第3話

「さて、それじゃあまずは何をしましょうか。田母神さん」



 茉莉ちゃんや田母神さんと過ごすと決めた後、俺が聞いてみると、田母神さんはうーんと唸りながら人差し指を顎に当てた。そういう仕草もどこか大人っぽいなと思っていると、田母神さんは石畳を歩いていく人達の波に目を向けた。



「まずはお参りをしましょう。それと……」

「それと?」

「私の事は真夏でいいですよ? 私も冬矢さんと呼びますから」

「え、いいんですか?」

「はい、私がママで冬矢さんはパパですから。それなのに、名字で呼び合うのはなんだかおかしいと思います。どうですか、パパ?」



 俺より少し背丈が低い田母神さんは上目遣いで聞いてくる。少しいたずらっ子みたいに笑いながら見上げてくる田母神さんの姿とパパと呼ばれる事に俺は少し照れてしまい、そらしたいのに目をそらせないでいる中で俺は頷いた。



「そ、そうですね……それじゃあ、その……真夏、さん……」

「はい、冬矢さん。ふふ、なんだか本当の夫婦みたいですね」

「真夏さんはいいんですか? 俺が夫でも」

「もちろんいいですよ。それじゃあいきましょうか、二人とも」

「うん! パパ、ママ、手つなご!」



 無邪気な茉莉ちゃんに促されて、俺は真夏さんと一緒に片方ずつ茉莉ちゃんと手を繋ぐ。そして甘酒を飲みきって紙コップを捨ててから俺達は流れていく人波の中に入っていった。



「やっぱり混んでるな……真夏さん、茉莉ちゃん、しっかりと握ってて」

「はい。今度こそ離しませんから」

「私もしっかりギュッてしてる!」



 二人の返事を聞いて安心した後、石畳を歩いてそのまま長い石段を登っていった。拝殿の前は参拝前で並んでいる人が多く、かなりぎゅうぎゅうとしていた。



「これはすごいな……お参りする前に五円玉用意しておかないと」

「ねー、パパ。どうして五円なの? もう少し多いお賽銭じゃダメなの?」

「ダメじゃないよ。お賽銭を五円にするのは、神様とご縁がありますようにっていう意味をこめるからで、お賽銭は何円でもいいんだよ」

「神様とご縁が……わあ、いいね! 私も五円にしたい!」

「それじゃあ近くなってきたら渡すから、落とさないようにしようね」

「うん!」



 茉莉ちゃんが元気に返事をすると、真夏さんは感心したように声を漏らした。



「冬矢さんは物知りなんですね。さっきも甘酒の事を話していたそうですし」

「雑学を調べるのが好きなんですよ。それで話すのも好きなんですが……」

「何かあったんですか?」

「この前別れたばかりの元カノからは知識をひけらかしてるように見えたようで、それからはあまり誰かに話す事は無くなったんです。でも、茉莉ちゃんは素直に聞いてくれるので話し甲斐がありますよ」

「なるほど……たしかにただ自慢げに話されると少し鬱陶しいとは思いますが、今のような話し方であれば私はいいと思いますよ。だから、その彼女だった人は見る目がなかったなと思います。冬矢さんみたいな人を手放すなんて……」

「そこまで評価されるような人間じゃないと思いますけど……でも、ありがとうございます」



 真夏さんは微笑みながら首を横に振る。俺の事をしっかりと評価してくれる異性なんてこれまでいなかったから、真夏さんみたいに言ってくれる人は本当に貴重だ。


 その後もあれはこれはと聞いてくる茉莉ちゃんの質問に答えながら少しずつ進んでいくと、遂に俺達の番になった。



「さて、俺達の番だな。茉莉ちゃん、さっき渡した五円玉はちゃんと持ってるかな?」

「うん、あるよ!」

「それじゃあしっかりと神様に挨拶するための方法を教えるから、言った通りにやってみて」

「はーい!」

「いいお返事だね。まず、お賽銭をこの箱の中に入れて鈴を鳴らすんだけど、これはどちらが先でもいいみたいだ。そしてそれが終わったら、二礼二拍手一礼をするんだよ」

「どうやるの?」

「その前にまずはお賽銭を入れたり鈴を鳴らしたりしようか」

「うん!」



 俺は真夏さんと茉莉ちゃんと一緒にお賽銭を入れて鈴を鳴らした。



「それで、二回お辞儀をしてから二回手を叩いて、神様に挨拶をしたり今年も頑張りますみたいな事を言ったらもう一度お辞儀をして終わりだよ」

「お願い事をするんじゃないの?」

「ただお願い事をするんじゃなく、自分もこんな風に頑張りますからお願い事を叶えてもらえると嬉しいですみたいな感じでする方がいいかな。ほら、何もせずにお願いだけしてくる人よりも頑張っている人のお願いの方が聞いてあげたくなるのと同じだよ」

「あ、なるほど! 神様もそれは同じなんだね!」

「うん。あと、お願い事をする前に名前と住所を言う方がいいみたいだけど、それは他の人に聞こえないように小さな声で言おうね」

「はーい!」



 ニコニコ笑いながら答える茉莉ちゃんの笑顔に癒された後、俺は真夏さん達と一緒に二礼二拍手一礼をした。そしてそれが終わって横の方に避けていくと、そこではおみくじを売っていた。



「あっ、おみくじだ! 私もやりたいなあ」

「新年初の運試しだし、みんなで一回ずつ引いてみようか」

「はい。大吉が出るといいですね」



 その言葉に頷いた後、俺達は二百円ずつ支払っておみくじを引いた。そしてせーので開くと、三人揃って大吉が出た。



「みんな大吉か。新年から縁起がいいな」

「みんな一緒! なんだか嬉しいね!」

「うん、そうだね。凶とかなら結んでいくけど、せっかくだから持ち帰りますね」

「ねーねー、どうしておみくじって結ぶの?」

「幾つか意味はあるみたいだよ。悪い運気を境内に留めてもらうためとか結ぶ事で神様との縁を結ぶとか利き手と反対の手で結ぶ事で困難な事を一つやり遂げたから凶が吉に転じるとかあるみたいだよ。けど、お母さんとお父さんにも見せたいだろうし、そのおみくじは持ち帰ろうか」

「うん!」



 その後も俺達は屋台の食べ物を買って食べたり神社の境内を散歩したりしながら過ごした。そして三時間くらい経ち、お昼時になってそろそろ昼食にしようかと思ったその時、俺達に近づいてくる人達がいた。



「茉莉、待たせたね」

「あっ、お父さん! お母さん!」



 茉莉ちゃんが嬉しそうに言う。スーツでビシッと決めたモデル体型のイケメンの男性と同じくスーツをしっかりと着た綺麗な女性に茉莉ちゃんが近づくと、真夏さんは二人を見ながら安心したように笑った。



「お仕事もどうにかなったようですね」

「ええ。ちょっとトラブルがあったからそれを解決してきたの。真夏ちゃん、突然だったのにありがとう」

「父川君もありがとう。私は頼母木松也まつや、茉莉の父親だよ」

「私は頼母木結里ゆうり、茉莉の母親です。茉莉を探してもらった上にお世話までしてくださり本当にありがとうございました」

「いえ、茉莉ちゃんくらいの歳の子と接する機会は中々無かったのでいい経験になりました。茉莉ちゃんもいい子にしてましたから困る事もなかったです」

「そうか、人見知りで警戒心が強い茉莉が……」



 松也さんは茉莉ちゃんを見ながら優しく微笑む。そして頭を優しく撫でた後、俺に視線を戻した。



「君さえよければ、食事をご馳走したいんだがどうだろうか」

「ちょうどお昼時ですからね。何かご予定はありましたか?」

「いえ、特にはないですけど、お礼なんて別に――」

「私、パパと一緒にお昼ごはん食べたい!」

「ん、パパ?」



 松也さんが不思議そうにする中、俺は頭をかきながらそれに答えた。



「父がお父さんの別の言い方だって教えたら、パパってアダ名をつけてくれたんです」

「なるほど、真夏ちゃんと同じパターンか。茉莉もだいぶ懐いているようだし、父川君からも色々話を聞きたいから是非食事をご馳走させてくれ」

「パパ、お願い……」

「……うん、わかった。せっかくなのでお言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとう。では、いこうか」



 松也さんの言葉にみんなで揃って頷いた後、俺達は昼食を食べるために神社を出て歩き始めた。

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