P012 タブレットの調子が悪いから見てほしいと隣家へ上がり込んだ時

 タブレットの調子が悪いから見てほしいと隣家へ上がり込んだ時、柊は自室のソファでうたた寝をしていた。読書中だったらしく胸に文庫本を置いたまま、いつもは理知的な彼が安心しきった少年のような顔で寝息をたてていたのだ。


「可愛い……」


 すぐに引き返そうと思ったが、無理だった。写真がほしい、動画を撮って妹たちにも共有したいとポケットをまさぐったがスマホは入っていない。


「ねえ、起きて? 起きひんと、くすぐるよー」


 残念に思いながら遠慮がちに背中をつんつんと突くと、彼のあごに〇・五ミリほど髭が伸びていることに気づいて、朝希子は、いやっと手を引っ込めた。


「やっぱり男の人なんやあ」


 彼が生きていてくれて嬉しい、だから髭も伸びるんだと素直に感激してしまった。


 肉眼ではわからないが今もきっと毛は伸びていて、自分はそれを至近距離で目撃しているんだ、この人と一緒に生きている、と強く思った。


 気づくと朝希子は柊の唇に吸いついていた。


「ん……」

「ごめんなあ、お兄ちゃんほんまにごめんなさい。まひるちゃんも夜ちゃんも。裏切ってほんまにごめん」


 柊が顔を歪ませているのも構わず、必死にむしゃぶりついた。唇がびっくりするほど柔らかくて、神秘的だった。


 かたい体にこんなに繊細なものを隠し持っていたなんて……。

 優しい感触。


 くんくん鼻をこすりつけて匂いを嗅いでいると、柊はまだ夢の中にいるのか、う……、ううむ、と苦しそうな声を出した。


「こら、やめな。夜乃か」


 寝ぼけているらしく、犬でも追い払うように朝希子を邪険に扱う。


 それでも彼にしがみついていると、「もー、やめてってば」と今度は笑いはじめて、その声が密着している朝希子の体にもじんじん響いてきたから、気持ちよかった。


 柊が急に、むくりと起き上がる。


 つられて身を起こした朝希子は、今さら自分のしでかしたことに青ざめた。


「ごめんなさい、あのね……」


 何て言い訳をしたらいいかわからず焦っていると、今度は彼のほうが朝希子の体をごろんと勢いよく押し倒して、上に覆いかぶさってきたのだ。有無を言わさぬほど強い力だったので驚いた。


 まだ半分眠っているらしく、何事かむにゃむにゃ言いながら体をまさぐってくる。その慣れたような手つきに朝希子は戸惑った。


「お兄ちゃん、待って。あの……」

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