第2話

「あ、やっぱ――」

「あっ、ママー!」



 茉莉ちゃんが嬉しそうに言うと、茉莉ちゃんのママは涙を流しながら駆け寄り、そのまま茉莉ちゃんを抱き締めた。



「ごめんね! 一人ぼっちにしちゃって、本当にごめんなさい……!」

「ママがいなくて悲しかったけど、私は泣かなかったよ。このお兄ちゃんが助けてくれたの!」

「あ……」



 茉莉ちゃんのママはハッとしながら俺に視線を向ける。茉莉ちゃんのママだからかその人はとても美人であり、艶やかさを演出する長い黒髪と赤い唇、血色のいいシミ一つない肌が綺麗なこの人を異性ならば誰でも放っておかないだろうと思ったが、やはりどうにも若すぎる気がした。たしかに化粧や雰囲気から大人っぽさを感じたけれど、二十代前半かそれよりも若いように見えた。



「茉莉ちゃんが迷子になっていたので一緒に探してたんです」

「そうだったんですね……本当にありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか……」

「いえ、お礼なんていいですよ。それにしても、茉莉ちゃんのお母さんにしては少し若いような……」



 茉莉ちゃんのママはキョトンとした後、プッと笑ってから続けてクスクス笑い始めた。



「なるほど。私は別に茉莉ちゃんのお母さんではないですよ」

「え? でも、茉莉ちゃんはママって……」

「ママというのは、茉莉ちゃんが私につけたアダ名ですよ。私は茉莉ちゃんの従姉妹です。それに、まだ高校生ですしね」

「アダ名……なんだ、そうだったんですね」

「ふふ、紛らわしいですよね。私の名前は田母神たもがみ真夏、高校二年生です」

「あ、先輩だったんですか。俺は父川冬矢、高校一年生です。なんだか大人っぽいなとは思いましたが、高校二年生と聞いて納得しました」



 田母神さんはふふと笑ってからうーんと唸りながら自分を見始めた。



「大人っぽいって他の人からもよく言われるんですよね。でも、そんなに茉莉ちゃんのお母さんみたいかな……」

「それくらい大人びて見えるって事ですよ。振り袖姿もとても綺麗ですし、ウチの学校にいたら男子達がほっとかないくらいですよ」

「まあ、言葉がお上手なんですね。でも、そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます、父川さん」

「いえいえ」



 田母神さんの微笑みはとても美しく、別れた彼女どころか俺が見てきた異性の誰よりも綺麗な人だと感じた。そんな田母神さんともう少し一緒にいたいところだけど、俺がいても迷惑だろうなと感じた。



「さて、茉莉ちゃんを田母神さんと会わせられたし、俺はこの辺で失礼します」

「えー! お兄ちゃん、もっと一緒にいてよー!」

「そうしてあげたいけど、茉莉ちゃんや田母神さんはご家族と一緒に来てるわけだし、部外者の俺が一緒にいても迷惑なだけだから」

「お兄ちゃん……」



 茉莉ちゃんが寂しそうにする中、俺は茉莉ちゃんの頭を撫でてから田母神さんに話しかけた。



「それじゃあ田母神さん、茉莉ちゃんの事を今度こそ離さないであげてくださいね」

「あ、はい……あの、茉莉ちゃんを見つけていただいたお礼でも……」

「いいですよ、お礼なんて。別にそういうのが欲しくて茉莉ちゃんを助けたわけでもないですから」

「父川さん……」



 田母神さんが少しシュンとする。その姿に少しだけ心が痛んだけれど、こればかりは仕方ない。そう考えて去ろうとしたその時、寂しそうにしていた茉莉ちゃんがふと不思議そうな顔をした。



「父……ねえ、ママ。父ってなあに?」

「え? うーんとね、父はお父さんの別の言い方……かな?」

「お父さん……じゃあ、お兄ちゃんはパパだね!」

「え?」

「ちょ、茉莉ちゃん!?」



 田母神さんが焦った様子を見せる。それはそうだろう。従姉妹の自分ならまだしも、出会ってまだ数分くらいの相手に対してパパというアダ名をつけたのだから。



「でも、父ってお父さんなんでしょ? だったら、お兄ちゃんはパパだよ」

「だ、だからって……すみません、父川さん」

「いいですよ、俺のアダ名がパパでも」

「で、ですが……」



 田母神さんがあわあわする中、俺は茉莉ちゃんと同じ目線になるように屈み、笑いながら小指を立てた。



「それじゃあパパとの指切りだ。もうママと離れないように茉莉ちゃんも気を付ける事。いいね?」

「うん! ゆーびきり、げんまーん。うーそついたら、はりせんぼんのーます!」

「ゆびきった。よし、これでいいな。それじゃあ田母神さん、今度こそ俺はこれで」

「あっ、父川さん!」



 田母神さんが呼び止めて来ようとしたその時、田母神さんの携帯電話が鳴り始め、田母神さんは慌てて携帯電話を手に取った。



「も、もしもし……あ、はい。茉莉ちゃんは無事で、父川さんという方が見つけてくださったんです」

「もしかして、茉莉ちゃんのお父さんかお母さんかな?」

「うん、そうだと思う」

「じゃあなおさら俺はいない方がいいかな」



 そう思って茉莉ちゃんとバイバイしようとした時だった。



「はい……え、そうなんですか?」

「ん?」



 田母神さんが驚いた顔をしたのが気になって立ち止まってしまった。また別のトラブルでもあったのだろうか。



「はい、はい……あ、わかりました。それでは父川さんにも相談してみます。はい、それでは頑張ってください。失礼します」



 田母神さんは電話を切ると、少しだけ哀しそうな顔をしながら俺に話しかけてきた。



「父川さん、急なお願いなのですがいいですか?」

「え? な、なんですか?」

「実は茉莉ちゃんのお父さんとお母さんなのですが、急にお仕事が入ってしまったみたいなのでこのまま帰ってお仕事に向かわないといけないそうなのです」

「さ、三が日なのにですか!?」

「はい……それで、茉莉ちゃんのお世話をお願いされたのですが、茉莉ちゃんが懐いてるようなら、父川さんにもそれをお願いしてほしいと伯父様と伯母様が」

「え、俺にもですか?」



 急すぎるお願いではあったし、どうして俺がとは思った。俺はあくまでも迷子になっていた茉莉ちゃんを見つけただけであり、そんな俺にも自分の娘のお世話をお願いしてくる茉莉ちゃんのご両親の本心がまったくわからなかった。これはあまりにも危機管理がなっていないんじゃないか。



「けど、俺の事をそんなに信用してもいいんですか? あくまでも俺は茉莉ちゃんや田母神さんと出会ったばかりの部外者ですよ?」

「けれど、茉莉ちゃんに危害は加えませんでしたし、その甘酒だってごちそうしてくれたみたいですから、私は父川さんを信用してもいいと思っています。それに、茉莉ちゃんは結構用心深いところがあって、人見知りな一面もあるので知らない人にはそもそも近づかないんです。ね、茉莉ちゃん」

「うん。だって、知らない人にはついていっちゃいけないってお父さんとお母さんからも言われてるもん。でも、パパからは優しい感じがしたし、泣きそうになってた私に甘酒の事を教えてくれたから私は大好きだよ!」

「茉莉ちゃん……」

「もし、父川さんにこの後ご用事があるなら無理強いはしません。それこそご迷惑になりますから」



 田母神さんが申し訳なさそうに言う。正直、田母神さんや茉莉ちゃんともう少し一緒にいられるのは嬉しかったし、どうせこの後に用事なんてない。だったら、一日だけのいい思い出として二人と一緒に過ごそう。



「わかりました。この後に用事もないですし、茉莉ちゃんのご両親の仕事が終わるまでの間なら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます、父川さん!」

「パパともう少し一緒にいられるの?」

「そうだよ。よろしくな、茉莉ちゃん」

「うん!」



 茉莉ちゃんがいい笑顔で頷きながら答える。その姿が微笑ましくて、俺は田母神さんと顔を見合わせてからクスリと笑った。こうして一人で過ごす予定だった俺のお参りは少し賑やかなものになった。

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