迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景

第1話

「はあ……やっぱり寒いなあ」



 三が日の最終日、俺は一人で少し遠くの神社に来ていた。初詣自体は近所の神社で済ませたけれど、毎年この八幡宮には来ていたから、習慣的なものになっていた。



「せっかくだから誰か誘おうと思ったけど、どいつもこいつも恋人や家族と一緒に行くとか言うし……はあ、俺だって恋人と来たかったよ」



 俺が恋人から別れを告げられたのはつい最近。クリスマスにデートをした時にそれを告げられ、そのまま別れる事になった。アイツに他の恋人が出来たというやるせない理由で。



「くそ……言うにしても、そんな事をクリスマスに言うなよな。おかげで落ち込んで最悪の年末になったぜ」



 クリスマスに別れを告げられたなんてダチの誰にも言えなかった。だから、まだ付き合っている体で他の奴には色々言っていたけれど、その実、温かいはずの気持ちは冬の夜のように寒かった。



「とりあえずさっさとお参りをしておみくじを引いて帰ろう。あ、甘酒を飲むのもいいな」



 新年に神社で飲む甘酒は格別だ。味自体は普段スーパーで買っているような缶の物とあまり変わらないのだろうが、それでも温かい物を寒い中で飲むからか特別美味く感じるのだ。



「さて、まずは並ぶか」



 鳥居を潜ってから長い石畳を歩く。石畳はところどころ凍結をしていたし、他の参拝客で賑わっていたから歩きづらかったけれど、俺は気をつけながら歩いた。



「にしても、やっぱり寒いな……先に甘酒でも飲むかな」



 俺は列に並ぶ前に軽く辺りを見回した。すると、ホットドリンクと書かれた紙を提げた屋台を見つけ、メニューの中に甘酒を見つけた。



「お、すぐに見つかるなんてラッキーだな。どうせ30分とか並ぶ事にはなるし、ここまで歩いてきて冷えた体を温めよう」



 俺はその屋台に近づいた。そしてこういうイベント値段になって少し高い甘酒を買い、人の邪魔にならない場所に行ってから俺は甘酒を一口飲んだ。



「……ふう、やっぱり美味いな。寒い時に飲むホットドリンクは格別だけど、こういうところで飲む甘酒はその中でも特に美味く感じる」



 熱々ではあるけれど、買った甘酒はどこか飲みやすく、しっかりとした味わいを楽しみながら体を温めるには十分すぎるほどで、買ったのは得だったなと思った。


 そうして甘酒を飲みながら石畳を歩く人達を眺めていたその時、辺りをキョロキョロしながら不安そうな顔をする小さな女の子を見つけた。


 その子は子供用の紅白の振り袖を着ていて、髪には丸い髪止めをつけていた。この辺ではあまり見かけない程に可愛らしい子であり、家族に連れられて来たんだろうなと思ったが、その家族が近くに見当たらない。きっと迷子になったんだ。



「まあ、この人混みだしな。このまま放っておいても悪い事を考える奴に目をつけられるだろうし、とりあえず話だけでも聞いてみるか」



 甘酒を飲むのを一度止め、俺は甘酒が入った紙コップを片手にその子に近づいた。



「えっと、そこの君……」

「ふえ……」



 女の子は不安そうな顔のままで俺の方を向いた。近づいて改めて感じたが、その子はキッズモデルやジュニアアイドルと言われても疑わない程の可愛さで、小学生くらいに見える事から、学校では男子達の目を惹いているのが予想に難くなかった。



「君、もしかして迷子か?」

「うん……ママ達と来たんだけど、どこに行ったかわからないの……」

「そっか……」



 予想通り迷子だったし、家族と来ているようだ。このくらいの歳の子だし、家族と離れたらまだ寂しいのだろう。目も潤んでいたし、今にも泣き出しそうだ。



「よし、俺も探してあげるよ。どうせ一人で来てるから、誰かに合わせる必要もないしな」

「ほんと……?」

「ほんとだよ。俺は父川ちちかわ冬矢とうや、君は?」

「た、頼母木たのもぎ茉莉まつり……」

「茉莉ちゃんか。とりあえず温かいものを飲みながら話を聞かせてくれ。寒いから冷えただろ?」

「うん……」



 茉莉ちゃんは差し出した俺の手をギュッと握ってくる。その小さい手では俺の手は握り込めず、その可愛らしい手を見て俺は妹がいたらこんな風なのかなと思った。そしてホットドリンクの店に戻り、もう一つ甘酒を買って茉莉ちゃんに渡すと、茉莉ちゃんは不思議そうな顔をした。



「これは?」

「甘酒だよ。飲んでみて」

「うん」



 茉莉ちゃんはコクコクと甘酒を飲む。すると、驚いたような顔をしてからパアッと表情が明るくなった。



「美味しい……! これ、美味しいね!」

「ああ。寒い中で飲むと、ほんとに格別だよな」

「かくべつ?」

「んー……まあ、普通に飲むよりも美味しいみたいな感じかな。ほら、普通にジュースを飲むよりも誰かと飲んだりお祝いの時に飲んだりした方が美味しかったりするだろ?」

「あー、たしかに! それがかくべつなんだね!」

「そうだよ。すぐにそれがわかるなんて偉いな」



 茉莉ちゃんの頭を撫でてあげると、茉莉ちゃんはくすぐったそうに笑う。その屈託の無い無邪気な様子に俺の口元も思わず緩んだ。クリスマスに彼女に別れを告げられた事や他の奴と来られなかった事もすっ飛んでしまった。



「それで、ママ達と一緒に来たって言ってたけど、どこではぐれたかわかるか?」

「ううん……手を繋いでたはずなんだけど、いつの間にかいなくなってて、それでどこだろって思いながら歩いてたらどんどん悲しくなってきて……」

「うーん……この人混みだし、気づかない内に手が離れてて、それではぐれたのかもしれないな」

「うん……」



 茉莉ちゃんは不安そうな顔に戻って俯く。このままだと泣いてしまうかもしれない。そう思って何かないかと思ったその時、ある事を思い付いた。



「そうだ……茉莉ちゃん、甘酒ってなんでそういう名前か知ってるかな?」

「え……ううん、知らない」

「酒って名前に入ってるけど、大人が飲んでるお酒とは別で、これはお酒屋さんが夏に仕事とは別で作ってたものなんだ」

「そーなの……?」



 まだ目に涙は浮かんでいるけれど、茉莉ちゃんは興味を惹かれたようだった。



「ああ。それで、パパとかが飲んでると思う日本酒はお米から出来てるんだけど、これも同じような物から出来てて、俺達みたいな子供からすれば大人と一緒に飲んでもいいお酒みたいなものなんだ」

「それじゃあ、パパ達がお酒を飲んでる時もこれで一緒に乾杯してもいいの?」

「ああ、もちろん。だから、パパ達にお願いして甘酒を買ってもらったら、ご飯の時にでもいいから一緒に乾杯してみてもいいかもな」

「うん!」



 茉莉ちゃんはまた笑ってくれた。普段から雑学に興味を持っていたのが役に立ったのがとても嬉しかった。別れたアイツからは知識をひけらかしてきてウザイと言われていたけれど、もちろんそんなつもりはなかった。だけど、そう言われて俺は他人の前で雑学を話す事はなくなったけれど、それが茉莉ちゃんに笑顔を取り戻す力になったのは本当に嬉しかった。


 そうしてまた茉莉ちゃんが美味しそうに甘酒を飲み始める中、俺は茉莉ちゃんのママがいないか辺りを見回し始めた。すると、紫を基調とした花柄の振り袖を着た美人が目の前を通ったが、とても心配そうな顔で誰かを探すように辺りをキョロキョロしていた。



「あれ、もしかして……」



 少し若すぎる気はするが、茉莉ちゃんのママかと思いながら声をかけようとしたその時、その美人は俺達の方を向き、目を潤ませながら嬉しそうな顔をした。



「茉莉ちゃん!」

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