第10話
「今日の夕飯、何がいいかな……」
スーパーに着いた後、俺はカゴをカートに乗せて店内を歩いていた。少し大きめ且つショッピングセンターが併設されているスーパーという事もあって、真夏さんと茉莉ちゃんはそちらを見に行っていて、俺はその間に今日の夕飯の買い物をしていた。
「なんか、こうやって夕飯の献立を考えてるといつもの母さんの苦労がわかるな。栄養面を考えながら献立が被らないように気をつけて日々の三食を作ってくれるわけだし、母の日とか誕生日でもいいから何かお返しがしたいな」
今日も父さんのために献立を考えながらどこかで買い物をしているであろう母さんの事を考えていたその時、野菜売り場で商品を見比べている母さんを見かけた。
「あ、母さん」
「あら、冬矢じゃない。真夏さん達とは仲良くやれてる?」
「うん。真夏さん達は今はショッピングセンターの方で色々見てて、俺が献立を考えながら買い物してるとこ」
「そうなのね。まあ仲良くやれてるならよかったわ」
母さんは嬉しそうに笑う。母さんも俺達の事を心配してくれてるのが伝わり、それがとても嬉しかった。
「母さんは今日の献立決まった? 俺はまだで色々見ながらなんだけど」
「私もまだよ。でもそうね……サラダとシチュー、あとはお肉を使ったものと主食さえ決まればって感じかしら」
「まだって言いながらも半分くらいは決まってるんだな」
「まあね。冬矢、献立を決める時、たしかに栄養面とかを気にするのは大事だけど、他にも大事な物があるの。何かわかる?」
「なんだろ……愛情、とか?」
我ながら恥ずかしい事を言ったなと思っていると、母さんは優しい笑顔を浮かべながら頷いた。
「まあ正解ね。もっと正確に言うなら、食べてくれる人への気持ちよ。誰かが作らないと食事って出来ないから、作る側が偉いように思われがちだけど、別にそんな事はないの。作る側にも食べる側にも優劣はない。作ってくれる側と食べてくれる側の二つが存在するから日々の食事というものがあって、どちらかが欠けていては成り立たないのよ」
「どちらかが欠けていては成り立たない……」
「そう。だから、私は食べてくれるお父さんや冬矢のために頑張るし、冬矢達が美味しいって言ってくれるのが嬉しいの。家庭によっては会話がなかったり時間が合わないわけじゃないのに家族で食べないところもあるようだけど、そういうのってやっぱり寂しいのよ。家族のはずなのに繋がってない。そんな感じね」
「なるほど……」
「だから、真夏さんや茉莉ちゃんのために作る時は美味しそうに食べてくれる笑顔を考えて、作ってもらった時はしっかりと感想を言うこと。わかった?」
「うん、わかった」
母さんの言葉が心にしっかりと染みてくる。母さんが言うように、ウチとは違ってそれぞれが別のものを見ながら食べたり会話がないまま黙々と食べたりする家庭があるのは知っているけれど、そんなところもあるのだと最初聞いた時は本当に驚いてしまった。一緒にいるはずなのに、お互いが違うところにいる。そんな不思議な状況にいるんだと感じて、それは本当にいいのかと不思議に思ったのも覚えている。だから、ウチは本当に恵まれていたのだろうし、そういう空気を作ってくれた両親には本当に感謝したい。
「あ、そうだ……母さん、せっかくだから父さんも呼んでみんなで食べるのはどうかな?」
「私達もお屋敷まで来て?」
「そう。どうかな?」
母さんは少し考えた後、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。
「あ、もしもし。あのね、冬矢が今日はお屋敷まで来てみんなでご飯を食べるのはどうかって聞いてきたんだけど……うん、それならそうしましょうか。はい、それじゃあ準備をお願いね。はい、はーい」
電話を終えると、母さんは笑みを浮かべながら親指を立てた。
「お父さんもいいって。それなら二人で献立を考えましょうか」
「うん。あ、サラダとシチューにするなら、サンドイッチとかハンバーグはどうかな?」
「なるほどね。冬矢にしてはいい考えするじゃない」
「ここ数週間で母さんの気持ちがわかってきたから、時間がある時には献立を少しずつ考えるようにしたんだよ」
「……そっか」
母さんは嬉しそうに微笑む。その微笑みは子供の成長を喜ぶ親の顔であり、この共同生活の中で少しでも成長出来てるんだなと感じて俺も嬉しくなった。そして献立を具体的に考えるために歩き始めようとしたその時、真夏さんと茉莉ちゃんが手を繋ぎながら近づいてくるのが見えた。
「真夏さん、茉莉ちゃん」
「お待たせしました。あ、おば様」
「あ、パパのお母さんだー! こんばんはー!」
「はい、こんばんは。真夏さん達とはウチにご挨拶に来てもらって以来ね」
「はい。もしかして、おば様もお夕飯のお買い物でしたか?」
母さんは笑みを浮かべながら頷く。
「ええ。それでね、冬矢の提案で私達もお屋敷にお邪魔して、みんなでご飯を食べようと思うの」
「なるほど。私は賛成です」
「私も! みんなでご飯、楽しみだな!」
「ふふ、茉莉ちゃんは本当に元気ね。こんな孫が本当に出来たらしっかり可愛がっちゃうわ」
母さんが頭を撫でると、茉莉ちゃんは嬉しそうに笑う。そしてその光景を見ながら笑っていた時、ふと背後から視線を感じて俺はチラリとそちらを見た。すると、少し離れたところから愛花がこちらを見ていたけれど、その視線は突き刺すようなものだった。
「こんなところにもいるのかよ、アイツは……」
正直、話しかけられたくないと思ったのですぐにでも離れないといけないと感じた。けれど、愛花は見知らぬ男性に声をかけられるとそのまま去っていき、いなくなったことに俺は安堵した。
「やれやれ……」
「もしかして、またいらっしゃいました?」
「ああ、もしかして例の子?」
「そうだよ。なんの用があるのかわからないけど、学校でも話しかけてこようとするし、今日も公園の近くとかで見かけたし、正直もう俺には関わってきてほしくないんだよな」
「まあそれはそうね。今だから言うけど、あの子と付き合っていた時に冬矢には別れた方がいいって言おうってお父さんと話してたのよ」
「え、そうだったんだ」
予想外の言葉に俺が驚いていると、母さんは静かに頷いた。
「当時の冬矢はそう思わなかったと思うけど、あの子と付き合っていた時の冬矢の顔色がそんなによくなかったのよ。だから、心配はしていたしもっといい子を見つけてくれたらいいなと思ってたの。だから、別れたとか真夏さんのお家から婚約者の打診を受けたと聞いた時に結構安心してたのよね」
「そうだったんだ……」
「真夏さんもいい子だけど、親御さんも嫌なところがないいい人達ばかり。それに、茉莉ちゃんも茉莉ちゃんの親御さん達だって素敵な人達ばかりだから、あの日の初詣が冬矢にいい縁を結んでくれたと思ってる。だから、もう終わった事は忘れて、今結ばれてる縁を大事にしなさいね」
「ああ、もちろんだよ」
答えながら俺は母さんの気持ちを嬉しく思うと同時に感謝した。たしかに、愛花と付き合っていた時は結構大変ではあった。好きだから付き合いきれていたのだろうし、今思えば本当に大変だったという思いしかないから心から楽しめてはいなかったんだと思う。
でも、今の生活は本当に楽しいし、今後も色々楽しい事をしていきたいと思っている。だからこそ、母さんが言うように愛花との件は忘れて、今は真夏さん達の事を大事にしよう。そうする方がいいと思うし、それが今やるべき事だからだ。
「さて、それじゃあ今日の夕飯のための買い物をしようか。少しは決めたんですけど、細かい部分は決まってないので真夏さん達の意見も聞きたいです」
「わかりました」
「はーい!」
真夏さん達の返事を聞いた後、俺達は楽しく話をしながら夕飯の買い物を始めた。
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