第4話

 一緒にゲームをした夜以降、二人は共有する時間が増えた。

 今までは食事時以外は互いに別々の部屋で過ごしていたのだが、最近では夜の時間はずっと居間で過ごしている。


 しかし、二人の間に会話は少ない。

 主にラシオンが未だ距離感を測りかねているようで、同じ場所に居るのにも関わらず、向けているのは顔ではなく背の方だった。


「……」


「……」


 居間を満たしているのは沈黙と紙の擦れる音。

 ラシオンは電子書籍で漫画を、春明は紙でビジネス書を読んでいる。


「……あ」


 しかしそれが破られる時が来た。

 季節は冬。室内には暖房によって暖められており、同時に湿度も減っている。

 乾燥によって渇いた喉を潤すための水分を欲した時、二人の顔は重なった。


「栞……?」


 気まずそうな表情を作る瞳に、春明の持つ分厚い本が映る。

 そこに挟まれていた栞を目に止めた時、ラシオンは思わず口を動かした。


「ん、ああ……。……気になるか?」


「えっと、まあ……、うん」


 春明が手にしたそれは押し花の栞だった。

 白い長方形の額縁の中に飾られている一本の大きな紫色の花。

 丁寧に作られた、美しい押し花だった。


「紫苑っていうんだよ。ウチの庭に生えてるもので作った」


「……へぇ」


 ラシオンはどういう訳か、その栞から目を離せない。

 紫色の花。栞。

 それらを見て、彼女の心が嫌という程搔き乱される。


「お酒貰っても良い?」

 

 今までもふとした時に過去を思い出すことはあった。

 今回の場合は特に色濃ひどい。

 アルコールかニコチンで誤魔化さないとやっていられない。


 室内で煙草は吸えない。

 だからせめてお酒が欲しい。

 ラシオンはそんな考えを内に秘め、春明にそう伝える。


「良いぞ。てか俺も飲みたい」


 春明は立ち上がって、冷蔵庫から大きなストロング缶を二本取り出し、机に置く。

 そして蜜柑も置いた。


 プルタブを開く音が鳴り、続けて炭酸の音が響く。


「……ぷはっ」


 春明の頬に朱色が灯り、口が緩む。


「これさ、二つ目なんだよ」


「…………ふたつめ?」


「そ、二つ目。昔好きな娘が居てさ、その娘と同じやつ持ってたんだよ。紫色の綺麗な押し花」


「へぇ~」


「紫苑に似てるんだけどな。この辺、てか日本には生えてないからもう手に入らないだろうな」


「……そうなんだ。私も、似たようなの持ってたよ。燃えちゃったけど」


「あっそ」


 春明の瞳は天井に向けられ、しかしどこか遠くを見つめている。

 ここではない遠い世界に思いを馳せ、彼はゆっくりと喉に缶を傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る