P010 叱られているのに本当にどきどきしてしまって、そんな自分に朝希子は戸惑った

 叱られているのに本当にどきどきしてしまって、そんな自分に朝希子は戸惑った。普段は気さくで、笑顔がとろけるくらい優しい人なのに、怒る時は空気がぴりっとするぐらい真剣に叱ってくれる。


 実は王子様っぽい外見はただの付属品で、彼の真の魅力はこの甘さと厳しさの二面性にあるのではないか。


 そのことに気づいて、朝希子はいよいよ頭を抱えてしまった。


 もうやめてください……、と泣きそうな顔でつぶやく。均衡を破らんとってください。


 三姉妹でいつまでも仲良くいさせてください。

 息苦しいのは嫌。


「あーちゃん、聞いてるの」


 頭上から声が降ってきて、朝希子は飛び上がった。ぶんぶんと大げさなくらい首を縦に振ってみせる。


 柊はたまに自分のことを「朝希子」でも「朝希ちゃん」でもなく、「あーちゃん」と呼んでくれることがあるのだ。なぜか二人きりの時に、さりげなく。


 柊はまだ怒っていて、朝希子の発言は朝希子自身のためにもならないよと諭していた。頷きながら朝希子は完全に上の空だった。


 その目線を追うように彼が顔を上げると、尖った喉仏が目尻の端から朝希子の視界に滑り込んできたので、ひゃっ、と声が漏れそうになった。


 指で触れてみたい。


 だが長女の朝希子に抜け駆けが許されるはずもなく、必死に耐えた。


 大らかな性格なのに、喉仏はあんなに硬く尖っているなんて……。これも魅力的な落差のひとつだろうか。


 ぱくっと口に含んでみたら、どんな気分になるのか。味は? そんなことを考えて一人で口をもごもご動かしてみたが、自分の体にあるかなきかの存在が感じられない部位だから、よくわからなかった。


「お兄ちゃんは朝希子のこと、どう思っとう?」

「どうしたの、急に。好きだよ」

「好きって、どういう意味の好き?」


 突然問われて、柊は面食らっていた。


 どういうって……、と言ったまま目を泳がせている。彼の顔が薄っすら赤くなっているのがわかって、朝希子の頬も熱を帯びていった。


「大切に思ってるよ。じゃないと叱らないよ。言い方がきつかったなら、ごめんな」


 怒られて落ち込んだと思ったのだろう、心配そうに顔を覗き込んできた。


「朝希子、わかって」


 彼の瞳に今映っているのは自分だけ。


 妹二人のことは見ていない。


 わたしのためだけに叱ったり動揺したりしてくれている。


 朝希子がそのことを意識すまいとすればするほど、心臓が暴れて始末に困った。

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