EPIC OF JOKER 〈VR MMOで大喧嘩〉
2toraku
第1話 倒産と復帰は突然に
「では、ありがとうございました」
「いえ、お疲れ様です」
にこやかな営業スマイルで頭を下げる配達員の人達に、俺は軽く会釈をして別れた。
つい先ほど手渡された段ボール箱を腕に抱え、自宅の扉を閉めて、鍵をかける。
そして改めて、俺は段ボール箱に貼り付けられた伝票に目を落とした。
伝票に書かれた送り主の名前は、『新堂 文香』。
何を隠そう俺の実の妹からのものだった。
俺は、その伝票の名前と、箱の中身の記載を順に眺めてから、小さく嘆息する。
アイツ、本当に送ってきやがった。
てっきり冗談の類かと思っていたんだが、どうやら本気だったらしい。
俺は、思わず苦々しい面持ちを浮かべながら、とりあえず荷物の開封作業を始めた。
段ボールを開けると、中からまた別の箱が現れる。
しかし今度は、綺麗に印刷のされた厚紙で、デカデカと商品名が印字されていた。
その名も、『ドリーム・マキシ・ビジョンVRⅡ』。
今、世間を騒がせているフルダイブタイプのVRゲーム機だった。
俺は、一瞬、そのパッケージの文字に面食らって、何かの間違いじゃないかと箱を繁々と眺める。
しかし、いくら観察してみても、それは確かに話題の最新ゲーム機のパッケージであり、とても偽物とは思えなかった。しかもご丁寧に、箱には未開封品の証明であるテープがそのまま貼られている。
間違いない。コイツは、新品の本物だ。
「・・・アイツ、マジで何考えてやがんだよ・・・」
俺は、遠い目で虚空を見上げてから、デスクに放ってあったスマートフォンに手を伸ばした。
そして、家族のフォルダから、妹への通話ボタンを押す。
『・・・はいはい。なーに?』
「なーに、じゃねえよ。なんだよコレ?」
数回のコール音の後、あっけらかんと響いてきた少女の声に、俺は疲れたように質問を返した。
すると、声の主、妹の文香は、一瞬きょとんとした様子で沈黙。そして不思議そうに問い返してきた。
「いや、なんだよって、なに?」
「荷物だよ、荷物。なんでいきなり、ドリマなんて送ってきやがった?」
「ええ、この前言ったじゃん?覚えてないの?」
「・・・いや、覚えちゃいるけど」
そう。確かに覚えはある。
それは、ちょうど1週間前の事だった。
俺のとある事情で家に連絡をしたら、文香が、突如、母さんとの話に割り込んで来たのである。
『ねえ、兄貴、マジでクビになったの?!』
「クビじゃねえ!倒産だ、倒産!!」
文香のデリカシーのない問いかけに、俺は思わず声を張り上げた。
そう。なんと俺の勤めていた会社が突如倒産し、俺は職を失ってしまったのだ。
まあ、話自体は、割とどこにでもあるような話である。
俺は、高校を卒業後、ちょっとしたイザコザで田舎に居づらくなって、それをきっかけに一念発起して上京し東京で就職。それからここ数年、寝る間も惜しんで仕事に明け暮れていた。
しかし、先月、不況の煽りを受けたウチの会社は、とうとう経営が立ち行かなくなり、倒産する事になったのだった。
朝、いつものように出社したら、会社の扉に『倒産します』と社長から直々に頭を下げられたのは、色々衝撃的だった。
でもまあ、確かに衝撃的ではあったものの、経営が傾いてきていたのは、働いていた自分達も肌で感じていた事であり、この結末には同僚一同、納得も出来てしまったんだよなぁ。
ウチの会社は、いわゆる運送業の一種だったので、需要そのものはそれなりにあったのだが、最近は、運送用ドローンが都内で一般的になってきている関係で、人間が自分で配達するという業態そのものが、時代遅れになってきていた。
そして、そんな時代の波にウチの会社は乗り切れず、社長は会社そのものを畳むことに決めたのだった。
『今からドローンを導入しようにも、銀行から援助は受けられんしなぁ。だからって、対面配達は、大手と勝負にならねえ』
いつだったか、飲みの席で悔しそうに漏らしていた社長の言葉は、今もよく覚えている。
需要が多い業界だけに、その競争もそれだけ熾烈だ。
東京の都心ではどうしても経費も嵩むし、最新技術の導入が遅れたウチの会社は、潰れるしかなかったのである。
まあ、それはさておき、そんな訳で唐突に職を失った俺は、現在、絶賛無職となっていた。
それで俺は、その状況を改めて実家に報告していた訳なのだが、そこに文香が割り込んできたのである。
『どっちでもいいよ、そんな事』
「よくねえんだよ、アホンダラ」
会社から解雇されるのと会社そのものが倒産するとでは、話が全然違うのだ。
しかし、文香にしてみればどうでも良い話でしかないようで、俺の抗議を「はいはい」と流してしまう。そして
『それよりさぁ・・・って事は、兄貴って今、暇なんだよね?』
「・・・いや、まあ、暇っちゃ暇だけど』
会社は潰れたものの、休みなく働いていた関係で、給料はほとんどが貯金になっており、とある理由で就職前から元々それなりの大金を持っていた分も合わさって懐にはそれなりに余裕があった。
物価の高い都内で生活している関係で、そこまで余裕がある訳でもないが・・・少なくとも失業保険と合わせて1年くらいは余裕で遊んで暮らせるし、2、3ヶ月くらいは心身を休められるはずだった。
俺としては、1ヶ月くらい休養をとって、それから改めて再就職というのが理想だな。
なにせここ数年、ずっと朝から晩まで都内をアチコチ走り回っていたのだ。
せっかく田舎から出てきたのだし、少しくらい東京を満喫してもバチは当たらないだろう。
しかし、そんな俺の話を聞いていたのか、いないのか、文香は予定がない俺にある提案をしてきたのである。
『ねえ、だったら私の仕事、手伝ってくんない?』
「・・・は?」
そして、送られてきたのが、今、俺の手元にあるドリマであった。
最新型のVRデバイス。
俺は、箱から取り出した説明書を斜め読みしながら、スマホへ声をかける。
「仕事を手伝えって・・・アレ、マジの話だったんだな」
「マジだよ、マジ!大マジだって!」
「・・・マジなのかぁ」
俺は、なんとも言えない面持ちで、遠い目で虚空を仰いだ。
スマホの向こう側、田舎にある実家の部屋で声を張り上げる妹の姿が、目に浮かぶようだ。
そして、それが事実だと言わんばかりに、文香はバンバンとデスクを叩く音を送ってくる。
「兄貴、この前、『良い』って言ってたじゃん!今更、嫌だとか、なしだよ、なし!」
「・・・むぅ」
まあ、確かにあの時は、特に深いことなど考えずに「いいよ」と言ってしまった。
しかし、こちらにも言い分がない訳ではないのだ。
まずあの電話、あの時俺は、多少とはいえアルコールが入っていたのである。
なにせ、会社が倒産だからな。アルコールの力くらい借りたくもなる。
とは言え元々、酒に強くもない俺は、そこそこ判断力が落ちていて、『文香の仕事』について、あまり考えていなかった。
だから、あまり深く考えず、いいよ、と答えてしまったのである。
『兄貴の考える事なんて、最初から全部お見通しだっつーの!』
「むぅ・・・・・・」
思わず零した本音に、文香は嘲笑うように言い切った。
俺は、思わず口をへの字に曲げて黙りこくってしまう。
この妹は、昔からこうだ。
油断していると、俺はいつの間にかコイツの良いように使われてしまうのである。
俺は、疲れたように小さくため息をついた。
「はぁ・・・このアホンダラが。今回だけだからな。俺も、いつまでも暇な訳じゃねえんだから」
一度、やると答えてしまった手前、それを取り下げることも出来ず、俺は仕方なくそう答えるしかなかった。
なんやかんや理由をつけて話を断る事自体は簡単だ。
文香は、家族で、実の妹だ。
兄妹故に、お互い、色々と無理も無茶も言い合える。
しかしそれでも、通すべき筋もあるのだ。
ましてや文香は、必要な機材をわざわざこちらへ送ってきている。
身銭を切ってまで自分を仕事に誘ってくれた妹の厚意を、無碍にする訳にはいかなかった。
例え、色々と『思う所がある仕事』だったとしても。
『うっしゃ!さすが兄貴、話が分かるぅ!』
「・・・言っとくが、期間限定だからな。俺も就職活動とか色々やることあるんだから」
『分かってる、分かってる♪』
ホントに分かってんのか?
俺は、楽しげに笑う文香の声に、思わず顔を顰めた。
どう考えても、分かってるようには聞こえない。
しかし、そんな俺の内心を知ってか知らずか、文香はご機嫌に言葉を続けた。
『じゃあ、とりあえず、今からさっさとログインしちゃってよ。フェニスに言えば、全部やってくれるんだし!兄貴の事、みんなに紹介しなきゃなんだから!』
「はぁ・・・分かった。分かった」
畳み掛けるかのような文香の言葉に、俺は深々と嘆息するしかない。
でも、まあ、仕方がない。
文香は、昔から俺をオンゲに引っ張り出すチャンスを窺っていたのだ。
こうして俺は、忙しない現代社会の日常から、冒険の世界へと引き摺り込まれたのだった。
そしてこの時、俺が目を背けてしまったかつての因縁が、静かに動き始めたのだった。
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