第12話
ついていくと、そこは生徒会室だった。
「俺が入っていいんですか?」
「構いませんよ。それではどうぞ、中へ」
「あ、はい」
ドアをノックしてから中に入ると、中心に大きな長机が置かれてあり、六人が座れるように椅子が並べてあった。
「ここが生徒会室……」
「中々入る機会はないですからね。さて……」
真夏さんはメガネを外して髪ゴムを取った。そして普段の姿に戻ると、優しく微笑んでくれた。
「大変でしたね、冬矢さん。大丈夫ですか?」
「はい。すれ違いざまに突き飛ばされましたけど、怪我とかはしてません。まあ嫌な気分にはなりましたけど」
「そうでしょうね。そういえば、さっきは少しお話が聞こえていましたがと言いましたけど、実は全部聞こえていたんですよね」
「え、そうなんですか?」
驚きながら聞くと、真夏さんは微笑みながら頷いた。
「はい。少しお話がしたくて教室まで行こうとしたら、あの人達がついていくのが見えて、何か企んでいるように見えたのでこっそりついていったんです。そしたら、冬矢さんの事ばかりを責め始めた上に泣き真似なんていう卑怯な事をし始めたので我慢出来なくて飛び出しちゃいました」
「そうだったんですね」
「因みに、あの愛花さんという方は後ろ手にハートの包装紙で包まれた何かを持っていたみたいですが、あれは恐らくチョコですね。今日はバレンタインデーですし」
「そうですけど、今さらアイツから受けとる気はないですね。そもそも俺を振ってまで付き合いたかった相手がいるのに、今さら何の用なんだか」
ため息混じりに言う。たとえ、アイツが助けを求めて来ようとも俺はもう助ける気はない。それを非情とか人でなしと言われても俺はもうアイツの事なんて知らない。それだけの怒りと悲しみ、辛さを感じてきたのだから。それは当然だ。
「その人とやっぱりうまくいかないから、まだ冬矢さんが自分の事を好きだと思い込んでヨリを戻そうとしているのかもしれませんね」
「そんなのお断りですね。俺にはもう真夏さんがいますし、たとえいなくてもアイツとはもう関わりたくないので」
「それでいいと思いますよ。まだしっかりとは知らないですが、あまりいい方には見えませんし、今後も何らかの行動は起こしてくると思います」
「勘弁してほしいですけどね……」
俺はまたため息をつく。あそこまでやったのにまだ好意を持っていると考えているならよほどだ。それに、今回の件で愛花の言い分だけを聞いてこっちを責めてくる奴もいるのがわかったし、こっちも自分の身を守るための何かを考えておく必要はありそうだ。
そんな事を考えていた時、スピーカーからチャイムの音が鳴り始めた。
「もう昼休み終わりか。それじゃあそろそろ教室に戻りますね」
「はい。あ、今日は帰ってからのお楽しみがあるので、何かを予想しながら残りの時間を頑張ってくださいね」
「さっき今日が何の日か言っていたのに秘密にする必要ありますか?」
「もしかしたら違う物かもしれませんからね。それでは、また放課後に」
「はい」
生徒会室を出た後、俺は教室に戻った。俺が戻ってきたのを見て愛花が立ち上がろうとしたのが見えたが、それを見たクラスメートの一人が話しかけてくれたので愛花に話しかけられる事はなかった。もっとも、愛花は恨めしそうにそのクラスメートを見ていたけれど。
そして午後の授業も終わり、放課後になったのを確認して俺はさっさと席を立って教室を出ようとした。
「待ってよ!」
愛花の声が聞こえたが、俺は無視してそのまま教室を出た。あんな奴に構う必要はない。そんな時間があれば、俺は自分磨きをしたいんだ。
そうして昇降口に向かうと、そこには携帯電話を見ながら静かに立っている真夏さんがいた。そして俺が近づいていくと、真夏さんは表情を変えずに俺に視線を向けてきた。
「お疲れさまです。では、行きましょうか」
「はい」
俺達が一緒にいるところを見て周りが未だにざわつく中、俺達は昇降口を出て外に出た。そのまま校門を出てしばらく歩くと、真夏さんは力が抜けた様子で息をついた。
「はあ……やはり生徒会長として恥ずかしくない姿で居続けようとすると疲れますね。一応、クラスメートや生徒会のメンバーは普段の私を知ってはいますが、他のところでは生真面目で冗談が通じなそうなキャラクターを演じていますから」
「そういえば、どうしてそういうキャラクターを演じているんですか?」
「そ、それは……」
「それは?」
真夏さんは少しモジモジとしてから答えてくれた。
「せ、生徒会選挙の時に真面目なキャラの方が当選するかもしれないと思って、それで頑張ってみたら本当に当選してしまったんです」
「そうなんですね」
「その後も人前に出る時にそのキャラを続けていたら周りがそういう性格なんだと思い込んでしまって、そのまま否定出来ないままで……」
「なるほど……でも、どうして生徒会長になろうと?」
真夏さんは俺をチラリと見てからそっぽを向いた。
「ま、まだ内緒です」
「そんなに言いづらい理由なんですか?」
「そ、そんなところです。ほら、早く行きましょう!」
少し焦ったように言う真夏さんの言葉に頷く。気にはなるけれど、無理に聞くのも違うかなと思ったからそれ以上は聞かなかった。そしてしばらく歩いていた時、反対側から茉莉ちゃんが歩いてくるのが見え、俺は茉莉ちゃんに向けて手を振った。
「おーい、茉莉ちゃんー!」
「あっ、パパとママだ!」
茉莉ちゃんは嬉しそうに手を振り返しながら走ってくる。そして俺達の目の前で足を止めると、俺達を見上げながらにこりと笑った。
「パパとママもいま帰るところ?」
「そうだよ。せっかく会えたことだし、一緒に帰ろうか」
「うん! あれ……ママ、なんだかお顔赤いよ?」
「そ、そんなことないよ!?」
「んー……あっ、もしかしてお家で冷やしてるチョコの事が気になってるの?」
それを聞いてやっぱりかと思っていると、真夏さんはハッとしてから何度も頷いた。
「そ、そう! チョコを冬矢さんに渡すんだと思ったらやっぱり少し照れちゃって!」
「そーなんだね! パパ、私とママが昨日から作ってたチョコを帰ったら渡すから楽しみにしててね!」
「うん、わかった。そういえば、茉莉ちゃんはクラスの男の子でチョコをあげたい子はいないのかな?」
「んーん、いないよ。男の子達、バレンタインデーには興味ないみたいだし、あげてる女の子はいたけどなんだか嫌がってたみたいだからあげないの」
「あ、それって……」
「それ、ですね」
俺と真夏さんは笑い合う。茉莉ちゃんはそう思ったようだけど、その男の子は嫌がっているというよりは照れていただけだろう。俺達の年齢でも好きな異性からバレンタインデーにチョコを貰うと照れるのだから、茉莉ちゃんの年代ならなおさらだ。普段は興味ないふりをして、貰えるのを実は待っているのだ。
ただ、茉莉ちゃんは興味がないとかそれを嫌がっていると捉えてしまっているので、その誤解が解けるまでは男の子達は茉莉ちゃんからバレンタインデーにチョコを貰う事はないだろう。可哀想ではあるが、それもまた人生だ。頑張れ、男の子達。
それを考えながらクスクス笑っていると、茉莉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「パパ、ママ、どうしたの?」
「なんでもないよ。さてと、チョコが楽しみだから早く帰ろうか」
「そうですね。私達で作ったチョコを味わってもらおうね、茉莉ちゃん」
「うん!」
茉莉ちゃんが元気よく頷いた後、俺達は今日あった事を話しながら家に帰り、その後俺は二人からの愛情がこもったチョコを貰った。その味はもちろん絶品だった。
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