ドニャ・キホーテ
第31章 日出処の貴婦人たちを連れたドニャ・サンチーオに依る偉大なる勲功が宣されるが、此れが獅子の騎士がブリアレオスに喫した敗北の敵討ちを企図したものか然らずば純然たる偶然かは扠置き、概ね七倍の(後略
第31章 日出処の貴婦人たちを連れたドニャ・サンチーオに依る偉大なる勲功が宣されるが、此れが獅子の騎士がブリアレオスに喫した敗北の敵討ちを企図したものか然らずば純然たる偶然かは扠置き、概ね七倍の(後略
LA INGENVA HEMBRA DOÑA QVIXOTE DE LA SANCHA
清廉なる雌士ドニャ・キホーテ・デ・ラ・サンチャ
Compuesto por Salsa de Avendaño Sabadoveja.
POST TENEBELLAS SPERO LVCELLVM
A Prof. Lilavach
Los personajes y los acontecimientos representados en esta novela son ficticios.
Cualquier similitud (o semejanza) a personas reales es involuntario (o no deliberado).
第三十一章
日出処の貴婦人たちを連れたドニャ・サンチーオに依る偉大なる勲功が宣されるが、
此れが獅子の騎士がブリアレオスに喫した敗北の敵討ちを企図したものか
然らずば純然たる偶然かは扠置き、概ね七倍の腕を持つ巨人を討ち取ったのである
Capítulo XXXI.
De donde se declaró una gran hazaña adonde doña Sanchío con las nobles del naciente,
tratando de vengar la derrota del caballero de los leones contra Briareo o como alternativa de pura casualidad,
venció al gigante con los séptuplos manos más o menos.
さてもその後十の目光る
無論彼の地は最早、《
尤も足下を這いずり回る猫が四匹であろうが四千匹だろうが、遥か数十
それはまさしく
以上に記したような如何にも
「ああ何かで見たことあったわ」先頭を歩くギネアのペルーサが目を凝らしながら口火を切った。「アレだ、サンシャインなんとか」
「背ェ
「池袋じゃねえから――つかお前ぇが言うな」
「チヨさんドニャ・キホーテ様の従士としては」エル・トボソのドゥルシネーアが思わせ振りに話を振った。「色々と思い当たる節があるのではなくて?」
「節ですか? フシ……フジなら富士山でしょうし、ニシンだったら三より八なんでしょうけども[訳註:第十三章では千代「不死身じゃないんですから」花「富士見といえば」という遣り取りがあるが、ここでは《二四》をフシ・フジ・ニシと読み分けている]」在りし日のラ・マンチャの騎士がコンスエーグラで遭遇した風車の冒険を富士の裾野で主人から聞き及んでいた猫の従士は[訳註:勿論ドゥルシネーアは風車と観覧車の相似を指摘した訳なのだけれど、実際には劇中に於いてドニャ・キホーテが従者の前で《風車》という単語を口にする場面は一度も確認されていない]、中学校で受験する考査の最中を除いて頻繁に発揮される持ち前の記憶力を総出動させ、何とかして主人の想い姫への気の利いた返答を探し求めた。「――ハチ、ああ発症とか重症とか……そういやそんな中二病の――中三症?の話をなさっておられたかもしれませんな」
「八章……そのくらいか」
「あっ、あん時ハチにこだわってたのがあん直後に蜂の騎士を襲名する伏線になってたんかな今思えば……」
「何?」
「いやいや」アシナガバチは兎も角狂犬ジョリーとの戦闘などは、沼津の浜辺での水難同様口端に出さぬに越したことがない。「なん――南方の巨人だか北方の巨神兵だかを」
「部長、そんでメガトンカエルというのは?」
「何それ?」
「ウシガエルってのは聴いたことあっけど、ゾウガエルってのもいるんすかね」
「やお前メガトンって何キロか分かってんのかよ」
「そ――そりゃ豚の品種によって重さもマチマチでしょうからまずはそれを指定してくんないと。黒豚とか金華豚とか、あと何だイベリコ豚とかあんでしょ」
「ワレナベニトジ豚とか?」[訳註:《
「まあ普通は百グラム単位だろうしな」
「いい加減になさいな、姫君は巨人のことを仰せなのです」
「ああヘカトンカエルってことか」千代が割って入ったことで発言者本人も己の意図を思い出したようだった。
「ああはいはい、グルグル回ってるからか」恐らく小説『ドン・キホーテ』は未読にせよ、ドレの挿絵くらいは何処かで目にしていると思しきミコミコーナがいち早く勝手に得心して口を挿んだ。
「行っては帰るというわけですな……」訳知り顔で何も理解していない従士が話を繋ぎつつ以下に続ける。「やはりゴジラサイズの化け蛙なんですかね、ドゥル姫様?」
「アレはねえ……ヘクトだから多分手が百本あるとかそんな巨人だったんじゃないかな」
「明らかに多すぐる!」例えば
「私は死んでもおかわりするもの」[訳註:《
「お前もクローンのくせに食への執着ハンパないな、
「腕は百本で頭が五十個付いてるんですよ確か」
「きっしょ!」目が四つ程度ではとても
「ええっと、スキュラ?」
「スキュラっすスキュラ、アレもキツいけどナンボかマシでしたよね」スキュラの腹部から生えた犬の首は一般に六頭分とされる。「その人は手術かなんかで五十人に分割してやれば丁度計算が合うし生活もしやすいんじゃないのか?」
「いやギリシャ神話とかの時代にそんな外科手術可能な医療技術は望めねえだろ……カエルの解剖じゃねんだぞ」
「ああ……」昨夜名古屋港を望む橋の上から眺めた遊園地の
「でもシャルドネ姫、ドンキのジッ様が特攻した風車ってアレ三枚かせいぜい四枚羽根とかでしょ?」カンポ・デ・クリプターナに立ち並ぶ風車群の羽根は四枚である。「流石にハンドレッドハンドは盛り過ぎじゃござんせんこと?」
「ミコ姉さん《ハンドレッドハンズ》な」
「うっせえな韻を踏んだんだよ、あと
「は?……あっ、109って
「いや知ってたしそれよりこれから新宿南口歩く度に腕が百九本ある巨人を想像しちゃうじゃねえかよ。奇数でバランス悪いし」109の巨人にご興味お有りの読者諸兄は渋谷駅のハチ公口を出て件の交差点の前で空を仰ぐと好い。「……あっと姫様すみません」
「え?――ああ、」アフリカの王女の問いを無視した形になっていたことに気が付くドゥルシネーア。「でもまあ千手観音も千手ないですよ」
「おいJARO!」
「というかたしか左右……何本だっけ、多分二十本ずつプラスこうやってる手二本だから、実際には四十二本とか、少なくとも五十本は生やしてらっしゃらなかったかと」
「てことは経歴詐称というかプロフ詐欺とゆか――過大申告?の比率でいえば観音様といい勝負か」ミコミコーナは徐々に近付く巨大な車輪を見遣りながら以下に続けた。「その点観覧様の方は結構頑張ってるんじゃね……でもまァ百はないかな」
「
「ムカデは百本足って書くんだっけ?[訳註:西語でもムカデはciempiés《
「ゴンドラで数えたらそうですけど中央から伸びてるアレ何だ鉄骨?の本数なら案外イケるんじゃないですか?」何故か千代が食い下がった。まるで現行の章数の水増しを要求したドニャ・キホーテが乗り移ったかのようではないか!
「どこにイクつもりなんだか……まァじゃあメガネ、何本生えてるか数えてみ」
「ア、アタイがですか?」
「いや心配無用だ。かのテムズ川河岸にて鎮座ましましのロンドンアイ先輩だってアイってくらいだから目はひとつだろ」成る程そうなるとオディーンや
「なる……なんだか知らんがとにかく分かった」
以上のような、若しくはそれに類する遣り取りを交わしている間も猫の道を進む四匹が皆大通りの南側にばかり気を取られていたが為に、誰一匹として自らの直上を仰ぎ見る者が居なかったとすれば、それこそが日輪が如き
四つの目が車輪を半周した辺りで、その下にある唯一の口が唐突に叫び声を上げた。
「えっ、アレ何かコラボしてる?」単騎で数歩前に駆け出す馬場久仁子。「あっ、あはっ、チヨさんチヨさん!」
「急に走り出すなよ、何だ?」
「彼――つか彼ら! 回されてますよ!」[訳註:第二十四章では「
「何言ってんだお前」
「白昼堂々どうしようもないな盛りの付いたメガネは……」慥かにこの場にあの風流を解する赤き蜂が居れば、
「オノダクーン」
「いやメガネチビに自己紹介されましても」小野田くんというのは主人公の名で、小柄で丸い眼鏡を掛けた
「サンシャインを名乗るだけあってやっぱ女ヲタ寄りってことかいな」音楽に通暁しておられる方ならモーツァルト作曲の『
「何が?」
「腕やろがい」
「あっそだった、やり直しじゃん」気が逸れた故に数えた数を忘れてしまったようだ。
「今度そのアニメキャラみたいなテヘペロしやがったら舌噛み切らせますから、先生ちゃんと言いましたからね?」[訳註:《
「やだって回ってるから……どっからどこまでだったか数えんのムズくね? ムリくね?」
「折角絵が付いてんだから好きなキャラ起点にするとか色々あんだろ」
「天才か」
「いやクルクルパーなりに頭回しなさいな」ミサ通いする中で激しく頭を回し続けたが為に馬場嬢は
「いやあんま弱ペダ知らないんですけど何すかサンチョガクて」そもそも従士が箱根を越えたのはドニャ・キホーテの供としてであって、この四つ目などはつい数時間前に東海道新幹線に揺られながら低地を通過しただけだろう。「第一私が乗ってきたのはあくまでロバですから」
「そんなあくまで羊ですからみたく言われても」因みに千代さんの兜の号は《
「ヘカトンケイル」とドゥルシネーア。
「――のメガトンパンチを交わしつつインポフグリフォンの尻に鞭打ってでも突撃せずにはおれんでしょうな」
「ダンナに今必要なのはグリフォンよりテレフォンですよ」
「お馬さんはお城に置いてお出になられたご様子ですし」エル・トボソの一言に反射的に身を竦める猫の従士。
「じゃあ鉄骨のどっかに引っ掛かってるってこともないか……いや地上からじゃいくら背が高かろうが届かんわな」この観覧車は乗り場が建物の三階にあるようで、則ちぶらりと百本の腕の内垂直に垂らした一本の最も低い位置(
「それは――そいつはどうでしょうね……」そうしらばっくれた千代ではあったものの、彼女には主人の圧し折られたデュランダルテが大車輪の鉄骨の隙間はもとより、賢人フレストーンの魔術で風車へと変化させられた巨人の腕四本の内の一本に張られし
「でかいマートはスカイボートというらしいっすよ」横からニコが携帯の検索結果を報告する。
「スカイでもスイカでもいいけど何本あったんだよ結局」
「うん二十八プラマイ2くらいで」
「なぜ誤差が出た」
「とにかく伸るか反るか、乗ったかそっぽ向いたかは別にしても」腕を二十八本(千代の提案した算出方法に則れば五十六本)前後生やした巨人が愈々以て眼前に迫り来ると、ドゥルシネーアは一行の進退に於ける
「ドルシャネ様のおっしゃる通り――あっ期せずして信号が青になったぜ、渡ろ」本来の目的を失念したミコミコーナは年弱の三人を引き連れ、横断歩道を南へと渡り始めた。「スカイツリー並に高かったらアレだけど、全員でツリー一本分くらいの高さだったらアシがドラゴンドラおごったるよ」
「おおっミコミコ姫太っ腹!――否、太っパイ!」《
「幾らだっけアレ……たしか二千円くらい取られた気がする」
「たっか!」エッフェル塔の
「しかもそれ途中までな。一番上の展望台?に上がるには更に千円徴収……だったよね?」
「まァバカと金持ちは高いとこが好きと申しますしな……」
「ババちゃん達も遠足で行ったことあるんじゃない?」
「ああでもギリ小学生だったと思うんでその半額くらいじゃないすかね」高々二三年前の話である。尤も千代ら
「日陰~~」
「サンシャインだかアシュラマンだか知らんが」先陣を切ったアフリカの王女が屋外に設えられた電動階段に一歩踏み出す。「地獄のコンビネーションも余と姫のドゥルシネーションの前じゃ屁の突っ張りはいらんですよ」
成る程阿修羅といえば
《
「ああ二階にSKEのシアター入ってんだ」SKE48とは名古屋市栄を拠点に活動を行っている女性偶像集団であり、嘗て芦屋湖から沼津に下る夜道にてあの烏小路石松が俎上に上げた秋葉原のAKB48の姉妹団体である。[訳註:第七章で学士が列挙したのはあくまでAK47及びAKO47であり、特に後者は墨田区両国を中心に活動した兵庫出身の
「う~ん好きな子もいますけど、何となく小学生以下の女の子と中学生以上の男の人をメインターゲットにしてるようなイメージですね」
「まァ中高生は同性のタレントだったらもっと読モとかそういうの見るか」
「ミコ姉さんは可愛い女の子も好きなんなら詳しいんじゃないんですか?」
「いや数多過ぎっしょ、あん中から好みの子探すのめんどいし」何でも団体毎に四十八人の正規要員が登録されていると謂う。学士が《
「あ!」
「なんやねん」御子神が隣の美少女の肩――若しくは腰――に回そうとした悪しき指先を引っ込めながら振り返る。
「いや……だから、四十八人居りゃ腕は九十六本だろうし」
「ああ、ほぼほぼあの――ソレ、ヘノカッパカエルか」
「ヘカトンケイル」
「それ、つまりこのサンシャインにせよスカイナントカにせよ名実ともにそのケイルの一味であることが明らかになったからには、――着いた」電動階段の終点たる三階に降り立つ王女。「我等がドニャ・キホーテが喧嘩仕掛ける大義名分も充分ってこってすわね」
「決闘ね」
半坐千代の慧眼に拠れば、
四匹の猫は音もなく自動扉を潜った。
「中ツタヤじゃん……おお、ポップでか」ツタヤとは書籍・音楽・映像・電視遊戯商品等の販売や賃貸しを手掛ける日本最大手の連鎖店である。店名の由来は写楽の
「あ、ミコさん今日トウドウ・ジンパチの誕生日なんだって」
「またジンパチかよ! この街にはパチプロしか住んでおらんのか?」箱根の高校生東堂尽八も恐らく忍者の根津甚八も、取り分け名古屋に所縁ある人物ではないだろう。[訳註:但しサンシャイン栄を運営している企業の親会社たる京楽産業は
「チヨさ~ん、指差すやつやって~――って指紋付けるなってアレほど!」
「言われた通りにしたのに」従士の脳内では《
「あでもナルシスト山神のポップないよ」訪れた愛好者が各々の贔屓と並んで記念撮影できるよう、人気の高校生自転車乗りの面々を印刷した等身大の看板がひとりひとり陳列されているのだ。
「いらないよ」
「ヤマガミさんならミコガミさんとも昵懇の仲なんじゃないですか」従士は足を止めた王女たちの背後から、如何にも関心の薄そうな声音で口を挿んだ。「知らんけど」
「マキちゅわ~~ん!」
「ミコマキガミ?」
「うっざ、同じワカメならウテナに出てくるワカメになるわ」
「パンチラの?」
「アレはパンモロだろ」サザエさん(原註:第十四章のうなぎ屋での解説に詳しい)の年の離れた妹である。「河童もオカッパも今日は看板におじゃる」
「おっしゃてる意味がワケワカメヘアーです」[訳註:『弱虫ペダル』に於ける東堂尽八の好敵手・巻島と、慢動画『少女革命ウテナ』に登場する剣道部主将・西園寺が共に波状にクセの掛かった緑色の長髪であることから。但し『弱ペダ』に於いては手嶋や御堂筋など他の登場人物をワカメに擬える例もある点に注意]
「訳分かっとるやないかい」――とここで、屋内に入るや中学生ふたりと不毛にじゃれつく己の稚気より我に返った御子神嬢は、彼女ら
「弱ペはジャンプじゃないよ」
「――え? ああ、少年漫画はあんまし知らないですね」
「あっじゃあ東堂いづみの方か!」[訳註:プリキュア連作を始めとする東映動画制作作品群の原作者名義だが、その実態は社内で使われている共同筆名である]
「それ多分なかよしですね」
「詳しい! まァワカメヘアーなら女子にもちゃんとみちる様という……」ミコミコーナは他愛ない会話の最中も、ドゥルシネーアが窓の外から視線を外さないことに今更ながら気が付いた。「何見てんの?――っておい!」
「どしたマキちゃーん?」
「うっせ三下ビジュアル、外見てみ」マキマキーナは麗しきドゥルシネーアの視線の先を靭やかな人差し指で指し示すと、然も不本意という顔でこう付け加えた。「やべ指差すやつやっちゃった」
「おっとおいおい真下通ってて気が付かんかったのかよ!」
「いやお前もな」北側に張られた一面の水晶板の向こう、利用客が乗降する為に一番低い位置まで到達した、回転する女巨人のこれまた硝子張りの拳――或いは顔――を透かして四人の十の眼に飛び込んできたのは、散策の終点たる《驚安の殿堂》だった。
何のことはない、彼女たちは
「しっかしよりによって真ん前とはな。灯台下暗し、一寸先は闇堕ちとはこのことよ」
「ドンキホーテと観覧車の巨人が面と向かって睨み合ってるとなると……」姫は言葉を濁したが、推し量るに殿堂の中の阿僧祇花を幻視したのだろう。元より蜂の騎士とて(もしこの界隈を通り掛かっていたら)獅子の騎士が瞼の裏に浮かんだに相違ない、それくらい感慨深き
「ペンギン目ぇ
「まァメドゥーサを相手取ったペルセウスの例もありますでな」千代がいつ調べたものか、主人のような口振りで人鳥を擁護してから以下に続けた。「このフロアにおられんようならブラついても時間の無駄でしょうし、下りて向かい入りますか?」
「うーん、ま闇属性の一寸法師じゃあるまいし敵の腹ん中入り込んで中から傘でチクチクなんて卑怯な真似はしそうにないしね」
「あの方は有名無実と申しますか無実であることでも有名な高潔な豪傑ですから、正々堂々正面から戦いを挑まれるでしょう」想い姫の手前出来る範囲で騎士を持ち上げる気前の好い猫の従士。「もっとも私のような
「落語はもういいから、とりま出よう」王女は
「ひとり五百円です!」
「あ? お前ら下々なら兎も角うちら王族にゃ最低五百億は積んでもらわねば」現代日本では
「――じゃなくて、四名様で〆て二千円になります」
「ああ……乗りたいのね」頼まれてもいないのに自分から買って出た条件である。大アフリカを担う身としては如何に他愛ない約束事であれそう易々と反故には出来まい。「アシどっちかてぇとハイキュー派なんだけど……よろしいですかスイーツ姫?」
「スイーツ……」
「スイーツかっこはじらい姫」[訳註:「
「恥じらってはおりませんけど……この大きさなら一周十分かそこらでしょうし、いいんじゃないでしょうか」寛容なるドゥルシネーア。「あっ私の分は払いますよ」
「いいって、握手券よか安いし」無料の接触など存在しない![訳註:英語の諺«there ain't no such thing as a free lunch.»の
「ホイきた」紙幣を受け取るや再度乗り場近くへと駆け去るニコニコーナ。
片やミコミコーナは「本来なら私のこの子に対するお熱病の研究に当てるべき資金だったのだが[訳註:著者は《
「やれやれ、この様が我が主の目に触れた日にゃジェラシックパークの哀れなヤギヤギーナよろしく無残にむさぼり食われて――」
「おい怖いこと云うなよ」
「――食い千切られたその美脚の一本だけが宙を飛びゴンドラの天窓にドカンとぶつかるのを我々三人(原註:ミコガミを除く)は目撃することでしょう」
「ジェラ紀は一億年前のオワコンだろが」《
「まだ言ってる――壁に耳あり障子に花ありですぞ」
「匂い嗅ぎたい……つかなんでアタシここ数日の間で急激に百合キャになってんだ?」
「でもアレってほとんどが白亜紀の恐竜なんですよね出てくるの」
「ドルシネーアは吐く息も甘く蕩けるようじゃて」[訳註:《
「コスプレ写真見てるだけじゃこの変態淑女感は伝わりませんでした」尤も際どい衣裳を好んで着熟していた旨は静岡の銭湯前にて語られている。[訳註:第十一章にてその一枚を垣間見た花は「破廉……晴れやかな」との所感を述べた]
「姫には秘めておいてね……お帰り」まるで
「これがチケ的なもんです」
「うん、日本語しゃべれ」
馬場久仁子はそれ以上の
それぞれが屋外に通ずる改札口に硬貨を投入すると一回毎に
「こちらご搭乗記念のしおりになりまーす」
「あっどもー」改札を抜け、自動扉を潜ると今日何度目かの熱風に晒される。「おうふ、緑じゃなくて赤頭じゃん……メガネは誰だった?」
「めがね」
「メガネがメガネ引いとる!」主人公が描かれた栞を引き当てたようだ。今にも笑い転げんばかりのミコミコーナ。「ランダム配布じゃなかったんかい!」
「ババちゃん私のあげるよ。今日お誕生日のジンパチ君だった」
「ヒーメヒメッ!ヒメッ!スキスキダイスキ――」
「いえ、それは姫ご自身でお持ちくださいませ」差し出されたニコの掌の上に蓋をする形で猫の従士がその手を覆い被せた。「その護符がパチの騎士の呼び水になるやもしれません」
「ぱち侍じゃないんだから」
「ご希望のゴンドラありましたら指定していただけますよー?」と別の係員。
「いやうちら別に推しキャラとかいないんで」ギネス[訳註:原文まま]の王女は次に乗り場へと滑り込んできた――否、直下へと振り下ろされた女巨人の拳のひとつを指し示すや以下に続ける。「あっワカメ行っちゃった……じゃあのキモキモの人でいいです」
「よりによって! あと二――」慌てて備え付けの
「ちっしょうがねえなあ……いいですか?」
「大丈夫ですよー。ではもう少々お待ちくださいませー」偶然利用客の少ない時間帯であったのが幸いしたようだ。混み合っている中で人気男子高生を指名しようものなら何周待たされるか分からなかったところである。
「すいません」
「パイセンはジンパチよかつぼ八とかたこ八の方がお好きなんでしょ」
「たこ八ってタコ焼きだっけ?」
「タコッパチはデコッパチ?」ニコの問い掛けを聞き、寄り掛かっていた硝子窓から徐ろに腰をもたげる王女。「やめやめてっ、おでこ広がる!」
「デコデコーナ」
「さんを付けろよネコ助野郎」
「やっぱりジンパチ君だから八月八日なんですかねえ」安藤部長の何気ない一言は従者をして八王子で交わされた主人(と鎌倉の少女)との馬鹿馬鹿しい謎解きを思い出させしめたに相違ない。[訳註:第四章、庵堂玲愛の口癖と誕生日が相関した件を参照されたい]
「あれ、母の日って八月八日?」
「お前ぜってえカーネーションとかあげたことないよな」
「母の日パパの日ババアの日」
「一日で家族半分分済ませんなよ」取り分け
「昼ちょい過ぎるか」
「十五といや」とニコ。
「盗んだバイクで走り出す?」
「そうそれ――いやバイク盗まないですけど」
「バイタは舎弟さんの家から何も盗んでないでしょうね?」
「誰が売女だ、そのチケット[訳註:恐らく搭乗記念しおりのこと]は学生アルバイターの血と汗と涙と鼻水の結晶だぞ」
「いかがわしいバイトじゃなきゃいいけど」猫は小猿に向き直った。「――で十五夜が何?」
「今月のババニコの誕生日(原註:千代や久仁子は
「興味なすぎていまいち曖昧なんですが私の記憶ではお前さんの誕生日来月では?」
「ちっちっチヨさんの云ってるのはあくまで誕生
「月命日みたい……」[訳註:《
「分かりた。じゃあ今年からは私も更に一歩進んでニコの誕生
「月日、月日だけでいいっす!……エロガッピもそう思うよね?」
「やだな、カッピカピにしてそう」
「ガッピーバースビー」[訳註:《
「ご用意よろしければそろそろこちらにてお待ちくださいませー」
「ほーい」粉挽き女性の誘導に従い四人は、遂に桟橋の間際まで追い込まれる。「――あれ、サンチョは腰の孫の手を抜かんでよいの?」
「なんで?」
「いや巨人のお腹を突き破るか食い破るかして脱出すんでなくて?」
「マーゴの手はそんな鋭利じゃないし私もエイリアンではない!」
「タコ足のエイリアンって火星人限定なの?」
「そいやタコで思い出したけど、ハナちゃんがガラガラッて風呂屋の引き戸開けて入ってきた時にさあ……」[訳註:第十章、主従が御子神と邂逅した件を参照]
「風呂屋ってまたずいぶんと太古の記憶を掘り出してきましたね」
「やあやあ我こそはみたいな感じで剣抜いて」立ち上がって透明のドゥリンダーナを構えるMICO☆MICO、流石に外連味ある
「人聞きの悪いことを申されますな」高倉健といえば日本を代表する任侠映画の名優であったが、奇しくも二〇一四年十一月に惜しまれつつ
「クラーク・ケントって北海道かどっかでこうやって」今度はニコニコーナが腰を上げ、有名なアメリカ人教師の銅像を真似てか物憂げな視線を浮かべつつ遠く地平線――街中でそんな物が見えるかは兎も角――を指し示す。「あっ指差すやつやっちったてへ」
「ボーイズ・ビー・シドビシャスだっけ」
「悪の道にいざなってどうする」よりによって
「ははそっちのが中二っぽい、ラッパーか」
「はいお足元お気をつけくださーい」女巨人の百ある拳――或いは五十の大口――の内のひとつが音を立ててあんぐりと開かれた。
「どもー。ささ姫、このミコミコーナの手をお取りくださいませ」
然もあれ大ミコミコンも恐れ知らずが過ぎはしないか? 以上のように千代をけしかけておいて素知らぬ顔を決め込むとは……! というのもあのセビーリャだかシエナだかの
考えてみれば如何に
「お、涼しい涼しい」
しかもその顔は一台につき南北にひとりずつ印刷されている筈なので、五十の頭というエカトンキロスの要件も満たしている。[訳註:当時の写真を見ると、実際には片面に二名の人物が描画された吊籠もあったようだ]
「いってらっしゃいませー」
「きまーす……」
「ずうずう弁はそちどもの方じゃろう、よもや王権神授説を知らぬとは申すまいな」不安定に揺れる四人乗りの小舟の中で踏ん反り返る王女は、あろうことか傍らに腰掛けたドゥルシネーアの肩に手を回す横暴振りを見せた。「神々に選ばれたる我ら
「おっと……」
「何が下々ですよ」四肢を突っ張り
「うちらシモネタなんか嫌いだもんね~、カミネタしか食わないもんね~」
「じょ、上ネタじゃなくて?」ネタとはタネ《
「えっうちがシーモネーターの横?」
「まあシモネッタ・ステファネッリよりはシモーヌ・シニョレの方が好きですけど」
「シモネッタって人の名前?」
「それ見たことか、ドニャ・キホーテの
「そんな尿漏れみたいな派閥があるかよ」
「ほら、ミコミコーナ様はシモネッタどころかもうフォルティッシモですから――いやそんなんじゃ生ぬるい、プリンセス・フォルティッシッシッシッシモ」
「そんなすべてがFになるがあるか!」fffffともなれば
「二等分しようとするから話がおかしくなるんよ」千代の背中を見上げていた四つ目がその裾を引きながら冷静な解釈を物する。「部長とそれ以外、もしくはハナレン――いやレンハナとそれ以外の愉快な仲間たちと考えるべき」
「いやそりゃそうだけど……」外見だけなら御子神が垣根を飛び越えてしまうことはふたりの従者も認めていた事実であり[訳註:第二十五章の駐輪場前での遣り取りを参照のこと]、ここは彼女をこちら側に引き摺り下ろせただけでも良しとするよりあるまい。
「そうだよ、ニコニコミコミコと来たらサンチョはシコシコーナだぞ」
「しこしこ! うどんか!」(ni (o fu)=dos/mi (o san)=tres/shi (o yon)=cuatro)
「まあでも撫子とか綺麗だし」ナデシコとは
「ウドンキもいいけど」母の日に花を贈ったことのないニコには通じなかったようだ。[訳註:英carnationがcarne《肉(の色)》に由来することは容易に想像が付くが、一方で西語のclavelは花の
「もうなんでもいいよ……」降参して馬場嬢の隣に腰を下ろす猫の従士。「それでいいからせめてその麗しき肩に回した嫌らしい手をどけてくださいな、嫌がってるじゃないか」
「嫌がってないでしょ!……むしろヨガってるよ!」
「良がってはないです、全然」
「ヨガってはないですよね、失礼しました」ここはミコミコーナも素直に右手を引っ込めた。
「ヨガるってこんな感じ?」
「それ座禅、つかパンツ見せんな」改めて
「それだと三人乗りになっちまうでしょうが」
「タコに乗れる遊園地ってどこだっけ?」
「あっそうだタコ」乗船前に打ち切られた問答を思い出したミコミコーナ。「ブチのめしたタコ倉健は何人乗りだったん?」
「――高尾山のタコのクラーク・ケントについてはブチのめしたのではなく、」従士がありのままを述懐する。「戦わずして勝利したのです。ドニャ・キホーテの貫禄の前じゃ七つの海をタコって来たさしものクラーケンも顔面蒼白の戦意喪失、この先弁当のオカズにするにしたって今度は《タコさんルーザー》と名付け直さにゃならんくらいで、そりゃもうシザーハンズをして《ブルータコお前もか》と言わしめるほどに」
「ブルータコはともかくシザーハンズはどっから湧いて出た? デップ温泉?」
「カリビアンに出てくんのってイカじゃなかったっけ? タコでした?」
「じゃ《イカくんルーザー》で」
「いやまあ両方とも燻製は燻製かもだけども」
「もっともシザーハンズことカニカマレッドのカルキ――ノン神殿?の奴については降参する暇もなく不慮の事故で我が主に踏み潰されてしまったようなのですが……化け蟹って何でしたっけ?」
「カルキノス?」
「そう……そういったカルキノスのような運命のイタズラを除けばドニャ・キホーテはいたって平和的に道中遭遇した人に仇なす怪物どもを無力化してまいったのでございます」
「なるほど」
「泣く子もオシッコ漏らず無慈悲っぷりでドニャキの通った道には草も生えぬみたいに聴いてたからさ、もっと笑えないくらいヤバトンな橋を渡ってきたイメージだったけど意外と安全というか、虫も殺さぬみたいなぬるま湯並にヌルい道を歩んできたのね」
「虫は殺しました」沼津での水禍や
「ところでトラウマとリストラってどっちがかわいいと思う?」
「リストラ」
「相変わらずよく口が回るなあ息継ぎくらいせえよ…」
「でももう四分の一くらい来ちゃってんじゃない?」
「デモもサンプルもねえわ四分くらい経っとる」
「愛しのドニャ・キホーテ様のご武勇については驚きと尊敬をもって拝聴いたしましたので、――」安藤蓮は務めを果たした従者を労ってから改めて窓外に視線を向けた。「折角乗ったんだから少しは外の景色でも眺めませんこと?」
「たしかに」
四人は窓枠に嵌め込まれた滑らかな水晶板に張り付くと、地上三十米前後の高さから眼下を俯瞰し始めた。
暫く少女たちが風景に集中したので、船室内に流れる音楽を除けば何も聴こえない沈黙が数秒続いた。
「人がゴミーゴに見えるほどには高くないですね」[訳註:《
「ハナ先輩もさっきのナナちゃんみたく仁王立ちしてたらこっからでも分かるのでは?」
「いやいやハナちゃんがナナちゃんになったらレンちゃん死んじゃうだろ!」唐突に理不尽なことを言うミコミコーナ。
「殺されちゃった……」
「れんちょん殺さんでほしいのん! ななっつんもそう言ってたのん!」
「メガネギャのくせに『
「アニメはCSで視たのんでも最終回が意味不だったのん。映画もテレビで視た記憶があるけど忘れたのん」
「何でお前がのんのん言うのよ」《のんの》とはアイヌ語で花を意味するという。「……お話にならんな。レンちょんは漫画読んだ?」
「むしろレンちょんは漫画でしか知らないんですけど……」どうやら少女漫画の話だったようである。「着実に『ガラ
「ガラ亀の歩み……」(ガラカメ――則ち
「『てんない』とか『ご近所』とか先に読んでる身としては異色というか、謎の違和感を拭い去れない作品ではあります正直」
「言った!……別にこの場に信者とか居ないんで言いたいことを言いなさいな」
「まあナナが駄目だって言って」ドゥルシネーアは何故だかはにかんで以下に続けた。「じゃあハチの騎士様にロンゲの人とくっつかれてもちょっと待ってってなりますけどね」
「レンなのにナナ視点」ミコが噴き出した――花がロンゲの人とくっつく?「サンチョはあの出てくるバンドどっちでもいいけどメンズだと誰が好みなの?」
「いや私も漫画の方は最初の数巻しか読んでないんですけど……」文脈からして、《レン》という名の《ナナ》の恋人がそのずっと先の巻にて命を落とすのだろう。「《メメフ》って何だろ……?と思ってたら数秒後に《ナナへ》だったと気付いた時が一番の衝撃でした」
「や、矢沢に謝れ! ついでに永ちゃんの方にも!」
「またAセクBチクの話に戻ってしまった」
「いやそんな佐藤栄作B作みたいに云われましても」ふたり並べると
「ナナちゃんじゃないんだし下ばっか覗いてても仕方ないですよ」駅前に立つ
「おおたしかに……地に足もお尻も着いてないとはいえ今は自動運転なんだから」サンチョがエル・トボソに賛同して以下に続けた。「いつまでも下を向いて涙でミッキーの絵を描いてるこたないですわ」[訳註:第十七章の岡崎篇では、頭上の交通標識にばかり気が向いている従者に対しドニャ・キホーテが路上にも気を配りながら走行するように諭す場面がある]
「奴のシルエットだったらうちらでも何とか描けそうだけど」[訳註:黒丸三つ]
「シルエットといえば乗った直後から気になってたんですが」気付けばもう十五分の内の六分を消化してしまったではないか! 巨人ブリリャドーロ[訳註:ブリアレーオの誤記]が
「指差すやつ」
「ん~?」通りに面する北側に座した――といってもそれは安藤部長自身による選択ではなく、御子神が彼女を先に乗船させたことに起因するのだが――ドゥルシネーアの膝元に覆い被さるように姿勢を傾けたミコミコーナが、一時
「「何々?」」猫と小猿が背凭れに腕を掛けて身を捩り、いざ振り返ってみると――
おお読者の皆さん、十数分前に筆者が
「刺さってんじゃなくてビルから生えてんでしょ」
「おわー、こっちのヘクトパスカエルよか全然でかいじゃん」空艇の
「誰が独身王族だ」ミコノーナとは
「余計なケアマネージメントなり[訳註:「
「というかミコさん脇腹痛くないですかその体勢」[訳註:隣り合った座席の狭間に
「いや全然」差し詰め隣に座った美少女の横顔に見惚れていた故に、北東に聳え立つ眼前のオーディンの頭――或いは
「私は
「イノシカチヨさん」
「もう我慢ならん、姫様シートチェンジしましょう」腰を浮かせる猫の従士。
「サンチョの腹枕なんか腹筋付いちゃったから寝心地悪そう」
「寝かすかよ!」
「朝早かったから眠いんよ」慥か静岡市で乗っていた自前の車を置き去りにしてまで、電車の始発に飛び乗り駆け付けたのである。[訳註:第二十四章での御子神自身の発言に拠る]
「だったらサンチョ自慢の腕枕――からのスリーパーホールドでご存分に永眠させて差し上げますよ!」
「ダメだよチヨさん二の腕はおっぱいと同じ感触なんだから!」
「何でメガネはいちいち感性が昔の中学生男子みたいなんだ見た目もだけど」ミコノーナは不自然な姿勢のまま斜向いの床屋の娘を見上げて以下に続けた。「今自分ので比較してみ、お前の場合ぜってー腕の方がプニプニしてるから」
「な、何を~――ほ、ホントだ」愕然と項垂れるニコニコーナ。「まあうちは分類学上ハナ先輩の仲間ですから」
「ハナちゃんは品のある感じだけどお前のはただ貧しいだけだろ」
「プリキュアサイズは正義の証ってバッチャが言ってた」
「こいつ二次性徴をあと二回残してるんですよ」
「おほほほ、その意味が分かるな?……分からない?」それは
「どんだけ垂れたらそうなるんだ」
「アンタいい歳こいてまだ自己バスト更新中なんですか?」これはもう
「いい歳って何だコラ」
「……アレ、垂れ乳の母であってる?」
「垂乳根だろ……」千代が訂正した。尤も《
「盛者必衰の理をあらはす……」膝の重みに耐え兼ねたドゥルシネーアも加勢する。
「平家にあらずんば虎子を得ずってヤツだね!」
「集中砲火!――オゴるもんが破産するってんなら今から五百円徴収してやろか」
「それはそれ……覆水盆に返らず、
「垂乳根でもソナチネでもいいですけどそろそろ腿が」[訳註:《
「そんな一玉1トンはありそうなデカメロンふたつもぶら下げてりゃ、キョニュートンの法則にも抗えねえってなもんですわ」[訳註:著者はDecamelónと綴っているので、単に巨大なだけではなく《
「メロンも木から落ちてくんの?」もし
「猿ほどは落ちてこないやろ」
「それな。さすがチョーサーンが云うと謎の説得力!」
「ボッカッチョだよババちゃん」
「ボカッチョもフォカッチャも区別付きませんよ小猿には」
「いやフォカッチャでメロン挿めんでしょ、バナナがせいぜいだわ」
「はん、骨張った猫の腹枕なんぞ用済みのお先真っ暗よ」跳ね起きたミコミコーナは凝りもせずに今一度エル・トボソを抱き寄せる。「お菓子姫も蜂の騎士も、今後はふたり揃ってこの垂れる前の乳枕でピロートークと洒落込んでもらうのことさ」
「うわ、ほんとおっきいですね」
「そんなレズビアンナイトをイスラム教徒が認めるか」千代は差し詰めアラディーンやアリッ・ババッくらいしか知らぬとみえるが、
「なっつ! 小学校の音楽で歌わされたわそれ」半世紀近く前の
「ドラゴボじゃないすか? ほら亀仙人がブルマにやらせた」
「やったのは豚だろ」
「豚か」
「ブタミンパワーの話はもういいよ」
「メフメフってキャラいませんでした? メフメフ何世とか」
「メフメトじゃないの」花に劣らず世界史に強い安藤部長が代わって答えた。「オスマントルコの
「お前さっきサンチョが云ったメメフに今更引きずられてんじゃねえよ」
結局景色には殆ど注意が払われていない――と思った矢先、
「あっ名古屋城!」
「うそうそ」
中学生ふたりが北側の船窓に張り付いた。
時計を見れば、太陽の南中高度と同調して回るジンパチの小尾船は既に下降を始めた頃ではなかろうか?[訳註:勿論正午と南中時刻は一致しないので、これは著者がいい加減に書いているだけである]
「……何処よ?」
「ほらアレアレ、屋根瓦っぽいのが……あっ隠れた」
「名古屋城見えたとしても方角的にこの――大津通?のこっち側の筈だよ」ドゥルシネーアが携帯画面に表示された地図と見比べながら後輩たちに適切な説明を施した。
「マジか……パフザマジッカドラゴンか」
「その眼鏡は飾りかよ」
「じゃチヨさんはドランクドラゴンのブタミンパワーの方?」
「表へ出ろ」
「魔法の竜といえば先程従者さんがおっしゃっていた――」アフリカ大陸をイベリア半島から引き剥がしながら――おお、こんな時に力をくれる筈のエラクレスは今何処に?[訳註:ヘラクレスの棍棒の一振りによりアトラスの山が砕かれ、
「はあ……え?」
「ドラゴンに刀は持てんだろうから、唾を飛ばした口喧嘩かもしれませんわよ」
「いや、ハマッシーは竜というより……只の恐竜でしたから」
「恐竜だって竜の一種だろ」
「はいっ、」そこにニコが異を唱える。「ふなっしーがフナムシの妖怪ならハマッシーはハマグリの妖精という線もあり得るかと」[訳註:ふなっしーは梨の妖精]
「浜名湖ってハマグリ獲れるんだ」花が隻眼の全能神を前にして詠んだ十四行詩の中に表れる《
「メガネだからタタミかな?」タタミとは
「――で、ドニャ・キホーテはその……首を長くして浜で待ってらした竜のハマッシーさんとは如何様に戦われたんですの?」
「えっ?……ああ、ハマッシーとは戦ってません。不戦勝です」
「不戦勝?」
「はい姫様、高尾山のクラーク・ケント同様顔を合わせるやドニャの圧にたじろいで勝手に降参しましたもので」より正確を期するなら《
「背中に乗って?」
「いやお腹に入って」[訳註:第十四章を今一度参照されたい]
「何だそれで一寸法師かよ」
「いや中から刺してませんて、昨日のテキーラは今晩のトモシビに使えって謂うでしょ」
「初めて聞いたわ」朝食の席では何とか我慢した
「あっ左手のヤツ?……人差し指からバーンて」
「アレって厳密には気化したアルコールに引火してるだけみたいですけどね」
「高校生詳しいな!」我が国では知らぬ間に飲酒最低年齢が引き上げられていたが[訳註:イスパニアでは州に依って法律が異なるものの、概ね十六歳から十八歳に変更されつつある模様]、《
「湖上でキャンドルナイトなんて幻想的ですけど――」
「ああ、はいはいそういうことね」ギニアの王女はここに来て漸くハマッシーの正体に気付いたとみえる。日本で
「そりゃ……溺れる者は久しからずと申しますゆえ」
「そりゃ掴む藁もなかったらすぐ沈むんだからそうなるだろ」傍らの
「そんな第五ふ――首長竜丸じゃないんですから……」
「放射能汚染されたハマグリじゃ煮ても焼いても食えんでしょ」馬場嬢が
「まあ湖に落ちなくたって食中毒でおっ死んじゃ意味ないしな」汚染されたハマグリどころか主従などは新鮮な国産うなぎをご馳走になったほどである。「……で?っていう。ヨッシー子分にしたならクッパの一匹くらいマグマにでも落としてこいよ」
「クッ……クッパは落ちませんでしたが、正義の心でナンパガッパを一匹落としました」
こともあろうにこの日を選んで落ちるだの溺れるだの沈むだのと……太陽も既に沈んだ《
何やら船室内で何らかの
「何か回ってる……」
「――とかどうでもいい話してる内にとんがりコーンがドンキで隠れちゃったなりよブタゴリラ」
「何だコロ助平」
「あのトンガリはさっきババちゃんが調べてた名古屋テレビ塔みたいですよ[訳註:第二十五章を参照]」頻りに携帯と睨めっこしていたドゥルシネーアが、少女たちの疑問に終止符を打った。
「えっキマシタワー五兄弟?……六?」
「百合姉妹だそれじゃ」ミコミコーナが塔先端の
「それでナンパガッパというのは?」この場でドニャ・キホーテの武勇伝に関心がある唯一の少女が、猫の従士にことの次第の続きを話して聴かせるようせがんだ。
「――厳密には勝手に落ちたんですが」警察沙汰になるような事件を起こしたと勘繰られたら具合が悪いと思い直した千代は、主人の活躍の規模を些かながら縮小しつつ以下に続けた。「なにぶん私と蜂の騎士は湖岸より二三十メートル離れた位置に浮かんでおりましたゆえに」
「それじゃトチ狂って自分から身投げしたさっきの河童と同じじゃねえかよ」
「ちゃ、ちゃうねん……イチから説明いたしましょう」従士にはあの湖上の冒険に纏わる責任の回避と危険性の隠蔽、それでいてドニャ・キホーテの勇名をも両立させる
「おっ、穏やかじゃないわね」
「小学生ナンパするくらいだからせいぜい盛りの付いた中坊くらいでしょ」
「いやお前もだろうが」
「――実際には中坊と中年の中間くらいと思しきゴロツキーでしたので」人気のある遊園地の湖畔で子供に声を掛けるのだから恐らくはからかい半分、よもや連れ去ろうという気までは無かったのだろうが、寡婦や乙女の庇護者が制裁を加えるには充分の
「おっと防犯ブザーの出番ですわ」
「いや学校帰りじゃねえから」それどころか夏休みの真っ只中である。日本の子供の多くは
「恐竜の腹ん中にあって投げられる物って何だ?……うんこか?」ハエやウサギかフンコロガシ等の
「普通に胃石とかなのでは?」
「遺跡に埋まってるようなうんこはそれもう化石でしょう」
「はあ」[訳注:西gastrolito《胃石》とは胃の中の食物を擂り潰すことにより消化を助ける目的で動物が故意に飲み込んだ小さな石を指す。著者は安藤さんの常識的な指摘に対する御子神の反応として「それは
「ヨッシーが脱糞するのは卵ですぞ?」[訳註:《
「何だよ卵を脱糞て。排卵と言え」
「もう、のび太さんのエッチ!」
「卵ならエッチじゃなくて
「みなしご?」
「アレ今みつばちハッチらしいけどな……つかダメガネはお前だろって」
「やだなそれじゃ傷害罪じゃないですか……そいつには当たりませんでしたけど」もうひとりの
「そんなことが……」まさか真実人助けの旅路であったとは……花の
「あっでもハマッシーでガードされてたんでうちらの面は割れてないっすから、危険は全然危なくなかったんですよ?」……成る程、あの時点ではそうだったのだろう。
「――投げたのってもしかしなくても黒たまご?」ミコミコーナは四日前の経験から何か思い当たったようだった。
「えっ?……はい」
「風呂屋で食ったヤツ?」
「え、お風呂で卵なんて売ってる? 牛乳と一緒に?」ニコの感じた違和感も尤もで、浴場施設にて販売しているとすれば街中の銭湯ではなく温泉街だろう。「あっそうだチヨさん黒たまごキティさんは?」[訳註:第六章で一時帰宅した千代は、電話中にニコから大涌谷の限定品を土産とするように頼まれている。余談だが、社名のサンリオの由来は《山梨の王》ではなく、西語のSan Río《聖なる河》が元になっているというのが公式見解だとのこと]
「は?……ああ、箱根は素通りしただけで別に何処の土産屋にも入んなかったから」
「まどかマジカ!……そんなの絶対おかしいよ」[訳註:
「箱根の立ち入り規制ってもう解除されてるんですか?」
「えっどうだろ……ああ噴火警報出たままなんだっけ?」
「何か番台のおっちゃんも同じこと言ってたな」となるとサラマンドラの学士が沼津で手渡したあの五個入りのゆで玉子の出処は未だ藪の中から現れぬ……
「にしてもまさかはぐれ悪魔コンビの土手っ腹ん中でゆでたまごの話を聴くことになろうとは……え?っていうか」
「さっき米屋で食った白たまごも美味かったよね」
「白玉粉みたく言うなや、シロノワールとゴッチャになるやんけ」
「――ていうか?」後輩ふたりの茶々を挿んでドゥルシネーアが聴き返した。
「ん?……いやね」今度はつい四十分ほど前の体験を思い返し、何か閃いたと思しきミコミコーナ。「お姫よ、存外すぐ城に戻るよりもショートカットになったやも知れませぬぞ?」
「ショートカット……と、おっしゃいますと?」
「急がば回れまーわれメリゴーランってことよ」この航海には波もなく乗員たちが
「ああ、また……ホラそろそろ終点ですよ」
「チヨさんキマシタワーを前にしてまたミッコミコの奴がレズビアンナイトに」
「じゃあ地上も近いことだしアラジンの魔法のダンプにでも轢いてもらうか」
「そ、それは怖えぜ。まァ異世界だろうがアホニューワールドだろうが後で好きなだけ転生したるからあと三分だけ……」目を閉じて左頬に神経を集中させる。「低血圧やねん」
「真っ昼間に低血圧関係ないだろ!」同じく低血圧で朝が弱い[訳註:第十五章にて、旧本坂隧道へと侵入した際に本人がそうボヤいていた]従士が一喝した。
寝起きというなら兎も角、一日中
不意にゴーンドラの扉が開いた。
「お疲れ様でした足元お気を付けくださいませー」
「ケツの圧が足りないならその自慢のパイ圧で何とかしなさいな」急かすように立ち上がる半坐千代。御子神の目が覚めるのを待っていたらもう一周してしまう。またオゴらせるにしてもその為だけにまた十五分浪費するのは惜しい。「あっすいません」
「パイ圧」笑い転げるニコニコーナ。「略してアッパイ……フォッカチオだっけ?」
「ボッカッチョね」ラ・サンチャの主従の旅も
「どうぞお手を」[訳註:姫の手を取ったのはいち早く下船した千代]
「食ったことないですね」
「お世話になりました」着地と同時に係員に会釈するエル・トボソ。「カンタベリーっていうのはイングランドで大聖堂あるとこ。カトリックじゃなくて国教会の方ね」
「じゃあストロベリー物語を書いたチヨさんは何人です?」
「え……っと、アメリカ人かな?」
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバーは――よっと」あわや取り残されたかというところでミコミコーナも何とか飛び降りたようである。「イギリス人よね」
「またご利用くださいませー」
「どもー……ちっ、」若い少女たちの後を追って板張りの空中桟橋を駆け下りていく。[訳註:千代の録音機が彼女の科白を拾っている限り、実際の距離は数米と離れていない筈]「永久の苺畑がB級コンクリートジャングルに出戻りしちったよ味気ねえな」
出口の自動扉を潜ると元の書店前である。
「――れ、メガネ何処行った?」
「多分カワヤです」
「貧乳な上に頻尿かよ……さっき川でしてくりゃよかったのに」
「冷房で冷えちゃったんじゃないですか」
「奴は明らかに水分摂りすぎっす」数分おきに聞こえた喉を鳴らす音は正面の
「シロノワールほぼほぼ独りで食った人に云われましても」王女は硝子張りの窓外に目を遣ったが、既にジンパチの船はブリアレーオの豪腕で再び視界から消え去っていたことだろう。「――ったく三六〇度ビューだった筈なのに、サンチョが十五分ずっと漫談してたせいでお菓子姫の横顔と太腿しか憶えてないわ」
「それが糖分過多だってんだよ!」
「ドンキとキマシタワーも記憶の片隅に残ってるぞ。タワーは先っちょだけだけど」
「それ元ネタ何なんですか?」
「そいや今日何でこんな苺推してるんだろ……あっ、姫様も人に訊いてばっかじゃなくてたまにはご自分でお調べなさい携帯持ってんだから」
「はぁ、すいません……」検索までして知る必要を感じなかったドゥルシネーアが脇に目を逸らすと――「あれババちゃんもう戻ってきたの?」
「混んでたのでドンキで借りようかと」声が離れている。「どうせだしもっかい乗ろうぜ」
「いや文章が繋がってないんだけど。また上ったところで観るもん何もなかったろ」
「いやアンタこそ三六〇度ビューはどうした」千代は部長と顔を合わせると深い溜め息を漏らした。
「まァ今度は十五分フルで姫の桃の香りがする腿枕安眠コース選べるならもう一周付き合ってもいいけど、ガキふたりの分はもう出さんぞ」
「言ってて恥ずかしくないんかねこの方は……」あのシモネッタであれば
「そもそも苺でないショートケーキって何だ」
「それ言ったらそもそも何が短いんだよ賞味期限か?」
「ショートブレッドのショートから来てるらしいですけど……あっまだ手振ってる」観覧車乗り場の出口より奥まった場所に位置する改札の前で頑張っている後輩に呆れながらドゥルシネーアが補足する。「それと別に苺は本体じゃないですから、ほらシュウマイのグリーンピースみたいなもんで」
「逆でしょ」
「逆ですね」
「じゃあもしかしなくてもメガネの本体は眼鏡じゃないのかな」
「アンパンマンの顔みたいなもんでしょ、首チョンパされても動けるみたいだし」
「トカゲのしっぽ的な」
「王族の光と影はおふたりだけで充分すから」《
「ではこっちのお手は私めが……」
「置いてかんといて!」
結局四匹の猫は揃って自動扉を潜った。
密閉空間から屋外に踏み出す度、この日名古屋に集う人々は
「水族館で涼もうと思ったのに」踊り場で先行する三人を追い抜いた床屋の娘の四つの目を、
「いやもうお前池袋帰れよ」
「さっきチヨちゃんも云ってたけど名古屋有名な水族館ありましたよね、多分港の方まで行かなきゃですけど」用意周到で生真面目な安藤部長は出発前あるいは新幹線の車内にて如才なく下調べしたとみえる。「何だっけシャチとシロイルカ……ベルーガ?」
「何それ超見たい!」
「それもうイヌヤマ行くのといっしょっしょ、徒歩圏内か地下鉄十分以内にしよぜ」最寄り駅までなら空艇一周分の時間地下鉄に揺られれば辿り着けるのだから、寧ろ比較的近場ではある。移動距離とて犬山城までの半分以下だ。「カミコもそう思うよね?」
「カメコここにはいませんよ」
「出来ればサンシャインとかウルトラバイオレンス避けれるとこ」
「ちゅっちゅるっ、ちゅっちゅっちゅるっ、イェイ!」馬場嬢が
「うるせえぞ未就学中坊!」
「朝目覚めたらハーイテンションかよ……」立っていれば自動で運んでくれるものを、急いでいるでもないのにわざわざ自分から足腰を酷使しようというのだから十代とは甚だ元気なものである。「――そして声を掛けてもノーリアクション」
「いや眠いの貴女だけだし」
「もうお昼ですしね」平日は毎朝九時前から学校で授業を受ける若い三人には理解し難いことだが、歳を重ねる毎に夜間こそが生活の中心になるということなのだろう……否、勤め人も条件は同じ、きっと大学生活が特殊なのだ。「とりあえずお向かい入りましょう。連絡もまだみたいだし」
「漏れそうなのか?」[訳註:「
「漏れもそう思う」[訳註:「
「渡っちまいやしょうぜ」青信号が灯る横断歩道の前で足踏みしていた四つ目を余所に、他の三人は
「今渡ったらサンズリバーの片道切符だぜ」
「もうトロツキーしてるからっ!」
「サンズをば……[訳註:第二十一章を読み返すまでもなく《三頭》である]」河岸に立った千代は無意識の内に腰の孫の手を引き抜いていた。「――あっロバのなんだっけ」
「何だ人前で、痒いのか?」
「いやちょっと……我がオシリスが」
「オシリスってお尻が黒い神様だっけか?」
「いや全身が……青とか緑じゃなかったかしら」最早自分で調べろとも言うまい――ドゥルシネーアが記憶を手繰り寄せるようにしてミコミコーナの質問に答えた。「弟に殺されて冥界の神になったっていう、ほらイシスの旦那さんでホルスのお父さん」
「親父がオシリスで息子がホルスか……自由だなエジプト[訳註:実は第十九章で花が似たような戯言を物したが、その場に千代は居なかった]」王女は従士から
「腫れるだけだろ今でも充分赤いわ!」これがもし
「これニコニコ、無礼が過ぎるぞ」千代が口を挿んだ。「ご本人も先達ておっしゃっていたように三十路に突入されてからご存分にお垂れなさいますのじゃ」
「ネフェルチチが垂れ乳になったらツタンカーメンも立たん仮面になっちゃうだろ」
「立たん仮面、仮面って何だよ」発掘時に遺体から落ちたという
「変な会話……」そもそも意味のない遣り取りの最後に女子大生が(恐らく発言した本人をしても)意味の解らない科白を吐いたことで、善良なエル・トボソは嘆息せずにはいられなかった。「ネフェルティティはツタンカーメンのお母さんですよ」
「ああ、じゃあ垂れ乳でもしょうがないのか」尤も王の子供に乳を与えるのは乳母の仕事ではあろうけれど。
「義理ですけど……慥かツタンカーメンのお父さんとの間に出来たアンケセナーメンがツタンカーメンの奥さんで、お父さんと娘のアンケセナーメンの間にも子供がいたんじゃなかったかな」
「ちょっと待って分からん、相関図書いて」
「というか違う漢字の相姦図の方が凄い感じに……あ」この
四匹の猫は午前中に南岸へと渡った横断歩道を、同じように北側へと引き返したのだった。
ネクロカブリーオの兜を戴く
「さっきの話じゃないけどエジプト神話ってウンコロガシも神様だったんだもんな。太陽もうんこも糞味噌ってこと?」
「ウホッ、前方後円糞」
「ピラミッドは方墳だろどっちかってぇと」
「日本だったらテントウムシなんでしょうけど」漢字では《
「ああ
「違うと思います」[訳註:共に古希語を祖とするが、スカラベの方は《
「顔が哺乳類とか鳥類までならギリ理解できるけど顔が虫ってイカしてるよね!」
「イカれてるの間違いだろ」
「それ仮面ライダーに面と向かって言ったら蹴られますよ」
「うんこなの?」
「うんこじゃないです」
一
「顔がペンギンの神様もいましたかねやっぱ」入店前に足を止め、可能な限り直上へと顔をもたげたニコが、下顎を垂らした間の抜けた表情で問う。
「古代エジプト人ペンギン知らねえだろ」旧約聖書を鵜呑みにする訳でないにせよ、
「くださりませんよ! 流れ的にも捻り出すとか凄い嫌なんですけど」
「季語はペンギンかな?」[訳註:
「あっ、一茶からの三茶なんですね」イッサとは
「サンサニッサイッサ、はいっ」
「ちょっ、」
「ペンギンだっつってんだろ!……あとドニャキの子分が巨人の方応援ってどうよ? お尻ペンペンじゃ済まんぞ」
「おう、メランコリーコ……」
「本当にそうか?」
「焼き鳥だ」というより
「何が?」
「ペンギンで一句」
「ペンギン……あら、三日月に乗ってるんだ」
「あっはい一句出来た――《この世をばわが世とぞ思ふミコ乳の、ミコさんの山に出でし乳かも》」ニコニコーナが加勢に入る。「これはデカメロンを収穫しただけで世界を獲ったつもりでいるどこかの王女を詠んだ句です」
「パクリだし混ざってるしそれ以前にそれ三日月じゃねえしな」
「ウ、ウジャトの眼……」[訳註:これは安藤部長の独り言]
「更に
「... My little ceramic penguin in the study always faces due south.」ここでエル・トボソが一息で呟いたのは小説からの引用だろうか――恋人に劣らぬ流暢な発音に、後の三人は口をあんぐり開いたまま暫しの間日光浴することとなった。「――いやサウスイーストか」
「サウナスイート?」アレマニアかフィンランディアにでも行けば巡り合うこともあろう![訳註:英sauna suite《
「……アンドーさんて帰国子女だったん?」
「恥ずかしながら生まれてこの方パスポートを取得したことがありません」流石はラ・サンチャの
「えっ修学旅行パリとかローマでしょ?」
「残念、京都とか沖縄でした」
「普通!」
「この唐突に横文字を繰り出してくる感じ……」千代は無意識に肩を竦めた。「……では現役大学生のミコガミさん和訳の方を」
「英語のクラスとか取ってないんですけど……」中学生がふたりとも陽射しを受けつつ店頭に留まったのは、暴君ミコミコーナが人鳥に見下ろされながら遣り込められる姿を見逃したくなかったからに相違ない。屋内から吹き出てくる冷風が、王女の頬を垂れる冷や汗を更に凍り付かせた。「――ドゥルシネーアもっかい、もっとゆっくり」
「大した意味はないですけど……《my littile ceramic...》」
「《私の小さなセラミック?の……》」
「《penguin in the study...》」
「スタディーって何だっけ……書斎?」
「《always faces due south.》――南東向いちゃってますけど」
「デューってなんだろ、マウンテンデュー?」《
「字余りにも程がある、やり直し」
「やっぱペンギンも南の島とかあったかい場所に憧れてるってことなんやね」
「お前南極ってどこにあっか知ってる?」
「ささっ和菓子の恩にして洋菓子の仇たる麗しのドゥルシネーア[訳註:西paja《藁》から派生語したpajónは《稲や麦を刈った後の根株/藁で覆われた土地》、転じて《無精髭、ボサボサの縮れ髪》の意味を持つ。つまり《
「あ、熱い……」
「こら」
「あっずるい、私も触りますよ?」
「うう……」
「もう、のび太さんのワンタッチ!」
「スケッチ抜かすなよ」
「つかお前ら朝から姫様に
こうして両脇を抱えられた佳人が《殿堂》の内奥へと連れ去られてしまった故に、猫の従士も三人の後を追って入店するより他に手がなかったのである。
「サンチョさっきのさ」
「えっ何?」突然声を掛けられた半坐千代が身構える。
「わざわざ橋のある……橋はどっちにもあるか、カッパ橋のルート選んだのってさ」
「カッパ橋?――ああ河童出没地点ってことね」
「やっぱハナちゃんが居るかもって思ったから?」
「……ショートカット云々って話ですか」従士はただ交差点でその汚名を雪いでやった髭の男から得し情報に一縷の望みを懸けたに過ぎぬ。「太宰府で
「勝手に言葉を作るなややこしいから、人間失格かよ」
「いやハズレだったみたい」
「どして?」
「その被害者含め三人いたって話なので、唯一無二の従者であるこのチヨさんがアンタ方と同行してる以上ドニャ・キホーテが誰かと一緒に行動してるなんてこたありえんでございましょ?」
「なんだその謎の自信は……」呆れるミコミコーナ。「アンドーさんが来ちゃって焦ってんのか? 猫ジェラシーか?」
「そっちこそ適当な語彙を増やしてる!」
「まァ五十歩百歩譲ってドニャキが孤独を噛み締めてたとしても、その場に三人居合わせるってのは別に不自然じゃねえでしょ?」
「何で?」
「さっきの河童だよ」
「河童……濡れガッパ」オルランド――ラムダである。《
「は?」
「もっともカッパや雨ガッパは濡れてこそとは思うが」
「パッカちっげーよ、だからぁ」ギネアの姫が以下に推論を述べた。「ラ・サンチャの精華ドニャ・キホーテが昼下がりに血湧き肉躍る冒険を探し求めて――」
「脇汗で盆踊りもいいけど昼下がりじゃ午後ですよ。うちらが通過したのは午前中」
「うっせ話の腰を折んな!」御子神がサンチョの兜を叩いた。「――探し求め彷徨っていると、橋の上でキッショい河童にナンパされている可憐な――」
「ダウト」
「最後まで聴けって」御子神が再度サンチョの安全帽を叩く。「――可憐な乙女のピンチを目にし怒り心頭、偶然手に持っていた玉子をその河童の皿目掛け投げ付けた!」
「何ですか偶然手に持っていた玉子て」
「玉子のひとつふたつ、年頃の娘や遍歴の騎士なら常備してんだろ常識的に」年頃の如何にかかわらず、これが
「それだと蜂の騎士も水没しますやん」
「河童だって岸までは泳ぎ着いてただろ!」若しくは乗ったのが陸亀であれば向かう城も地上に建っているのが道理だ。
「黒たまごは浜名湖の一件で売り切れましたよ」慥かに静岡の三姉妹と風呂屋の親父、そして土左衛門――の相棒が食らったので全て、〆て五個入りの商品だった筈である。「余ってたところで消費期限切れ過ぎでしょ。生卵なら実は冷蔵庫の外でも二ヶ月はイケるんだとどっかでやってましたが」
「今の季節じゃムリだろ」
「ムリーリョですな。調理済み茹で玉子じゃ尚更でしょう」連日摂氏三〇度を超える中、自転車に揺られつつ持ち運んだとなれば二日過ぎただけでも口に入れるのは遠慮したいところだ。「それこそ茹でた孫を喰らうサトゥルヌスですら腹壊すレベルにござる」
「それムリーリョじゃねえだろっつか、わざわざ調理して食うとかグルメかよ」この日が土曜日であったが故の発想であれば見上げたものだけれど[訳註:英Saturday<Saturnus]、残念ながら息子のユピテルにオリュンポスを追われたローマの農耕神には孫を茹でることは疎か、その顔を愛でる機会すら与えられなかったことだろう。「そもそも投げんのは黒たまごである必要ない訳でさ、殺傷能力なら白たまごだって別に変わら――」
「またしらたま――」
「ぅおおおいぃぃっ!」耳元に息が掛かり跳び退くサンチョ。「ちょっと!――やめろっつったろマジで」[訳註:第二十五章の駐輪場前でも全く同じ遣り取りが交わされている]
「早かったな」小猿の唐突な帰還にも動じぬ暗黒大陸の次期女王。「お前ちゃんとケプリにカプリまで黒たまご転がして流してきてもらったか?」
「だからビッグベンじゃないってリトルベンだって!」
「青の洞窟をドス黒く染めないでくださいよ」小猿の
そういえばカプリ島でも何年か前に異臭騒ぎがあったけれど、流石に屎尿投棄や腐った卵が原因ではあるまい。フンコロガシに海を渡る能力があるならば話は別だが。
「お――っと」千代は視線を逸らすと、無数の商品が陳列される棚に向き直った。
「黒くないですってエメラルドイエローですって」
「何だエメラルドイエローて、トパーズとかアンバーとか色々あんだろうが」
「じゃあメローイエローで」
「いやメローイエロー今世紀入ってから売ってんの見たことないけど」
「そして混ざり合ったら晴れてエメラルドグリーン」
「――で、白たまごがどうなさったんですか?」ドゥルシネーアが話を戻した。
「そだ、また浜名湖の白玉粉の話?」
「いやっほら……アレ、白玉がどうとかいう歌が」一先ず千代との密談で何らかの結論を得てからと考えてか、演劇部のふたりの耳に花の現状に関して余計な憶測を吹き込むのは保留すべきと判断したらしき御子神嬢が、この場では適当にお茶を濁す策を講じた。「万葉集だか古今和歌集だかにあったよなと思って」
「白玉について詠んだ歌は新古今和歌集じゃないっすかね、後白玉天皇の」[訳註:後白河法皇が編んだとされる歌集は『
「お前は何も知らんくせにテキトーなことを言うな」
「《白珠は、人に知らえず知らずともよし》」例の如くエル・トボソが諳んじる。
「この唐突に縦文字も繰り出してくる感じ……」千代も暫く閉口したが、役者というのは兎角詩だの金言だのを憶えたがるものなのだ。「……では現役大学生のミコガミさん翻訳――現代語訳の方を」
「……しらたま――《白髪頭は人に知られなければ知られないに越したことないものだなあ……》」
「まだそんなこと気にする歳じゃないでしょう」
「二十歳過ぎたら解る……で、《――だが知られなくても自分では知っちゃうもんで、そうなったらもう白を切るしかないよね》」
「白髪一本ならともかく白髪頭を気付かれないようにしたいならビゲンなりブローネなりでとっとと染めろよ。つかどう考えても他人の方が先に気付くでしょ」
「おま平安時代にビゲンなりブローネなりあっかよ、髪染めんなら墨一択だろ常識で考えろや」実際に日本古代から中世に掛けての貴族文化に於いて、未婚の女性が人前に顔を晒すということは先ず無かったようだから、美醜の基準も顔の造作よりは肌の白さ、そして肌の白さよりは髪の黒さが重要視されたと謂う。そう、
「ビゲンがなければコーラで染めればいいじゃない」
「五七七を二回繰り返す詩型を
「そんなんあんの?……いやセドウカかどうかはいいんだけど」日本の
「ヘアーっしょ」
「そういえば英語で
「え?……まァ吹き出物の方がリアルでストレスが直結しそうだけど」よもやと自分の頬っ辺を摩り、余計な凹凸がないのを確かめる唯ひとり二十歳を超えたミコミコーナ。「出来れば
「あと慥かペンギンの語源も――」元来北半球の
「えっ、さっきのペンギンそんな十円ハゲみたくなってたっけ……ストレス?」禿ではなく白髪の話である。「いやドンキのペンギンてサンタ帽被ってるから分からんな……意外とハゲ隠しだったり」
「ドンペンっすあのペンギン」
「そんなピンドンみたいな名前付いてたんだ!」
「そしてピンクのメスはドンコ」何と
「さあ」照れ笑いするドゥルシネーア。
「うどん粉じゃなくて白玉粉の話じゃなかった?」そもそもは白たまごの話であったが、千代も御子神の意図を汲んでそこまでは言及しなかった。
「いや白玉粉の話もしてないけど」
「うんこの話は?」
「人のいっぱい居るとこでやめなさい」ドゥルシネーアが年長者らしく後輩を窘める。
「さっきからこいつの喰い付くワードって幼児から小学校低学年レベルだよな」己のことは棚に上げて突き放すミコミコーナ。
「すいませんこのメガネ精神年齢が胎児なんです」
「自我すらも!」一般的に
「バブー」
「あっ、魚卵ちゃんが否定してる」ここでいう《
「何故だろうこのタオパイパイからは全くバブみを感じないんだよな……」
「タオパイパイって
「いって!」
「むしろサンチョみたいのを言うんじゃないか?」
「み、見てきたように言うな!」見たままを言ったのであろう。但し通常
「あ、指二本差すやつ」
「あとバブみの用法間違ってるから。流行り言葉を無闇に使うのはやめなさい」
「いやどこで流行ってんだよ……」どうやらバブみ(
「でも何気に姫も発言の節々にオタ臭さが滲み出てるよね」
「あっ、分かりみ」
「いや否定はしませんけど……」尤もどちらかといえばラ・サンチャの騎士の
「じゃあ今度からプリンセス・バブルガムね」
「いいですけど何です、ピーチ姫みたいなゲームのキャラですか?」中南米ではそのまま
「ひっで、さっきは泡姫って呼ぶなとか命令しといてうちの姫部長はいいっての?」
「お前も細かいこと憶えてんな!」
「ババちゃんバブルガムのバブルは風船だから」[訳註:西語でも《
「じゃあ何ですか、ダッチワイフってこと?――痛っ」
「ビックリした……年下の口からダッチワイフとか初めて聞いたぞ」我々にとってはトルデシーリャスの女王の口以来二日振りだ。[訳註:第二十章参照]
「もう……何百万人いるか知らないけど全オランダの既婚女性に謝りなさい」悪意はないとはいえ自己に対する
「ソーリー、ナウウィーアートモダッチ」オランダは徳川幕府が二百年以上に渡る鎖国体制を敷いて来た江戸時代に於いて、唯一交易が許されていた国家である。つまらぬことで日蘭関係を損ねるのは芳しくなかろう。「じゃあ《だっちゃ》ってのはオランダ方言?」
「アレは佐渡ヶ島だか鬼ヶ島だかじゃなかったっけ?」[訳註:漫画『うる星やつら』の作者・高橋留美子は、主人公の鬼娘ラムの語尾は自身の郷里である新潟ではなく仙台弁から借用したものだと後に語っている]
「鬼とかサディストだったら」無駄話を早々に切り上げようと、ドゥルシネーアが三人を追い立てる。「――勇敢なる蜂の騎士様に退治していただかなくちゃですけど、チヨちゃんお城からはまだ連絡ないんだよね?」
「ウンともドスンとも、トレスンとも」流石は進級を控えた中学三年生! もう数字を三まで数えられるとは![訳註:西un, dos, tres...《いち、にっ、さん……》]
「しょうがない」嘆息するエル・トボソ。「暫くは任せておきましょう」
「ん?――運を天に?」
「……まあそんなとこ」外国人観光客も多いのだろう、そこかしこで英語や秦語が飛び交っている。ドゥルシネーアは携帯画面を瞥見し時刻を確認した。「じゃあ半……じゃ時間ないか、四十五分に入り口で集合くらいにします?」
「いんじゃない?」
「異議なさ」仮令ここが二十四時間営業の
「お願いします」
地上十数階に及ぶ[訳註:但し総合量販店の店舗は四階まで]
嗚呼賢明なる読者の皆さんは信じてくれますでしょうか?、もし筆者が
ところで
尤も
皮と肉といえば、古代中国の
それでは次章からは――これももし可能であればだけれど――
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