P006 「ちょっと熱があるみたいです」

「ちょっと熱があるみたいです」


 見ると夜乃は制服姿のまま頬をピンク色に染めてぐったりしていた。


「柊くん、いつも悪い」


 パパは立ち上がり、夜乃を受け取るとソファーに寝かせた。まひるがそばにあったクッションを頭に挟んでやり、キヨさんはスリッパの音をたてて体温計や解熱剤を取りに走った。


「これ忘れて行ったわよ」いつの間にか、柊の母親の理沙りささんまでリビングにいて、制服のスカーフを差し出している。


 ママは礼を言って受け取りながら、「ちょっと熱いかなあ」と夜乃の頬を優しくつまんだ。山井さんはいつでも病院に行けるように一度車庫に入れた車をまた玄関先に出しに行った。


 家族総出で心配されても、夜乃本人はけろりとしており「お兄、まだ帰らんとってなあ?」と彼のシャツの袖をつかんだまま離さない。


 朝希子は内心、「またやで」と毒づいていた。


 夜乃は大変なくせ毛頭だが、顔立ちだけは可憐な美少女そのものだった。西洋人形のように目がまん丸で大きく、まつ毛も長くて、唇もさくらんぼのように赤い。家族や周囲の大人たちからも一等可愛がられ、姉妹の中でも特に甘やかされて育った。


 だからなのか、昔から持病もないくせに妙に虚弱体質ぶるところがあるのだ。


 末っ子が体調を崩したと騒ぐたびに柊が心配して顔を覗き込んだり、額を触ったりして世話を焼こうとするから、朝希子の心境は複雑だった。


 そうでなくても夜乃は三姉妹横並びのルールをすぐに忘れてしまう。


 今も朝希子たちの目を盗んで隣家に押しかけ、彼を独り占めしようとしていたではないか。


 朝希子はソファに寝かされた夜乃の手元を凝視していた。柊のシャツに皺がつくのも構わずにグーの手で袖を握りしめる末っ子の無神経さ。憎らしい。

 自分だって我慢しているのに、ずるい。


 そう思う反面、自分の気持ちにまっすぐ生きられていいなと羨む気持ちもあった。消極的な性格のまひるも同じ思いだろうか。


 なぜ三姉妹は、特に自分と夜乃は、一卵性の三つ子でこうも対極にいるのだろうと朝希子は時々悩んでしまう。


 ママの証言では、乳児の頃の三姉妹は家族でも見分けがつかないほどそっくりで、眠るのも起きるのも排便も全て一緒のタイミングだったらしい。


 一斉にぱたりと眠りに落ち、同時にぱちっと目を開けたかと思うと、やはり同じタイミングでわんわん泣き出したり、笑い出したり、オムツが臭ったりした。


 それが今では柊への思い以外は何もかもが別方向なのだ。

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