントラクトカード』」

 次に光ったのは、『ルーキー』とデカデカと書かれた緑のカード。


【ルーキー】

種別;コントラクト/称号

効果;ゲームを始めた初心者の証。死亡時のペナルティーを無効にする(3/3)


 どうやら初心者プレイヤーに配布される救済用の称号カードらしい。

 回数限定でデスペナルティーを無効にするようだ。

「そして、魔法やスキルなどでプレイヤーを強化する『アビリティーカード』です」

 赤というかピンクっぽいカードには、『俊足』と書かれていた。


【俊足】

種別;アビリティー/スキル

LV;1

効果;走力を上げる。逃走時に補正。

アーツ;【ダッシュ】


 見た所、足を速くする効果を持ったスキルカードらしい。

 このスキルカードにだけは、種別、効果の他にレベルとアーツの表記があり、このカードを使う事で、レベルが上がり、アーツを使えるようになると、アージュは説明した。

「そして、これらのカードの元になるのが、この『ブランクカード』です」

 ボックスの中に大量に入っていた白紙のカードだ。

 カードボックスの中には、このブランクカードが最大100枚入っており、アイテムやスキルなどを手に入れると、このブランクカードに記録される。

「逆に言えば、ボックスにブランクカードがなければ、カードは手に入りません。ブランクカードは、自動で補充されますが、ボックスの上限は100枚です。ご注意ください」

「・・・って事は、もしボックスが普通のカードで一杯になったら?」

「当然、カード化は出来ません。もしそれが必要ならば、不要なカードを捨てるか。あるいは使ってしまうか、ですね。その他にも、カードを保管する専用のアイテムを使う方法もあります」

「・・・なるほど」

 つまりこのボックスの上限100枚が、持ち物の上限となる訳だ。

 スキルや称号のような物までカード化するという特殊性はあるが、基本的にはよくあるアイテムボックスと同じだろう。

「それを踏まえた上で、今度は『デッキ』について説明します」

 すると今度は、ボックスとは逆側、左脇の小さなポーチが淡く光った。

「これが、『デッキ』です。このケースにカードを登録することで、プレイヤーの皆さんは、カードの力を自由に使う事が出来ます」

「・・・デッキ」

「登録出来るカードは、20枚。ここに好きなカードを登録して、あなただけのオリジナルなキャラクターを作る事が出来るのです」

 剣や鎧のような各種装備のマテリアルカード。剣術や魔法などの各種アビリティーカード。そしてプレイヤーの能力を底上げする称号などのコントラクトカード。

 それらを、バランス良くデッキに登録する事で、プレイヤーの能力が決まる。

 これは、なかなか面倒なシステムだな。

 システムとしては、『完全スキル制』に近い物だが、その構築を装備や称号の枠とも共有している。

 その為、スキルを詰め込めば、装備が貧弱になるし、逆に装備を詰め込めば、スキルが最小限になってしまう。

 各種カードのバランスを良く考えて設定する必要があるという事だ。

 カードゲームほど緻密な調整はいらないかもしれないが・・・これは、なかなか難しい気がする。

 枠は、たった20しかないのだ。その枠で、装備とスキル、あるいは称号などを常に天秤にかけなければならない。

 スキルや装備枠が個別に決まっているのとは、また違った難しさだった。

 そして最後に、バックル部分にある機械。手で触れると簡単に取り外せるようになっていて、一面はスマートフォンのように一面ディスプレイになっていた。

「これは単純に、ゲームシステム用の端末になります」

 ゲームの環境設定を変更から、ミッション、クエスト情報の確認、ゲーム内通貨を使った売買なども、全てこの端末で処理出来るらしい。

「皆さん、普通にスマホと言って使ってますね」

「まあ、確かにスマホっすね」

 ちょっと弄ってみたが、ちょっとゴツい以外は、機能ごとにアプリが用意されていて、使用感が普通にスマホだ。

 ただVRの中なので、当然、乱暴に扱っても壊れたりしないし、落としても勝手にバックルに装着される便利仕様。VRらしくウィンドウを空中に開いて操作したりも出来るのだが、手軽さやプライバシー優先で基本はこういう仕様になってるそうだ。

「画面が小さければ、設定で使用時の端末の形状を変更出来ますので、後でご確認ください」

「分かりました」

 用途や状況に応じて、タブレット型やウィンドウモードなどを割当てたりもできるらしい。まあ、その辺は、追々試してみればいいだろう。

 俺は、簡単に仕様を確認したら、さっさとスマホをバックルへ戻した。それを確認して、アージュさんは続ける。

「では最後に『ジョーカーカード』を選びましょう」

「・・・ジョーカーカード?」

「はい。これが、『ブランク』『マテリアル』『コントラクト』『アビリティー』に次ぐプレイヤーだけが持つ第5のカードです」

 アージュさんの手に、先ほど残された4枚のカードとは全く違う真っ黒なカードが出現した。

「これは、プレイヤーが一人1枚ずつ装備できる特殊なカードになります。『ジョーカー』のカテゴリー名が示す通り、プレイヤーの切り札となるカードです」

 これは、他のカードよりも特殊なカードであり、デッキ枠を使わずに1枚だけ装備する事が出来るらしい。

「いわゆる各プレイヤーの『ユニーク』となるカードですね。一般的なカードよりも強力ですが、扱いも相応に難しいカードになります」

「お、ジョーカーですか?」

「あら、フェニスさん?もしかして、もう終わったんですか?」

「はい、バッチリです!」

 そこへご機嫌な様子のフェニスが、話に割って入ってきた。

 どうやら俺のキャラクタークリエイトが終わったらしい。

 なんだ?やけに早いな。

 しかし、適当にやった感じではなく、やけに自信を見せるフェニス。その言葉に、アージュさんは早速そのアバターを俺へ適用させた。

「・・・おお?!」

 ピカっと光った直後、俺の姿が一気に変わった。

 赤く短い髪を逆立てた精悍な顔つきのキャラクターだった。

 普段の俺とは似ても似つかない顔立ちに、俺は思わず感心してしまう。

「お前、この短時間でよくもまあ・・・」

「はっはっはっ、よゆーですって、これくらい。誰かさんとは違いますから」

「むぅ・・・」

 ちょっと腹立つが、確かに俺じゃこうはいかない。

 しっかし、ちょっとこれ、派手過ぎやしねえかな?赤い髪、そしてちょっと目付きがキツイ整った顔立ちのアバターを見つめ、俺はなんだか居心地が悪くなる。しかし、ここで俺が手直ししたら、大惨事になるに決まってる。

 ここは、素直にこのアバターで行くしかなかった。

 そして、そんな俺の複雑な心境をよそに、フェニスは言葉を続ける。

「キャラ名は、いつも通りユーフラットで設定しておきましたよ。良いですよね?」

「ああ、MMOならこっちだな」

 設定画面に記された『U-FLAT-』の文字。

 文香や他のプレイヤーとゲームをする時は、いつもこの名前を使うのだ。よく分かってる。

 もう一つあるゲームネームの方は、ソロ専用な上にちょっと訳ありで普段は使わないようにしてるのだ。

 まあ、順番が少し前後してしまったが、これで俺はEOJプレイヤー、ユーフラットだ。

「ユーフラットさん、アバターはこれでよろしいですか?」

「ああ、問題ない」

「当然です。私の自信作ですから!」

「・・・わかりました。では、改めてユーフラットさん、これをどうぞ」

 そう言って、アージュさんは、その黒いカードを俺へ差し出した。

「どうぞ。きっとあなたの力になってくれるでしょう」

 どうやら、俺が手に取ると、カードが俺に合ったカードに変わるという事らしい。

 一瞬、リセマラ要素なのかと警戒するが、これはプレイヤーのPNMデータから決定されるものだそうで、アカウントを変えても物が変わったりしないらしい。

「基本的に、相性の良いカードが出ますから、ずっと使える物ですよ」

「気に入らなくても、後から別のカードを手に入れて変更も可能ですしね」

 もちろん、すぐにとはいかないらしいが、イベントなどで他の『ジョーカーカード』を手に入れることは可能だそうだ。もちろん、何枚手に入れたとしても、使えるのは1枚だけだそうだが。

「・・・なるほど」

 後から路線変更自体は、そんなに難しいことじゃないって事か。

 それなら、悩む意味はないな。

 俺は頷いて、真っ黒なカードを手に取った。

 瞬間、煤が剥がれ落ちるように、絵柄がその姿を表す。


【カース・オブ・ブラック】

種別;ジョーカー・コントラクト/呪い

効果;魂を蝕む黒き悪魔の呪い。(MPが、2以上ある場合、10秒毎に一定量減少する。減少量はプレイヤーのレベルに依存する)

アーツ;【黒キ獣】


「・・・・・・は?」

 おいおい、ちょっと待て。

 なんだこれ?

 呪い?しかもMP減少?!増加じゃなくて、減少?!

 俺は、思ってもみなかったその効果に、目を白黒させてしまう。

「なんだこりゃ?!」

「・・・あー、呪いのコンカですかー。またスンゴいの引きましたね、お兄さん」

「あははは・・・」

 俺の引いたカードを見て、フェニスも苦笑いを浮かべた。

 よほど珍しい事態なのだろう。アージュさんさえ少し困り顔である。

 しかし、二人はそれ以上何も言おうとはしなかった。このカードは、俺のアカウント、ひいては俺自身の性質を元にゲームシステムが選び出した『ジョーカーカード』なのだ。

 変更はない。

 そしてアージュさんは、面倒を避けるように俺へ笑顔を向けた。

「・・・では、これでゲームの説明は終了します。良きEOJライフをお楽しみ下さい!」

「え?・・・あ、ちょっと待って!?」

 いくらなんでも、これで放り出されると、勘弁して欲しい。せめて、何か説明を!

 しかし、そんな俺の気持ちなど意に介さず、アージュさんは言い切った。

「待ちません。待っても何も出来ませんし」

「うおっ?!」

 瞬間、俺の体を眩い光が包み込む。

 いくら泣こうが叫ぼうが、VR空間の中では、人はシステムに勝てない。

 こうして俺は、問答無用で光に飲み込まれ、『EPIC OF JOKER』の世界へと放り出されたのだった。

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