第2話 電子知性の棲む世界

「・・・さてまずは・・・フェニス」

『はい、お呼びですか、お兄さん』

 文香との通話を終えた俺は、ため息一つ吐いてから、俺は誰もいない部屋の中で呼びかけた。すると、誰もいない室内に柔らかな声が応える。

 声の主、それは俺の目の前のデスクにあるディスプレイ付きのスピーカーユニットだ。

 20センチほどの小さなディスプレイだ。自立式タブレットのような小型デバイス。所謂、タッチパネル付きスマートスピーカーと呼ばれる物だ。音声入力で様々な通信デバイスや遠隔家電を連携制御するスマート家電である。

 その青白い画面に、顔文字のような顔が表示されていた。俺の視線を受けて、その顔がにっこりと微笑む。

 この顔文字みたいな奴の名前は、フェニス。文香に次ぐ我が家の末っ子とでも言うべき電子知性だ。

 電子知性とは、まあ、高度な知性を宿したAIみたいなもんである。

 元々はちょっと特殊なAIだったのだが、ひょんな事から進化して自我を得た超AIだ。

 まあ、色々と規格外な成り立ちの存在なのだが、正直、俺にとってはどうでも良い。

 重要なのは、コイツが正真正銘、俺の家族だという事だけだ。

 そして、実体がない代わりにコイツには、多数の電子デバイスがある。

 フェニスは、インターネットを使い、パソコンをはじめとする各種デバイスやスマート家電を介して俺と自由に会話が出来る。

 フェニスは、滑らかに表情を変えながら俺に声をかけてくる。

『ようやく退職の手続きも終わってゆっくり出来るかと思ったのに・・・大変そうですねー?』

「まあな。でも、お前のおかげで申請とかはもう終わってるからな」

 フェニスに礼を言いながら、俺は、机の椅子に馬乗りになって肩をすくめて見せる。

 職を失うと、いきなりやる事がなくなるかというと、実はそうもいかない。

 特に、失業保険のような失業者への助成制度は、個人での申請が必須なので、失業直後というのは、案外、やる事が多いのだ。

 ただ、フェニスは、電子知性というだけの事はあり、非常に頭がいい。

 特に、お役所仕事のような明確な解答や書式、形式があるような物事に滅法強いのだ。おかげで、俺は職を失って以来、フェニスに失業保険をはじめとする各種手続きを手伝って貰い、各種書類の提出、申請をすでに不備なく終えていた。

 なので、文香に付き合ってゲームをするくらい問題はない。

「貯金の方にも余裕はあるし、少しくらい文香のワガママに付き合うのも、悪くねえだろ」

『そうですね。良いと思います』

 俺の言葉に、フェニスはニッコリと笑顔を浮かべながら頷いた。

 どうやらフェニスも文香と一緒にゲームをする事に異論はないらしい。

 いつものフェニスなら、もう少し苦言を呈してきそうなものだが、珍しい。

 だが、ここで説教など始められても困るので、俺は早速、送られてきたドリマを机の上に並べた。

「さて、とりあえず、コイツをセットアップしなきゃなんだが・・・フェニス、お前分かるか?」

『はい。お任せください』

 正直、俺はあんまりメカには強くない。

 なにせ、家電だろうが、ネットワークデバイスだろうが、大体のマシンは、フェニスがいればどうにかなるからだ。

 ネットに住まう電子知性にとって、ネット上に取説の入手、理解など、児戯に等しい作業だからな。

 俺がやりたい事を説明すれば、大体、それでやり方を教えて貰えるのだ。

 そしてそれは、ドリマとて変わりはないようで、気負った様子もなくフェニスは請け負った。

『では、まずはドリマ本体をパソコンに繋いでください』

「はいよ」

 本体のヘッドギアとコントローラーを順番にコードで繋ぎ、最終的にそれをパソコンへと接続させる。

 すると、自動的にドリマに給電が始まって、待機状態になった。

 それと同時に、フェニスが即座に制御ソフトのインストールを始める。

 ドリマとパソコンがウンウン唸り出して、ディスプレイで勝手に作業が始まった。

 俺は、その様子を眺めながら、フェニスに問いかける。

「・・・どうだ?なんか問題ありそうか?」

『大丈夫ですよー。元々、ドリマ・・・『ドリーム・マキシ・ビジョンVRⅡ』は、『VRワールドギア』と基本システムが同じですから』

「へー、そうなのか」

 俺は、フェニスの言葉にチラリとデスクの脇に鎮座するヘルメット状のデバイスを見やる。

 このヘルメット状のデバイスが、『VRワールド・ギア』、通称『V・ワ』だ。俺が昔から愛用しているVRデバイスである。

 どうやらドリマは、このV・ワのアカウントの引き継ぎが出来るようで、一番面倒なユーザー登録その他を大幅に省略出来るようだ。

 5年前の、しかも他社のデバイスが連携出来るとか、スゲーなー。

 しかし、そんな俺の驚きに、フェニスは呆れたように告げた。

『・・・いや、どっちも『ラビリンス』協賛のメーカーのデバイスですから』

「あ・・・なるほど」

 フェニスの端的な説明に、俺は遅ればせながらアカウントの共有の謎が氷解した。

 『ラビリンス』は、『EC×3』という企業が運営するVRゲームのゲーム配信プラットフォームだ。

 ドリマやV・ワのようなVRデバイスで遊ぶ様々なゲームを、ネットを通じて購入、ダウンロード出来る。

 今や世界で最も有名なゲーム配信プラットフォームであり、6年前に登場した没入型VRゲームの絶対的な王者だ。

 そしてV・ワを持っている俺も、当然、この『ラビリンス』のアカウント保有者である。

 なので、基本的な設定は『ラビリンス』のアカウントをドリマに連携すれば良いという訳だ。

『・・・はい、アカウント設定完了です。次は、お兄さんとドリマ側のフィッティングですよー』

「へいへい」

 フェニスに言われるままに、俺は説明書片手にフィッティング作業を開始する。

「・・・えーと、まずヘッドギアを被って、フィッティングをスタート・・・さらに左手にコントローラーを固定・・・あ、PNMリンクになってんのか、これ?」

『はい。これで今までより大きいデータをやり取り出来るようになったみたいです』

「ほー・・・」

 頭に被ったヘッドギアよりも大きな、ある種の籠手のような形状のコントローラーの正体に気づいて、俺はなるほどと声を漏らす。

 PNMリンク。それは、体内にあるナノマシンと同期してデータを相互通信させる技術の事だ。

 30年ほど前、突如として登場した未来の技術、ナノマシン。

 かつては、夢物語と思われていたその技術は、爆発的な勢いで世界中に普及して、すでにありふれた技術となった。

 その原動力となったのが、PNM認証の実用化である。

 PNM認証。それは、現代における最新かつ最高レベルの個人認証システムの事だ。

 PNMとは、Personal・Nano・Machineの略であり、PNM認証とは、その名の通り個人の体内にあるナノマシンネットワークの識別コードを利用して個人認証を行うシステムの事だ。

 現代では、個人個人がナノマシンを体内に入れており、そのナノマシンを介して様々なサービスを利用出来る。

 分かりやすいのは、ナノマシンを利用した体調管理。常にナノマシンは、体内の状況を管理しており、病気や体調不良を抑制してくれるし、血圧や体脂肪、代謝能力といったバイタルデータもかなり正確に記録してくれる。

 さらにPNM認証は、ナノマシンの情報をPNMリンクで読み取ることで、様々な個人データを安全に管理できる。これは非常に画期的なシステムで、全世界で急速に広まっている。

 何しろ体の中にあるナノマシンで認証を行うのだ。免許証や個人番号カードと呼ばれるような一般的な身分証と違って、盗られたり、紛失する心配がない、非常に機密性が高い個人認証である。

 しかも、一度投与をしてしまえば、ナノマシンは体内でネットワークを構築し、特別な処置をしない限り体に残り続ける。なので、発展途上国などでも、導入、管理が簡単なのである。

 おかげでナノマシンは、30年前に実用化されてから急速に全世界に普及し、今ではほとんどの人間が、体にPNMと専用の通信チップを体に入れているという。

 そして、このドリマは、このPNMを使うことで、より高度な没入型VRを可能にしているらしい。

「ふーん、左手のコントローラーは、通信チップのスキャナーになってるのか」

 ヘルメット型の筐体はVRデバイスとしては一般的だが、左手に固定する籠手型コントローラーなんて、どうしてかと思ったら、ちゃんと理由があったらしい。

 PNMの情報制御と外部通信機能を司る通信チップ。それは、左手首、丁度時計を付ける部分に埋め込まれているのだ。

 コレは、PNMリンクがスマートウォッチとの連携を前提にしているからだ。俺はスマートウォッチを外して代わりにコントローラーを装着する。

「ヘッドギアの脳波センサーで、使用者の脳の活動、反応を検出・・・そして左手のコントローラーからPNMを介してゲームの情報を脳に直接送り込みつつ、肉体を動かす脳からの命令信号を無力化。なるほど」

 要するに、頭のヘッドギアで俺の思考、行動を読み取って、左手のコントローラーからPNMに干渉してVR空間の環境を俺に体感させるという事のようだ。どちらかというと、ヘルメット側がコントローラーで、左手のユニットがVRデバイスということか。

 しかも、PNMの干渉制御でVR空間で体をいくら動かしても、現実の体はピクリとも動かない。

 これによってプレイヤーは、よりリアルなVR空間に完全に入り込む事が可能になる訳だ。

 今までは、ヘッドギア一つでやっていた事を、PNM制御チップと連携することで、より高度に行えるようになった、という事らしい。

 そんな説明文を読んでいると、小さな電子音がパソコンから鳴った。視線を画面に向けると、アカウント登録完了の画面が出ている。

 あっという間にフィッティングが終了し、俺は感心してしまった。

「なんかメチャクチャ早いな。普通、こういうのって結構時間がかかるんじゃなかったけ?」

 ドリマ以前のVRデバイスは、脳波の測定と最適化に、数時間はかかるというのがザラであった。

 技術の進歩って奴だろうか?

 そうやって感心していると、フェニスが説明する。

『そりゃ、PNMは、常にお兄さんの脳波にリンクしてますもん。わざわざ1から脳波を読み取ったりしませんよ』

「・・・なるほど」

 言われてみれば、そういうセットアップは、脳波のリンクを最適化する為に行われるものだ。

 ところが、ドリマが実際に制御するPNMは、常に使用者の体に同期した存在である。なので、細かい最適化は、ドリマとPNM側だけで済んでしまうのだろう。V・ワの頃のように人間を一からドリマにスキャニングさせる必要は無いという事だ。

 そういえば、ドリマの謳い文句に、『完全没入型VRシステムは、PNMの技術で完成された』というのがあった。

 あれは、まさに言葉通りだったということか。

「まあいいや、さっさとプレイしよう」

『はい。準備は出来ています』

「・・・ん?」

 何かおかしい事に気がついてパソコン画面を振り返ると、ラビリンスのアプリが立ち上げられ、待機状態になっていた。

 そしてそのウィンドウには、見覚えのないアイコンが。

 おい、なんでゲームソフトのダウンロードがもう終わってやがるんだ?!

「・・・お前、いつの間に・・・?」

『そりゃ、お姉ちゃんから用意しておけって言われてましたから』

「・・・おい」

 俺は、思わずフェニスを半眼で睨みつける。

 ラビリンスのゲームは、基本的に有料、しかもそれなりに高額だ。

 高度なVRゲーム故に仕方ない一面もあるのだが、ラビリンスのゲームは、とある理由で一般的なゲームの三倍以上の値段がザラなのである。

 そのソフトを、フェニスはどうやら俺に黙って購入し、予めダウンロードしていたらしい。

 流石の俺も、これには声を荒げざるを得なかった。

「お前なぁ!勝手にカードを使うなって、いつも言ってんだろ!?」

『良いじゃないですか!私だって、お兄さんと一緒に働いてたんですから!』

「そりゃそうだが、勝手に使われたら困るに決まってんだろ!?」

 確かに、俺の仕事の際、フェニスも通信端末を介して仕事を手伝ってくれていた。

 特に、上京してきた俺にとって東京都内の配達業務は、色々大変だったのだが、フェニスのナビゲートには随分助けられた。

 俺は、会社の若手だったので、特定の車両を与えられず、その日の仕事とメンバーに応じて、トラック、軽トラ、バイクや自転車などなど、様々な車両に乗り換えていた。

 そんな時、頼りになったのが、ネットを通じてサポートしてくれるフェニスの存在。

 スマホと電源さえ用意できれば、自在に道案内してくれるフェニスには、助けられたものだ。

 しかし、しかしである。

 勝手にカードを使われるのは、当たり前に大迷惑だ。

「・・・・!」

『・・・・!』

 しばしの間、俺達はお互いにお互いを罵り合う。

 しかし、そうは言っても、これはフェニスが正直悪い。

 俺もフェニスが金を使う事がダメだという気は毛頭ないが、使う以上は、事前に話をするべきだ。

 とはいえ、予めソフトをダウンロードしておいてくれたのは、正直手間が省けた所である。

 そんな訳で、俺達はある程度の所でお互いに頭を下げて、改めてゲームの準備に移った。

「それで、アイツがやれって言ってたのは、なんてゲームだったっけ?」

『はい。タイトル名は、『EPIC OF JOKER』。先々週発売されたMMO RPGですね』

 そう言って、フェニスはパソコンでゲームの公式ページを開いてみせた。

 なるほど。物としては、割とオーソドックスな剣と魔法の世界のファンタジーRPGみたいだな。

 この手のゲームは、基本ソロプレイになる俺は、あまりやらないタイプのゲームだが、VRアクションは得意なので、なんとかなるだろう。

 まあ、わざわざ俺を助っ人に呼ぶんだし、俺の苦手なゲームな訳はないだろうが。

 でも、発売から2週間。なんとも微妙なタイミングだな。

 普通、発売から2週間もすれば、ゲームもそれなりに進行して格差が出来上がってる頃合いだ。

今からはじめて、先行している文香に追いつけるんだろうか?

 まあ、そもそも雑用の為に呼んだんだろうから、強さは関係ないのかもしれないが。

「まあ、いいか。アイツなら、なんか考えがあるんだろうし」

『そうですよ。じゃあ、ラビリンスに接続するので、お兄さんはベッドで横になってください』

「へいへい」

 俺はそう言って、改めてドリマを装着してベッドに横になった。

 顔全面を覆うバイザーを下ろすと、同時にドリマが待機状態へ。

 寝転んだのと時を同じくして、ドリマはウンウンと唸り始め、眼前の小さな画面に起動準備完了の表示が浮かぶ。

 俺は、左手のコントローラーのボタンを操作して、ドリマを起動した。

「・・・フェニス、ダイブ、スタート」

『わかりました。ドリーム・マキシマ起動します』

 瞬間、急激な眠気が俺を襲う。

 そして、ふと気がつくと、俺は奇妙な空間に立っていた。

 星空の瞬く空と揺らぎ一つない真っ黒な水面。それがひたすらに広がったその空間は、ただただ空虚であり、そして美しかった。

 水平線が360度広がるその空間の真ん中で、俺は呆然と立ち尽くす。まるで、独りだけの世界にいきなり放り出されたような錯覚に囚われる。

 何もない世界は、確かに何もない世界だったが、あらゆるリアリティがそこにあった。

 目に映る景色。無音の中で響く自分の鼓動。鼻をくすぐる水の匂い。肌に触れる空気の冷たさ。全てが確かなリアリティを持っている。

 俺は、思わず怖気を感じた。ここは、まだゲームを始めてさえいない場所のはずだ。なのに、すでに俺はここが仮想世界とは思えない。

「・・・すげえな、こりゃ・・・」

 思わずそんな事を呟いてしまう。

 ここは、ゲームプラットフォーム、ラビリンスのメニューフィールド。

 ラビリンスのゲームを起動する時、まず最初に立ち上がるVRフィールドである。

 俺も過去、何作ものラビリンスのVRゲームをプレイしているので、当然、このメニューフィールドへは何度もダイブした経験があった。

 しかし、今、俺が目にしているこのメニューフィールドは、今までの物とは、一線を画している。

 なにせ、当たり前に体の感覚がある。

 今まで使っていたV・ワは、体の動き自体は、正確に追従してくれていたのだが、体の感覚は、あまり伴っていなかった。

 しかし、ドリマによるフルダイブは、指先にまで明確に感覚がある。いやそれどころか、空気に匂いがある。肌に触れる空気の冷たさも、口の中の舌の感覚さえある。

 今までの視覚、聴覚中心の仮想現実とは完全に別物だ。このドリマの仮想現実は、触覚、嗅覚はおろか味覚まで再現されている。

 これらの明確な感覚は、今までのVRアバターにはない物であった。

 技術の進歩を文字通り肌で感じて、俺は思わず感心する。

「・・・今まで遊んできたVRとは別モンだな。リアルすぎて怖いくらいだ」

(そりゃ、扱ってるデータ量とパラメーターがまるで別物ですからね~)

 思わず呟いた俺の言葉に、脳裏でフェニスが応えた。

 突然の呼びかけではあるが、俺は別に驚かない。

 そもそもドリマは、俺のパソコンを介してラビリンスへ接続しているのだ。

 なので、パソコンを掌握しているフェニスは俺のアバターに直接、音声を届ける事が出来る。

 まあ、VRマシン特有のリアル呼び出し用の通話機能を使ってるだけだけどな。

 V・ワでVRゲームを遊んでいる頃から、フェニスはこうやってゲーム中の俺に話しかけてくるのだ。

 俺は驚くどころか、逆にドリマでもフェニスの声が届くのを確認して、小さく安堵する。

 俺のゲーム生活に、フェニスの存在は欠かせないのだ。

 とりあえず、いつも通りフェニスの声が聞こえる事を確認して、俺はメニューを呼び出した。

 そして、フェニスがインストールしておいてくれた見慣れないアイコンをクリックする。

《システム起動》

 すると、周囲の光景が即座に別の物へと変わった。

 真っ白な何もない空間が、一瞬にして満点の星空へと変わる。

「・・・ようこそ、いらっしゃいました。こちらは『EPIC OF JOKER』のスタートエリアになります」

 そしてその直後、背後から声をかけられた。唐突な呼びかけに、俺は振り返る。

 するとそこには、一人の女性が静かに佇んでいた。

 白いドレスを着た半透明の女性だ。

 どうやら彼女が、ゲームの導入を担当するAIらしい。

 しかし、女性は俺に声をかける寸前、不意に言葉を途中で飲み込んで、さらに小首を傾げた。

「・・・おや?お客様、もしかして電子知性をお連れでは?」

「・・・え?」

 思いがけない問いかけに、俺は思わず耳を疑った。

 一瞬、聞き間違いかとも思ったが、当然、そんな訳もない。この女性AIは、訝しそうな面持ちで、そのまま俺の答えを待っている。

 俺は、内心、信じられない思いで、恐る恐る問い返した。

「あ、あの・・・分かるんです?」

「ええ。私も電子知性ですので」

「えぇっ?!」

 あっさりと返された言葉に、俺はさらに驚く。

 ゲームの導入担当が、電子知性?!

 そんなバカな、と目を剥いてしまうが、女性はそうなんですよ、と楽しそうに笑った。

 そして、なんでもない事のようにそのまま続ける。

「私達だって、仕事をしますから」

「・・・いや、そりゃそうでしょうけど」

「ゲームの運営管理に私達は最適です。私以外にも、このゲームには電子知性が色々関わっているんですよ」

 マジか。

 まあ、超性能AIみたいなモンである電子知性は、確かにVRゲームとも相性が良さそうとは思うが・・・。

 しかし、たかがゲームにその能力を使うと言うのは、あまりにオーバースペックじゃなかろうか?

(・・・いや、私に配達のナビをさせてたお兄さんが何言ってんですか?)

「うぐっ・・・う、うっせえよ!」

「・・・?」

 俺が思わず悪態をつくと、女性は不思議そうに小首を傾げた。

 どうやら、フェニスがいる事は分かっても、フェニスの声は聞こえないらしい。

 そんな状況に、彼女は苦笑しながら俺に声をかけた。

「少しお待ちください」

 そう言うと、俺のアバターの隣にウィンドウが開いた。

 するとそこに、見慣れたフェニスの顔文字が表示される。

 フェニスは、慣れた様子で女性へ挨拶した。

「どうもー!アージュさん、こんにちわ!」

「あら?フェニスさん・・・?こんにちは」

「・・・おい?」

 にこやかに笑いかけるフェニスの様子に、俺は思わず半眼を向けた。

 この反応、どう見ても顔見知りの反応である。今まで、やった事もないゲームのナビゲーターと、なんでフェニスが知り合いなんだ?

 もちろん、お互い電子知性だし、同じ『箱庭』出身なら全く接点がないとも言い切れないが・・・。でも、見た感じそういう雰囲気でもなさそうだ。

 不思議に思っていると、フェニスはあっさりとネタバラシする。

「そりゃ、私、お姉ちゃんの手伝いでこのゲームよく覗いてますし」

「・・・なるほど」

 フェニスにとって、ネットさえ繋がっていれば、距離的制約はほとんどないも同然だからな。

 実家にある文香のパソコンを介して、フェニスは文香と一緒にEOJにアクセスしていた事があるらしい。

 そしてそれを証明するように、女性ナビゲーター、アージュさんが尋ねてくる。

「今日は、AYANONさんと一緒じゃないんですね。どうしたんですか?」

「こっちのサポートをするように言われてまして。この人、私達のお兄さんなんです!」

「ああ、なるほど。そうなんですね」

 AYANONというのは、文香が使っているゲームネームだ。

 アイツはゲームをはじめネットでは好んでこの名前を使っている。

 どうやらアージュさん、文香の事も知っているらしい。

 なんでアイツなんかの事を?と思わなくもないが、聞いてみると、むしろ覚えていない訳がないと言い切られてしまった。

 俺は、思わず目を瞬かせる。

「え、なんで?」

「そもそも、電子知性を連れているお客様って、そうそういませんから」

「・・・あー」

 確かにそりゃそうだ。

 電子知性の存在は、決して秘密でもなんでもないが、その性質上、所属は大手企業とか、研究機関なんかがほとんどである。

 フェニスのように、一般家庭に潜り込んでいる奴なんて、普通いないのだ。

「最初、AYANONさんと一緒にいらっしゃった時は、本当に驚いたんですよ。どこかの企業所属かと思ったら、そうでもないって話でしたし」

「まあ、そうでしょうね」

「それ以来、よくお二人とはゲーム中にお話しさせて貰ってるんですよ。特にフェニスさんは、AYANONさんのプレイ中、あまりやる事がありませんから」

「なるほど。妹達がいつもお世話になってます」

 まさか、初めてやるゲームのナビゲーターと文香やフェニスがすでに友達とは。

 俺の知らない所で、いろんな事が起きてるな。

「細かい事を言うなら、私は、お兄さん「の」電子知性なんですよ。お姉ちゃんとは、あくまで間接的な関係です」

「そういえば、以前、そんな事をおっしゃってましたね。なるほど、じゃあ貴方が、あの・・・」

「あー、その辺の事は、ノーコメントで」

 こちらを興味深げに見やるアージュさんへ、俺は苦笑いしながら返答を拒否した。

 正直、俺がフェニスを手に入れた経緯は、あまり大っぴらに喋るのは憚られる。

 特に電子知性相手には。

 別に悪い事をした訳ではないのだが、深掘りされると色々面倒くさい。

 俺はこれ以上の追求を拒む為に、アージュさんへ逆に問い返した。

「それより、そろそろこのゲームについて聞きたいんですけど?」

「ああ、すみません!私ったら、つい話し込んでしまって・・・」

 俺の言葉に、アージュさんは慌てて頭を下げた。

 そして咳払い一つしてから、改めて俺へと向き直った。

「では、このゲームについてご説明させて頂きますね」

「お願いします」

 俺が返事をすると、アージュさんは早速、説明を始めてくれた。

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