P005 だが沸き立つ気持ちと同じくらい、不安にも襲われた

 だが沸き立つ気持ちと同じくらい、不安にも襲われた。


「……お兄ちゃん、ほんまは誰のことが一番好きなん?」


 他の二人に聞かれないようにそっと耳打ちすると、「また今度、朝希子にだけは教えるね」と柊はとびきり優しい手つきで頭を撫でてくれたのだ。


 疑惑が確信に変わった瞬間だった。



 やっぱり柊お兄ちゃんは、わたしのこと……。


 残り二人の手前我慢しているのだ、絶対にそうだ。

 朝希子は全身の力が抜けて、その場で崩れ落ちそうになるのをがくがくした脚で必死で堪えた。


 長女の自分が気をしっかり持たなければならない、と思った。


 目を閉じ、柊を中心に三方向から朝希子たち姉妹が平等に手を差し伸べる姿をまぶたの裏に思い浮かべる。


 今のところ柊は三姉妹に序列を作らずいてくれるが、この先はわからない。自分が中心となってこの結束を守っていこう、妹たちを取りこぼさないよう必ず、と誓った。


 あの時の脚の震えは成長した今でもはっきりと思い出すことができる。



 リビングで出張帰りのパパを囲んで談笑していると、夜乃の姿がいつの間にか消えていることに気づいた。


 ママと住み込みで家事のお手伝いをしてくれているキヨさんと一緒に、お土産の小箱に入ったボンボン菓子や乳白色の香水瓶、ローズの飾りがついた髪留めなどを一つずつ品評していた時のことだ。


「ヨーロッパどうやったの」


 いつもは観察眼の鋭いまひるも、四週間ぶりのパパの帰宅に興奮して、夜乃の不在には気づかない。


 帰宅後すぐに飛び出して行ったらしく、末っ子の通学カバンやファミリアのサブバッグはソファーに放り投げたままだった。「もうっ」と朝希子が荷物をかき集めていると、玄関のインターフォンが鳴った。キヨさんが応対に出る前に、無垢板のドアが開く音がする。


「お邪魔します」


 柊の声に朝希子の手が止まった。山井さんに開けてもらったのだろう、彼が玄関を上がる気配がする。隣家と三姉妹の家は自由に行き来できるぐらい仲がいいので、いつもこんな風に気軽にうちに入ってくる。


 わくわくしながら待っていたのに、リビングに現れた柊を見てぎくりとした。夜乃が捕獲された脱走犬のように、彼の腕に抱きかかえられていたのだ。

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