もち肌ママ

高峰一号店

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「中原兄弟」という、実の兄弟で組んだ漫才コンビがいた。ボケ役の兄 太郎は演技でボケるタイプではなく、いわゆる天然ボケで他の追随を許さない。それを、ツッコミ役の弟 二郎がうまく転がし、爆笑をかっさらう。ネタの作成はしっかり者の二郎が担当した。

 兄弟が幼い頃に離婚して、その後は男手一つで彼らを育てた父が、2人が漫才師になると知ったとき、このようなアドバイスをした。

「お前らが有名人になって、テレビに出るようになると、母さんに見つかるかもしれん。いいか、向こうから連絡を取ってきても適当にあしらえよ。相当ややこしい人間だぞ、お前らの母さんは。」

 子供の頃から、事あるごとに似たような注意をされて育ってきたので、このときも二郎は素直にうなずいた。太郎は親の話でもまともに聞きやしないから、黙っていた。このとき、すでに、病に臥せっていた父はその後間もなく亡くなった。


 ある年の暮れ、年末恒例の日本一の漫才師を決める大会にエントリーした中原兄弟は、順調に勝ち上がり、ゴールデンタイムでテレビ放送される決勝に出演することになった。ネタ作りをする二郎は年末向けのネタを作ろうとしたが、喋り出しのネタさえ思いつかず、迷っていた。それで太郎に相談した。すると、太郎は「餅の形とかおもしろいんじゃないか?」と言った。太郎の記憶によると、幼い頃、正月に丸い餅を食べていた記憶があるが、その後、四角い餅ばかりになって、これが不思議だったというのである。二郎は、父親と母親の出身地の違いで、餅の形の違いがあったのではないかと直観して、母につながる思い出なので、一抹の不安を覚えた。それでも、題材としてはおもしろそうに思えたので、喋り出しにこのエピソードを使うことにした。


 漫才大会では優勝こそ逃したものの、2人は全国的に知名度が上がった。翌日から比べものにならないほど忙しい売れっ子漫才師となった。

 年明けのある日、マネージャーが二郎に、彼らの母だと名乗る女性から連絡があったと伝えた。2人に面会したいというのである。二郎は、天然ボケで非常識な太郎に知らせると面倒なことになると思ったので、まずは自分が電話で連絡してみた。間違いなく、彼らの実の母であった。

 ちょっと言葉を交わしただけで、これは厄介な人だなと二郎は直観した。一方的に話を進めて、1人で泣いたり、笑い出したりして、訳がわからない。「兄ちゃんの性格は母親似だな」などと思った。

 二郎は父の言いつけどおり、適当にあしらった。一番気をつけたのは、金銭トラブルにならないかということであったが、実の母は、現在は内縁ではあったが、それなりに収入のある人と再婚しているようで、金銭面での面倒は起こらなかった。

 二郎は、一応、事態を穏便に収めてから、太郎に母のことを告げた。「兄ちゃん。母さんに会ってみたい?」と聞いたが、太郎は「おふくろって60過ぎだろ? 今更そんなババアに会ってもなあ…」と答えた。「ババアだから会わないの???」二郎は唖然としたが、それ以上突っ込まなかった。

 母には断りの連絡を入れた。ただし、連絡先だけは伝えた。


 数日後、母親から荷物が届いた。メモに「今まで母親らしいことをしてやれなかったから」と書いてあった。包みを開けると丸い餅が2つ入っていた。女性の乳房を形どった餅で、乳首のところは少し盛り上げて、食紅で着色してあった。

 「兄ちゃんに会わせなくてよかった…」二郎は胸をなでおろした。


(完)

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