いつものながれ

タカハシU太

いつものながれ

 外回りの斉藤さんが疲弊した様子で戻ってきた。狭くてぼろいオフィスにいるのは、ノートPCで作業をしているヤマダさんだけ。自席にぐったりと腰を沈めた斉藤さんがつぶやいた。

「こんな会社、辞めてやる……」

「いつもの口癖ですね」

 ヤマダさんはモニターから目を離さずに、適当にリアクションしてきた。斉藤さんはきっと向き直った。

「今度こそ、本当に辞めます!」

「辞めてどうするんですか?」

「ホワイト会社に転職します!」

「見つかったんですか?」

 斉藤さんは言葉に詰まった。

「やっぱり。どうせまだ探してもいないんでしょう?」

「そもそも、転職活動をしている時間なんてないじゃないですか! 残業に休日出勤に、家に帰っても連絡のやりとりとか、作業もしなきゃなんないし」

「ていうか、こういうやりとり、いつも斉藤さんとしている気が」

 ヤマダさんはPCを閉じて、立ち上がった。

「結局、斉藤さんは変わらないないですよ」

「あしたもヤマダさんと同じ会話をしているかも」

 ヤマダさんは荷物をまとめて、帰り支度をしている。

「では、短いあいだでしたが、今までお世話になりました」

 ヤマダさんの発言に、斉藤さんは困惑した表情を浮かべた。

「今日で退職するんです」

「えっ!」

「ホワイト会社を見つけましてね。ひそかに転職活動をしていました」

「そんな……」

 斉藤さんは悲愴な面持ちで見返していたが、ヤマダさんは構わずドアへ向かった。

「残るにせよ去るにせよ、斉藤さんもがんばってください」

 ヤマダさんは軽く頭を下げ、出ていってしまった。取り残された斉藤さんは脱力し、背もたれに身をあずけた。しばらくのあいだ、抜け殻のようであったが、やがてその目に光が宿ってきた。

「今度こそ……今度こそ、絶対に辞めてやる!」

 斉藤さんは決意を新たに立ち上がった。

 そこへ社長が入ってきた。零細企業のやりくりで、やつれきった顔。

「斉藤さん、クライアントに渡す資料を作っておいてくれない? ヤマダさんが途中までやってくれたんだけど」

 社長はサンプルを差し出してきた。

「ヤマダさんの分も期待しているからね」

 思わず受け取ってしまう斉藤さんだった……。


                 (了)

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