第3章:七万四千年前からの警告
「私の声が聞こえていますね」
その声は、不思議なことに現代の日本語で響いた。というよりも、言語という概念を超えて、直接意味として伝わってきた。
「あなたは……」
「私はミラ。この研究施設の主任研究員です」
風蘭の目の前に、一人の女性の姿が結ばれる。長い銀髪を持つ彼女は、年齢を特定することが難しいミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
「なぜ、あなたの意識が……」
「私たちは特別な存在です」
ミラの声は穏やかだが、強い意志に満ちていた。
「私たちは『共鳴者』。集合意識の深層に直接アクセスできる稀有な存在です。私はあなたのような人が現れることを予見し、この記憶を特別な方法で符号化して残しました」
風蘭は息を呑む。目の前で繰り広げられる光景は、歴史の教科書を根底から覆すものだった。
「あなたたちの文明は、なぜ……」
「滅びました」
ミラは静かに続ける。
「私たちは意識のネットワーク化により、驚異的な技術発展を遂げました。しかし、それは同時に私たちの破滅への道でもありました」
施設の光景が変わり、巨大なホログラム装置が映し出す地球の姿が現れる。その表面には、光の網目のような模様が広がっていた。
「これが集合意識ネットワークです。私たちは個々の意識を直接繋ぎ合わせ、前例のない集合知を実現しました。その結果、技術革新は加速度的に進展しました」
しかし、ミラの表情は暗く沈んでいた。
「でも、それは同時に個性の喪失をもたらしました。ネットワークに繋がれば繋がるほど、個人の思考は集合の意思に飲み込まれていった。そして、ついには……」
突如として、轟音が響き渡る。研究施設の壁が大きく揺れる。
「トバ火山の噴火は、単なる自然災害だったのではありません」
ミラの声が重々しく響く。
「それは、暴走した集合意識を止めるための、最後の手段だったのです」
風蘭は衝撃に言葉を失う。七万四千年前の大噴火は、人類が自ら選択した運命だったというのか。
「しかし、私たちは完全に滅びることを選びませんでした。代わりに、警告と希望を未来に残すことを決めたのです」
ミラは風蘭に近づき、まっすぐに目を合わせる。
「あなたの時代は、今、同じ道を辿ろうとしていますね」
風蘭は息を呑む。確かに現代でも、量子ニューラルネットワークを用いた集合知システムの開発が急速に進んでいた。
「でも、まだ間に合います。私たちの失敗を、あなたたちの教訓にしてください。そして……」
突然、激しい振動が施設を襲う。映像が不安定になり始める。
「時間がありません」
ミラの声が急迫する。
「このあと、あなたの中で変化が始まるでしょう。それは進化への扉。恐れないでください。あなたは……」
その言葉を最後に、映像が霧散する。風蘭の意識は急速に現実へと引き戻されていった。
「風蘭さん! 大丈夫ですか!?」
九条の声が響く。風蘭はゆっくりと目を開けた。
「はい……」
その時、彼女は気づいた。研究室の空気が、以前とは違って見える。いや、「見える」という表現は正確ではない。彼女は空気中の分子の動きを、直接的に感知していたのだ。
「九条先生」
風蘭は静かに、しかし確信に満ちた声で言う。
「私の中で、何かが変わり始めています」
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