P003 大学近くでマンションを借りている柊が実家に帰宅するのは多くても週二日
大学近くでマンションを借りている柊が実家に帰宅するのは多くても週二日。きょうは当たりの日だと朝希子はにんまりする。
「お兄、無理せんと乗って行けばあ」
夜乃が唾を飛ばしながら怒鳴っている。
この町は高台にあり、どこへ行くにも急勾配の坂が続くため住民の多くは車で移動する。柊だって自分専用の立派な自動車を所有しているはずなのに、軽くて乗り心地がいいからとクロスバイクばかり好んで乗っているのだ。
「それ車に積んだらいいやん! なあ、山ちゃん?」
夜乃の提案に山井もスピードを緩めてくれたが、「いや、いいよ」とだけ言い捨てて、颯爽と走り去ってしまった。
「何やのあれ! 東京もんは気取っとんなあー」
はあ、とため息をつきながらも夜乃はどこか嬉しそうだ。無口なまひるは下を向いて顔を赤らめていた。
朝希子も黙って車に揺られていたけど、「今のはちょっとかっこよかったわ」と彼の表情やしぐさを心の中で何度も反芻してしまうのだった。
東京生まれの柊が隣家に引っ越してきたのは、彼が十一歳で、三姉妹が八歳の時だった。
「柊です。よろしく」
柔らかい声で話しかけられて、朝希子は絶句してしまった。まるでアニメから抜け出てきた王子様のような、美しい男の子だったからだ。
背がすっと高くて茶色がかった髪はさらさら。切れ長の目に鼻筋の通ったクールな顔立ちは、微笑むと目尻が丸っこくなり甘やかな印象に激変する。
「朝希子ちゃんがお姉さんなのか。じゃあ大変だね」
気遣うように言われて、妹たちの、とくに末っ子の世話に手を焼いていた朝希子は、初対面やのにすごない!? と慄いた。
〈こんな魅力的な人、実在するんやね……?〉
朝希子は生まれて初めて男性に対して息苦しさを覚え、助けを求めるために妹たちに目をやった。似たようなことを考えていたらしく、二人とも目をぱちぱちと瞬かせたまま顔を見合わせ、言葉を失っていた。
庭でお互いの家族を紹介しあっていた時も、朝希子たち三姉妹はあんぐりと口をあけたまま彼の姿を凝視することしかできなかった。
〈決めた! うち、この人と結婚するわ〉
〈あほ。抜け駆けはあかんで〉
〈背中の形がかっこええわ〜〉
三人揃ってうつむきながら顔面にぎゅっと力を込めてテレパシーを飛ばしあったことを覚えている。夜乃などは特に興奮しすぎて、前歯がぽろりと抜け落ちてしまったほどだ。
年頃になると三姉妹は、柊を「落とす」ための作戦を真剣に話し合った。
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