●第4章:意識の境界 ―量子の螺旋を紡ぐ者―
それから一週間が経過した。風蘭の変化は、日に日に顕著になっていった。
彼女の脳波には、これまで見たことのないパターンが現れ始めていた。通常の脳波計では捉えきれない、量子レベルの振動だった。
「これは、異常です」
神経科学部門の主任、水城美咲(みずきみさき)が憂慮の表情を浮かべる。
「ミクログリア細胞の活動が、通常の数十倍に達しています。しかも、それらは既知のパターンとは全く異なる方法で相互作用を起こしている」
研究所の特別会議室には、各部門の専門家が集められていた。
「しかし」
九条が反論する。
「風蘭さん本人は、むしろ体調は良好だと報告しています。むしろ、知覚能力は著しく向上しているように見える」
確かに、風蘭の能力は驚異的な発展を見せていた。彼女は今や、他者の感情を直接的に感知することができた。それは単なる共感とは異なる、より直接的な理解だった。
「問題は、この変化が何を意味するかです」
霧島所長が静かに言う。
「彼女の脳内で起きている変化は、私たちの理解を超えています。これは進化なのか、それとも……」
その時、会議室のドアが開く。風蘭が入ってきた。
「私の話を聞いてください」
彼女の声は、いつになく落ち着いていた。
「私の中で起きている変化は、決して異常なものではありません。これは、人類に備わっていた可能性の目覚めなのです」
会議室が静まり返る。
「古代文明は、技術による強制的な意識の統合を試みました。しかし、それは失敗に終わった。なぜなら、それは自然な進化の過程を無視した方法だったからです」
風蘭は続ける。
「でも今、私の中で起きている変化は違います。これは生物学的な進化の過程なのです」
「しかし」
水城が声を上げる。
「そんな急激な進化が、たった一週間で起こるはずがありません」
「いいえ」
風蘭は静かに首を振る。
「この変化は、実は何万年もの時を経て準備されてきたものなのです。古代文明の人々は、彼らの失敗を教訓として、新たな可能性を私たちの遺伝子の中に埋め込んだ。それが今、目覚め始めているのです」
その時、風蘭の意識が急に揺らぐ。彼女の目の前で、現実の風景が歪み始める。
「風蘭さん!」
九条が駆け寄る。しかし、その腕を風蘭は静かに制する。
「大丈夫です。これは……」
彼女の目の前で、現実の風景が溶け合うように変化していく。そこに、量子もつれによる新たな情報の層が見えてきた。この世界は、彼女が知っていた以上に深い繋がりで満ちていたのだ。
「私には見えます」
風蘭の声が、不思議な響きを帯びる。
「この世界は、私たちが思っているよりもずっと緊密に繋がっている。量子レベルでの意識の共鳴、それは……」
突然、彼女の体が光を放ち始めた。それは青白い、幽玄な輝き。研究員たちは、息を呑んで見守る。
「これは!」
九条が叫ぶ。測定器が激しい反応を示し始めた。風蘭の周囲で、空間そのものが歪んでいるかのようだった。
しかし、風蘭自身は穏やかな表情を浮かべていた。
「怖がらないでください。これは、新たな可能性の始まりなのです」
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