8話 女子高生へ

窓から朝日が漏れる。

周りを見渡すと、ぬいぐるみとかが低い本棚のうえに置かれている。

壁は薄いピンク色で、可愛らしい。


クローゼットをみると、ボウタイ付きのトップスとか可愛らしい服が多い。

フリル付きのミニスカートも多い。ガーリーな服が好きなのね。

下の店には、ヒップホップダンス用のTシャツとかがいくつもあった。


レースのカーテンの横にはセーラー服の制服がかかっていた。

そう、今日から女子高生としての生活を始める。


「翠、朝ご飯、早く食べないと遅刻するわよ。今日が高校の始業式でしょう。早く起きなさい。」

「わかった。今すぐ降りる。」


男性として過ごした高校生活は真っ暗だった。

でも、これで、明るい高校生活をやり直せる。

しかも、女性として。


私はリビングに降り、朝食をとった。

その時、不思議な声が聞こえた。


「この子は、中学の時に引きこもりで学校に行けない時期もあったけど、高校では大丈夫かしら。まあ、今日は明るいから、様子をみるしかないわね。」


これは母親が話しているのよね。

でも、笑顔で私をみるだけで口は動かしていない。

そもそも、そんなこと子どもに言うことじゃない。


これって、心を読めるってことなの?

死の世界を経験したことで得られた能力なのかもしれない。


生徒手帳で学校を調べ、電車で学校に向かう。

電車の中でも、多くの人の心が頭の中に飛び込んできたわ。

人間って、本当に醜い。


目の前の男子学生はかっこいいけど、頭の中は女性の裸の姿ばかり。

横にいる女性は、友達をいかに蹴落とそうか考えている。

少し前にいるおじさんは、前にいる女性のおしりを触ろうとしている。


私の周りには、こんな人ばかりがいたんだ。

これまで気づかなかった。


始業式は体育館で寒かった。

特にスカートから出ている素足はとても寒い。

そんなことを感じながら校長先生の挨拶を聞いていた。


クラスに戻るときに、横の女性が話しかけてきた。


「私、紬っていうんだけど、名前は?」

「翠よ。よろしくね。」

「みどりって、どんな感じなの? 緑色のみどり?」

「いえ、翡翠の翠なの。難しい漢字で、いつも説明、困っちゃう。」

「あとでスマホで調べてみる。翠、こちらもよろしく。」

「ねえ、同じクラスにさ、目黒 連みたいなかっこいい男子がいたわよね。高校生活って楽しみ。」

「あの人、私もかっこいいと思っていた。これから、どんな生活が待っているのかしら。わくわくするね。」


クラスに入ると、昔の自分ぐらいの年齢の女性の先生がいた。

本当にクラスメイトはみんな若い。

男性も肌がツヤツヤしている。


こうして私の高校生としての生活は始まった。

そして、最初に話しかけてきた紬とはいつも話してる友達となっていた。


半年経った頃、一緒にスカイツリーに行こうということになったの。

そして、ソラマチでショルダーバックとかのショッピングを楽しむ。

また、カフェで一緒にベリーショコラを食べて、ずっとクラスメートのことを話していた。


こういう女性どうしの関係はいいわね。

でも、紬は不思議。

どうしてか、心が読めない。


でも、そうだから、かえって、なんでも思ったことを話せる。

心を読める人と読めない人がいるのはわかっていた。

でも、それがどうしてかはわからなかった。


そんなことはどうでもいい。

紬といるのは心地よい。


そんなことを考え、紬と一緒にいると暗くなっていた。


「そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし。」

「そうね。ただ、浅草まで歩いてみない。街灯もきれいだし。」

「そうね。」

「じゃあ、行こう。」


川沿いに歩くと、隅田川が見えてきた。


「きれい。川沿いの光が水面に映るのはこんなにきれいなのね。」

「本当にきれい。」


その時だった。

紬は、私の口に口を重ねた。

びっくりした私は、凍りついた。

そして、その場を走り出してしまったの。

とんでもないことを言って。


「きたない女。気持ち悪い。」


この言葉が昔、自分をどんなに傷つけたのかを思い出していた。

とんでもないことを言ってしまった自分を悔やんだの。


私は、昔、あれだけ暗闇で悩んでたのに。

紬をあの暗黒の世界に引き込んでしまうのはわかっていたのに。

逆に、性同一性障害だった自分の過去を忘れたかったのかもしれない。


でも、私は、女性に体を預ける関係にはなれない。

もともと男性が好きで女性になったんだから。


翌日、紬とクラスで会うと、もう昨日の紬じゃなかった。

私は、裏で、紬がレズだという噂を流していた。

そんなことしなくてもいいのに。


私のことを大切に考えてくれた紬を追い詰めるなんて。

昔の自分は、醜い姿は自分だけの秘密だった。

でも、私のせいで、紬はみんなから醜いと思われてしまう。


本当にひどいことをしている自分を責めた。

女性どうしで付き合わなくても、相手を思いやる関係ではいられたと思う。

わかっているのに、紬を追い詰めることばかりをしてしまった。


私って、心も醜くなってしまったのね。

自分のことを抑えられない。


紬は学校に来れなくなってしまった。私のせいで。

先生から、仲良かった私に授業ノートを持っていくよう言われた。

私は、紬の家に行くと、ちょうどコンビニの前で紬と会った。


「この前はごめんなさい。でも、私は翠とこれからも友達として一緒にいたい。」

「今日は、先生から授業ノートを渡しなさいと言われて来ただけ。渡したら帰る。はい。」

「そんなに嫌わないで。もう、キスなんてしないから。翠は、私に初めてできた友達なの。」

「汚らわしい。もう、気持ち悪くてだめ。私の前にもう来ないで。」


本当に、どうしてそんなことを言ってしまうんだろう。

自分のことを抑えられない。


自分が、昔こうだったことを知られるのが怖いの?

私の本性は、こんなに醜くなかったのに。


次の日、学校に行くと、大騒ぎになっていた。

紬が自殺したということだったの。

紬は、私と会った直後に、走ってくるトラックに身を投げたということだった。


なんてことしちゃったんだろう。

紬が傷ついていることはわかっていたのに。

紬の気持ちは、自分のこととして理解していたのに。


それから、毎晩、紬が夢にでてくるようになったの。

自殺する直前に、すがるように私の顔を見ていた紬の顔。

毎晩、私の横で佇み、あの顔で私を見下ろす。


私も幽霊だったことがあるから、そんな存在がいても不思議に思わない。

でも、私の心を読むのはやめて。

私が性同一障害で苦しんでいた過去に気づかないで。


もし、気づいたら、汚れた翠なんかに言われたくないと怒るでしょう。

自分は女性が好きだっただけで、人を蹴落としてきたあなたみたく汚い女性じゃないと。

毎晩、紬に見られていくうちに、紬の顔は怒りに変わっていくのがみえた。


私は、その日から転ぶことが多くなり、傷だらけになっていったの。

そして、昨日は、学校の階段から転げ落ちてしまった。

誰かから押されたように感じた。紬がやったんだと思う。


今は、病院のベッドの上。右腕を骨折したんだって。

そこでも、毎晩、恨みがいっぱいの紬が私を見下ろす。


私の中の罪悪感が、そう見せていたのかもしれない。

毎晩、私の周囲は凍りつく。真夏なのに。

体を動かせない。これが金縛りなのかしら。


ある日、夜目覚めたら、紬の顔が私の顔の真上にあった。

私に口づけをするように。

その時の紬の顔は優しかった。


私も、その時だけは、嫌がらずに口づけを受け入れたわ。

そして、紬は私を優しく抱きしめた。

どうしてか、ギブスをしていないみたいに腕が動く。


その腕で私も紬を抱きしめた。

ごめんなさい。私は、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

いつもは寒々しいのに、紬の体はとても温かく、優しさを感じていたから。


その晩から、急に紬が夜に現れることはなくなったの。

紬は満足して成仏したのかな。

いえ、それは楽観的過ぎる。人間の気持ちはそんなに単純ではないもの。

紬があきらめたのか、私の罪悪感も尽きたのか。


翌日、学校に行き、終了後、反省してもしきれない気持ちで校門をでた。

その時だった。

もと私が働いていた組織の上司が正門の前で待っていたの。


「どうだ、女子高生を楽しんでるか。今日は、仕事をしてもらいたいという話しで来た。」

「お久しぶりね。」

「女子高生に馴染んでいるみたいだね。」


私が人の心を読めるということは知らないみたい。

この上司の心を読んだ時に衝撃を受けた。

私の事故の本当の犯人がわかったから。


私の事故は、テロ組織の報復ではなかったの。

私が勤める組織は、死後の世界との関係を築くテクノロジーを開発した。

そして、人を霊界に送り、人間社会に戻すことができるようになった。


その時、総理大臣と天皇のテロ計画があった。

そこで、透明人間のように情報収集をする幽霊がほしかった。

だから私を殺して幽霊にした。


とんでもないこと。

私は、この上司への憤りで体が震えた。


「では、よろしくお願いするね。」


更に、この上司は、私のことを使い勝手がいい女性だと思っている。

そして、そのうちに切り捨てればいいとも思っている。

私の命は、この人に奪われたのね。


私は、オーダーを受けて、取り組むふりをして、この上司のことを調べた。

息子を裏口入学させている。

国のお金も横領している。


しかも、これまで私が調べた人のうち、数人は悪人じゃない人もいた。

上司の昇格の邪魔になる人。

それは自分の損得だけによるものだった。なんて人なの。


私は、これらの情報を週刊誌に売った。

週刊誌の人は女子高生がこんな情報を持っていることを不思議に思っていたわ。

私は、ただ、メッセンジャーで、中身は知らないと言い張ったの。

そして、情報源に渡してくれと言われて5万円を受け取った。


翌週に週刊誌に「官僚の闇」というタイトルで公表された。

上司は、懲戒処分となり、その後、落ちぶれてホームレスになったと聞いている。

私の体を奪った当然の報い。


そして、これで私は組織から開放された。

私は、成人すると、また体を売って組織で働くのかと悩んでいたの。

だから、本当によかった。


私は、昔を断ち切って、普通の女子高生としての生活を始めたの。

そんな頃、どうしてか人の心を読める力は消えていった。

どうしてかはわからない。

まあ、もともと憎んでいた力だからなくなって良かったけど。

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