P009  それは淡路島のおばあちゃまが送ってくれた夏用の麦わら帽子を誰に割り当てるかで三姉妹が揉めた時のこと

 それは淡路島のおばあちゃまが送ってくれた夏用の麦わら帽子を誰に割り当てるかで三姉妹が揉めた時のこと。朝希子だけが彼の厳しい一面を目撃してしまい、動揺したからでもあった。


 欲しい帽子の第一希望は当たり前のように末っ子がかっさらっていったので、朝希子は残り物の中から女優帽のようなシルエットのものを選んだ。ワンポイントに真紅のリボンがついているところが大人っぽくていい。


 さっそく全身鏡に映してチェックしていると、夜乃が駆け寄ってきて、「やっぱり朝希ちゃんのがいい。交換してえ」と馬鹿みたいに大きな声でせがんできたのだ。


「夜ちゃんは橙のお花とレースのついたのがあるやろ」

「そうや。さっき朝希ちゃんの手から無理やり奪っておいて、何やの。行儀悪いで」


 まひるも一緒にたしなめてくれたけど、わがままな末っ子は幼稚園児のようにわあわあと騒ぎながら駄々をこね続けていた。


「嫌や、絶対にそっちがいい! かえて! だってお兄は絶対そっちの色の方が好きそうやもん、かえて!」


 二人で無視していると、さらに興奮した夜乃がしゅーっと威嚇してきて、なぜかまひるのほうに飛びかかると、体に絡みついて締め上げはじめたのだ。


「このだぼ! 毒ヘビが!」


 朝希子が頭をぶん殴っても、「かえて、かえて」と夜乃は顔を真っ赤にしながら次女にしがみついて離れようとしなかった。まひるは顔をしかめて耐えていたが、このままでは頸動脈が圧迫されて死んでしまうかもしれない。


「おまえが死んだらええんじゃ!」


 憤慨した朝希子は、夜乃の太ももを肌がちぎれるぐらいぎゅうっとつねりあげてやった。


「あいたあ!」夜乃は次女を解放すると、涙目のまま、いたっ、いたたたっ、と床をごろごろとのたうち回った。つねった部分は赤く腫れあがっている。


 そこに運悪く、朝希子の折檻を目撃していた人がいた。

 柊だ。


 今まで見たことないほど顔が青ざめていた。


 いつもなら、末っ子をきつく叱っても、「うまく伝わってないのかもな。言い方を変えてみたら?」などと心配そうに助言をしてくるだけなのに、この時は朝希子の腕を性急につかんで、有無を言わさず納屋の裏まで引きずっていった。


「今のは、だめでしょ?」


 こんなに厳しい顔をする柊を見たことがなかったので、朝希子の胸がぶるっと震えた。


「どうして妹にあんなひどいこと言えるの」

「だって、夜ちゃんがあまりにも聞き分けないから……」


 言い訳しようとしても続かなかった。怖いような、わかってほしいような、でも、かっこいい。

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