第9話

「……よし、これでいいかな」



 真夏さんと茉莉ちゃんとの共同生活を始めてから二週間が経ち、二月に入った頃、俺は部屋で勉強をしていた。色々努力をしていくと決めた事で俺は日々の復習や二年生になる上の勉強だけじゃなく真夏さんから教科書を借りて三年生の勉強もしていた。それに加えて体力や筋力のトレーニングや英会話の勉強も始めていたので前よりは確実に忙しくはなったが、それでもやりがいは感じていたのでやる気が無くなることはなかった。



「時間は……3時くらいか。いい時間だし、真夏さん達にも声をかけて少し休憩でもしようかな」



 そう思って椅子から立ち上がった時、携帯電話がブルブルと震えだした。未登録だからか番号だけが表示されていたが、俺はその電話の主を知っている。愛花だ。



「……無視だ、無視」



 通話の拒否をしてから俺は着信拒否もしておく。アイツと別れた後、俺はすぐに連絡先を消したのだが、どうやらアイツは消していなかったようだ。



「自分から別れといて今さら何の用なのか知らないけど、もう俺はアイツとは関わらない。学校でも話しかけてこようとするけど、その前にどっかに行けばいいしな」



 因みに、親しいクラスメートや他のクラスにいるダチには愛花との件は話している上に協力も取り付けているので愛花が来そうな時にはわざと話しかけてもらったり愛花の様子にも気をつけてもらったりしている。もっとも、真夏さん達との件についてはまだ話せていないが。


 真夏さんは茉莉ちゃんとリビングで話していたのは見ていたのでまずはリビングに向かう。するとさっきと同じように二人は話をしており、俺は近づきながら声をかけた。



「真夏さん、茉莉ちゃん、いい時間なので休憩しにしました」

「あ、冬矢さん。ちょうどいいところに」

「というと?」

「あのね、今からお買い物に行こって話をしてたの! パパも一緒に行こ!」

「買い物か……そういえば、今日の夕飯の買い出しもまだでしたね。時間的にはまだ後ですけど」



 俺達はこの共同生活をする上で色々な事を決めていた。例えば、ある程度起床時間や就寝時間を固定化したり買い物などの外出の際には誰かにそれを言うなどだ。あまり縛りが強いルールにはならないように三人で相談して決めたルールだし、多少ルールを決めておいた方が自分達で暮らす上で色々な面で助かるからだ。



「はい。ですが、いいお天気なので買い出しのついでに三人でお出掛けするのもいいかなと二人で話していたんです」

「パパ、ダメ……?」

「ううん、いいよ。一緒にお出掛けしようか」

「ほんと!? わーい!」



 茉莉ちゃんが本当に嬉しそうに喜ぶ。その様子を見て真夏さんと笑いあった後、俺達は出かける準備を始めた。そして着替えなどを終えて外に出ると、茉莉ちゃんは俺達の手と自分の手を繋いだ。



「えへへっ、パパとママとお手手繋げて嬉しいな」

「ふふ、私達も嬉しいですよ」

「ですね。さて、それじゃあどこに行きましょうか」

「そうですね……そういえば、近くに公園がありますし、そこに行ってみましょうか」

「公園……ああ、あそこですね。茉莉ちゃんもそれでいい?」

「うん!」



 茉莉ちゃんが元気に頷いた後、俺達は近所の公園に向かって歩き始めた。数分かけて着くと、休日だからか公園には多くの人がいた。男女で仲よさそうにランニングをしている人達やベンチに座りながら話しているカップル、そして親子連れやペットの散歩をしている人などもおり、結構賑わっている感じだった。



「やっぱり人が多いですね」

「そうですね。茉莉ちゃん、何かしたい事はある?」

「うーんとね……あっ、神社行きたい!」

「神社? この近くに神社があるの?」

「うん! 初詣に行ったところよりは小さいところなんだけど、周りが木でいっぱいで静かなところなんだよ」



 茉莉ちゃんが嬉しそうに説明をしてくれる。どうやら茉莉ちゃんは結構神社が好きそうなようだ。この歳の子にしては珍しいけれど、せっかく行きたいと言ってくれているのなら断る理由はない。



「真夏さんもそこに行くのでいいですか?」

「はい、もちろん。茉莉ちゃん、案内してくれる?」

「うん! こっちだよ!」



 茉莉ちゃんが引っ張ってくれる方に俺達も歩き出す。歩きながら色々見てみたが、この公園には高台にある東屋とか市民プール、他にも市民ホールや噴水などがあるようで、夏場などにはもっと賑わうんだろうなと感じた。



「なんかここ、落ち着くところですよね」

「たしかにそうですね。ピクニックも出来そうなところですし、春になったらシートを広げてお弁当を食べるのも面白そうです」



 真夏さんが辺りを見回しながら言うと、茉莉ちゃんの目が輝いた。



「春になったらピクニックするの!?」

「うん、そうしようかな。その時にはお弁当作りを手伝ってくれる?」

「うん、やるやる! ふふっ、楽しみだなあ」

「どんどん楽しみが増えるね、茉莉ちゃん」

「うん!」



 茉莉ちゃんは嬉しそうに頷く。三人での共同生活は一年間だ。それならやっぱりこの一年は色々な事をして、たくさんの思い出を作りたい。だからこそ、色々楽しみな事は増やしていこう。


 そうしてこの共同生活の中で何がしたいかを話しながら歩く事数分、俺達は件の神社に着いた。茉莉ちゃんが言うように神社の境内には木が多く、奥に建てられた拝殿の他には神楽台のような物や小さなお堂、他にも手水舎と石碑のようなものがあるとても静かなところだった。



「たしかにここは結構静かなところだな」

「そうですね。そういえば、茉莉ちゃんは神社が好きなの?」

「うん、好きだよ。お作法はよくわからないけど、なんかこう……シーンとしててキリッとした雰囲気が好きなんだ」

「神社独特の雰囲気が好きって事みたいですね」

「そうみたいですね。せっかく来たのでお参りをして行きましょうか」



 真夏さんの言葉に頷いた後、俺達は拝殿に近づいた。賽銭箱は見当たらなかったのでお賽銭はあげられなかったが、鈴をガランガランと鳴らしてから初詣の時と同じで二礼二拍一礼でお参りをした。


 お参りをしている間、俺達は一言も話さなかったが、俺は真夏さんや茉莉ちゃん、そして松也さんや真宙さん達の日々の安全を願っていた。自分の事も願っていいとは思うが、それよりもこの生活を支えてくれている人達の事を願いたかったのだ。


 そうしてお参りを終えて顔を上げると、茉莉ちゃんは不思議そうな顔で狛犬を見ていた。



「茉莉ちゃん、どうかした?」

「この狛犬さん、口にボール咥えてるよ」

「え? あ、ほんとだね」

「珍しいですよね、こういう狛犬」

「この狛犬さんも遊んで欲しいのかな?」



 茉莉ちゃんが首を傾げる。恐らく誰かがお遊びで咥えさせたんだと思うが、それを言うのは野暮っていうものだ。



「そうかもね。茉莉ちゃんは狛犬さんが遊んでって言ってきたら遊んであげる?」

「うん! 日が暮れるまで一緒に遊びたいな!」

「そっか。そしたら狛犬さんも喜んでくれるかもしれないね」

「うん。狛犬さん、遊びたい時はいつでも言ってね」



 答えない狛犬に茉莉ちゃんが声をかける。その姿がとても可愛らしくて、俺と真夏さんは微笑ましい気持ちになった。



「ふふ、可愛らしいですね」

「そうですね。でも、本当に不思議な事もあるものですね」

「たしかに……あっ」



 ふと入り口を見た時、道路を愛花が誰かと歩いているのが見えた。恐らく新しい彼氏なんだろうが、正直顔を合わせたくはなかったので境内に入ってくるなと願った。すると、二人はそのまま通りすぎていき、俺は安心感から息をついた。



「よかった……」

「冬矢さん、どうかしましたか?」

「いま、ちょっと顔を合わせたくない奴がそこを通ったので」

「ああ、なるほど。ですが、来なかったようですし、これで安心ですね」

「ですね。さて、そろそろ行こうか。茉莉ちゃん」

「うん! 狛犬さん達、バイバーイ!」



 狛犬に手を振る茉莉ちゃんの姿を見て、俺達はクスリと笑った後、静かな境内を歩いて神社の外に出た。そして買い物をするためにスーパーに向けて歩いていった。

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