第1ー5話:異世界へ(5:回想―4)
会議が終わり、会議室は、窓から差し込む午後の日差しが、部屋の静けさに緊張感を与えながらも、心地よい空気に包まれていた。
志朗は、この会社で長年、物流のキャリアを積み、的確な指示と実績で信頼を勝ち取ってきた。
彼の手元にはタブレットが置かれており、各地の倉庫や配送センターの稼働状況、物流ルートの効率など、リアルタイムで更新されている。
その情報を見ながら、志朗は状況を確認していた。
しかし、ふと何かが頭をよぎった。
(これが本当に最善か? 他にもっと効率的な方法があるんじゃないか?)
日常的に行なっている会議、積み重ねられる実績と成功と失敗。
効率を追い求めることに何の違和感もなかったが、次第に心の中に違和感が広がり始めた。
いつからだろう、志朗は自分の仕事に対して熱意を失いつつあることに気づいていた。
(本当にこれが俺のやりたかったことなんだろうか?)
志朗は一瞬、過去の夢を思い出した。
「エンパイア・ロジスティクス」に入社し、物流の効率を徹底的に改善するために働くことを誓ったあの日。
目標は、物流現場で働く人の安全と健康を大切にして、効率的な物流システムを作り上げることだった。
そして、物流の本質に迫り、もっと自由で革新的なシステムを作ることが彼の夢だった。
志朗は大学で経済学を学び、特にサプライチェーンマネジメントや物流システムに強い興味を持っていた。
彼は大学院で物流効率化の研究を行い、最新のIT技術を使った物流システムの構築について論文をまとめた。
その後、エンパイア・ロジスティクスに入社し、新しい物流ネットワークの構築や、倉庫管理システムの導入に携わることで、企業の効率化に貢献することを夢見ていた。
入社当初は、その情熱と知識を活かし、いくつかのプロジェクトで大きな成果を上げた。
志朗は常に現場に出向いて、作業の無駄を洗い出し、業務フローの改善に努めた。
その結果、いくつかの倉庫では配送効率が劇的に向上し、彼の名は社内でも徐々に知られるようになり、数年後にはプロジェクトリーダーに抜擢され、新しい倉庫管理システムの導入を指揮するようになった。
しかし、プロジェクトが大規模になるにつれて、志朗の業務は現場からデスクワーク中心に変わっていき、次第に彼の仕事は、具体的な現場改善ではなく、会議や書類の山に追われる日々に変わっていった。
(こんなはずじゃなかった……。)
志朗は、日々の業務に埋もれて、自分が望む理想の状況とは遠くかけ離れていく事を感じてはいたが、どうすることもできずにいた。
最前線での仕事を志したはずが、現実はクレーム対応や効率化を求める管理職としての日常になってしまっていた。
それでも、いつか再び現場に戻り、自分の理想を実現したいという思いは消えずに残っていた。
(このまま同じことを繰り返して、事務所で、ただ数字を追うだけの仕事を続けるのか?)
志郎は自問自答を繰り返した。
自分が本当にやりたいことは、ただ目の前の問題を解決することではない。
自分が理想・目標とする物流システムを、一から作り上げることをずっと求めていたはずだ。
志朗は、オフィスでの会議を終え、心の中に葛藤を抱えながら、車で荷主からクレームが頻発している倉庫へと向かった。
車の窓から外の景色をぼんやりと眺めながら、彼はふと胸の奥に湧き上がる不安感を押し殺そうとしていた。
(このままで本当にいいのか……?)
かつての情熱はどこに行ってしまったのか、志朗は自問自答しながら運転を続けていた。
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