第2話

 日本は娯楽にも溢れている。

 春明から渡されたタブレット端末なるものを触りながら、ラシオンはそう強く感じていた。


「この薄い板一枚で演劇も、書物も読める……。さぁいこうじゃないですかぁ~! これなら本当に外に出る必要も無いですねぇ~♪」


 ズズッ、と酒を喉に流し込み、ラシオンはタブレットの画面をタップし続ける。

 今彼女が最も嵌っているのは漫画だった。


 一人の冴えない日本人が魔法や魔物で溢れる世界に生まれ変わり、一騎当千の無双を繰り広げるストーリー。

 大きな困難も、辛い試練も無い。

 栄光と称賛に溢れたストーリーは彼女の心を大いに掻き立てた。


「……~♪」


 中には戦いだけでなく、田舎でスローライフを送るものやひたすらにご飯を食べ続けるものなど、実に多様な種類がある。

 日本においても人気なジャンルらしく、単純な作品数も非常に多い。

 おかげで飽きることが無いのも良い部分だ。


 勿論漫画だけじゃない。音楽、映画、ゲーム。

 タブレット一枚で全てが完結していると言っても過言ではない。


「……あ、ポテチ切れちゃった」


 それなりに大きなサイズだったのに、もう食べきってしまったのか。

 ラシオンは口の周りについた粉をティッシュペーパーで拭いながらそんなことを思う。


 丁度漫画も読み終わった。

 換気のために開けていた窓から入った風でカーテンが揺れ、隙間から漏れた光が顔に落ちる。


「…………暇ぁ~」


 日本に来てからは何もしなくて良い。

 食事も、掃除も、必要な物の用意も何もかも。

 全部春明がやってくれる。


 王宮に居たころと同じように、そういう人が今も居る。

 無くなったものと言えば、王族の使命だとか、公務だとか、そういうものだ。


「働いたところで、何が出来る訳でもないしね~……」


 アルコールに浸された脳から思い起こされるのは日本に来る直前の記憶。

 大事なものを喪い、魔王に敗北した記憶。


「なぁ~にが希代の神童ですかぁ~。なぁにが勇者の生まれ変わりですかぁ~。こちとらただの敗北者ですよ~だ」


 缶を傾け、光から顔を反らす。

 昔は大好きだったはずの輝きが、今は無性に鬱陶しい。


「ふぁぁ……。寝よ」


 こういう時は布団へ籠るに限る。

 そもそも布団の外は寒いんだ。


 ラシオンはそんなことを呟きながら掛布団に包まった。

 色々考えなきゃいけない時はベッドに入って、夕飯のことでも考えていれば良い。

 

 昔誰かに言われた言葉を思い返しながら、ラシオンはゆっくりと目を閉じた。

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