第11話
二月も中盤に入り、校内が少しざわついていた。それもそうだろう。今日はバレンタインデーなのだから。女子達は友チョコを渡し合ったり意中の相手に渡すためにドキドキしたりしているが、男子達からすればもっとドキドキだ。
それはクラスメートや他のクラスのダチも同様のようで、バレンタインデーを気にしないふりをしながらもその目はどこか期待していた。もっとも、それは俺も同じだけど。
「真夏さんと茉莉ちゃん、くれるかな……」
机に伏せながら呟く。そんな心配をする必要はないのかもしれない。けれど、真夏さんは真夏さんで忙しいし、茉莉ちゃんもそれを見習って最近は勉強を頑張っている。そんな二人に変に期待して負担をかけたくない。だから、貰えなくても最悪いいと思ってはいた。
「まあ前からバレンタインデーなんて俺には縁がないし、そういうもんだと思ってたらいいよな」
そう諦めて俺は気分転換のために席を立つ。そして賑わう廊下を歩いて階段を上がり、そろそろ戻ろうかと思っていたその時だった。
「あのさ!」
背後から聞こえてきたその声に俺はため息をつく。いい加減絡まないでほしい。そう思いながら後ろを向くと、そこには案の定愛花がいたが、もううんざりだ。
そしてよく見れば、少し離れたところからこちらを見ている女子がいる。おおよそ愛花の友達なんだろうし、今日がバレンタインデーというのもあって本当ならムードがあるところだが、俺からすればハッキリ言って邪魔でしかなかった。
「なんだよ。俺は忙しいんだけど」
「なによ、その態度!」
「うるさいな。他に好きな人出来たから別れるってお前から言っといて、今さら話しかけてくるなよ。俺の人生にお前の存在はいらないんだよ」
心からの言葉が冷たい声と共に出てくる。それだけの気持ちの裏切りを受けたのだ。それくらい言っても許されるはずだ。
そう思っていると、愛花がうつ向き始め、肩を震わせ始めた。めんどくさい事になったと思いながらため息をついていると、離れて見ていた女子達が突然近づいてきた。
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃないの!」
「愛花だって頑張ってるんだからさあ!」
「男としてサイテー!」
次々に向けられる心ない言葉にうつむく愛花の口元がこっそり緩む。やっぱりだ。愛花は俺を悪者にして自分がさも被害者かのように振る舞いたいのだ。
前に母さんが愛花と別れるように俺に言おうとしていたと話してくれたけれど、それは本当に正解だ。こんな奴と付き合い続けていたらと思うと気持ちが悪くて仕方ない。もちろん、ろくに事情も知らずに俺を責め立てるこの女子達も。
「何も事情を知らないくせにしゃしゃり出てくるなよ」
「はあ!? アンタが愛花の事を身勝手に振ったんでしょ?」
「は、はあ……?」
「愛花に飽きたとかつまらない女って言ったんでしょ、このろくでなし!」
「ちょ、何を言って……」
「男って本当にサイテー。愛花が可哀想よ」
「コイツら……!」
ろくでもないのはお前らだろう。そう言いたくなったけれど俺はどうにかそれを飲み込む。おおよそ愛花に適当な嘘を吹き込まれてそれを信じ込んだ奴らで、自分達が正義なんだと思い込んでいるのだ。そんなわけはないのだが。
「酷い、酷いよ……」
「愛花、泣かないで」
「ほら、謝んなさいよ!」
「サイテー男でもそれくらいは出来るでしょ!」
愛花は泣き真似をするし、女子達は調子に乗って俺を責め立て、廊下を歩いていた人達は何事かと思いながら俺達を見てくる。これでは明らかに俺が悪者だ。というか、三人目は明らかに自分が抱いている男に対しての怨恨を言いたいだけだ。余計にタチが悪いが、これは放っておこう。そんな事よりも今は愛花だ。
「くそ、どうしたら……」
注目されながら何をすればいいかを考えていたその時だった。
「廊下で何を騒いでいるのですか?」
「え……あ、田母神生徒会長」
そこには生徒会長モードの真夏さんがいた。普段とは違う学校での生真面目で少し威圧感のあるその姿に安心感を覚えていると、女子達は真夏さんの登場にビクリと体を震わせた。
「せ、生徒会長……」
「ここは二年生の教室がある階です。一年生が何の用ですか?」
「二年生……あ、言われてみれば」
何も気にせずに階段を上がっていたが、よく考えれば上の階は二年生の教室がある階だ。知らず知らずの内に俺は真夏さんのところにでも行こうとしていたのかもしれない。
二年生達が信頼しきった目で真夏さんを見る中、真夏さんは俺をチラリと見てからその前に立って愛花達を睨んだ。
「廊下は騒ぐところではありません。二年生に用がないならば一年生の階へ戻ったらどうですか?」
「う……」
「それに、少しお話が聞こえていましたが、さもこちらの男子生徒だけが悪いかのように責め立てるのはどうかと。一方からの話を聞くだけで物事を判断するのは早計ですし、どう考えても不公平ですよ」
「せ、生徒会長には関係は――」
「何か、言いましたか?」
冷たい目で真夏さんが睨む。その目は名前とは真逆の震えが来るほどの冷たいものであり、反論しようとした女子はひっと悲鳴を上げてから黙ってしまった。それだけの怒りを向けられているのだから当然だろう。
「本来は生徒間の色恋沙汰には介入しないのですが、場所が校内ですし他の生徒の迷惑になるので介入しました。この件をこの辺りで終わりにするなら私もこれ以上は言いませんが、続けるというならば生徒指導の先生も交えて生徒指導室に行く事になりますが?」
真夏さんは女子達だけじゃなく、俺にも視線を向けてくる。けれど、それはあくまでも俺にだけ視線を向けないのが相手に不公平だと思わせないためなのはわかっている。その目がとても優しく、まるで自分に任せてくれと言っているかのようだった。やはり真夏さんはすごい。そう思わせてくる物だった。
「さあ、どうしますか?」
「う……」
「あ、愛花……」
女子達は勢いを失って愛花を見る。愛花はとても悔しそうに、そして憎しみのこもった目をしていたが、それを真夏さんに向けるだけの勇気はないようだ。そして歯をギリッと鳴らしてから愛花はすれ違いざまに俺を軽く突き飛ばしてから階段の方へと歩いていった。
「あ、ちょっと!」
「待ってよ、愛花!」
「置いてかないでよー!」
愛花を追って女子達が走っていく。そんな中で二年生達が真夏さんを讃えるように拍手を送る中、俺はもめ事が終わった事による安心感でふうと息をついた。
「……ほんと、アイツらの方がろくでもないな」
こちらは関わりたくないのに向こうから関わってこようとするのだからタチが悪い。俺がもう愛花とは関わらない人生を送ろうとしている中で何の用だか知らないが関わってくるのは本当にやめてほしい。おまけに自分が被害者かのように演じて味方を勝手に増やしてくるのは性格が悪い。もう、ウンザリだ。
「本当にどうしたら……」
「貴方は少しきてもらってもいいですか? ある程度の事情を聞きたいので」
「あ、わかりました」
答えた後、俺は真夏さんの後に続いて歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます