6話 監視カメラ

今度は、夫婦役で、奥様どうしで仲良くなることで情報を取得するもの。

もとの自分の体と夫婦役をするというのはとても違和感があった。

でも、お互いにエッチをすることもなかったのは助かったかな。


今回のターゲットは、爆破テロを東京駅で起こそうと計画していると聞いている。

いつ、どこでいつ爆破するのかを特定するのが私の仕事。

でも、前にいる夫婦は、どこにでもいる仲の良い夫婦にしかみえない。

テロを計画しているなんて思えない。


私が押したドアフォンが響く。


「こんにちわ。横に越してきた結城です。これから、よろしくお願いします。」


彼が挨拶をする。その後、私からお菓子を渡して奥様に話しかけた。


「つまらないものですけど、どうぞ。私は千葉で育ったんですけど、この天王洲アイルは初めてで、友達がいないんです。奥様と話し相手になれれば嬉しいですけど。よろしくお願いいたします。」

「新婚さんなの?」

「わかります? 来月、結婚式を挙げるんです。その前に、一緒に暮らす場所を探していて、ここが一番良いかなと思って引っ越ししてきました。」

「やっぱり。よろしくね。ここって、そんなに家賃高くないけど素敵よね。白を基調としたインテリアがいいし、海が見えるのもいい。朝日が海から上がってくるところなんて感激しちゃうわよ。だからか、新婚の夫婦が多いの。私たちも、半年前に結婚してここに住み始めたわ。」

「そうなんですか、それは親近感を感じる。」


私たちは、1ヶ月後にハネムーンということで4日外泊をした。

そして、ネットで購入したイタリアのお土産を持って、あの夫婦を再訪した。


「イタリア、とっても素敵だったわ。レストランとか、どこに入っても美味しいし。イタリアって、日本人に合うと思う。」

「お土産、ありがとう。今度、私もイタリアに行ってみるわ。ところで、パートナーとはどこで知り合ったの?」

「病院で合ったの。私も、彼も、当時は職場が厳しくて、少し鬱ぎみだったの。でも、彼と病院で出会って話しているうちに、嫌だったことがどうでもよくなって、心が落ち着いたの。だから、彼は、私の癒やしなの。」

「そうだったのね。素敵な出会いじゃない。そして、一緒にいて癒しになる彼なんて理想。私は、職場恋愛で、付き合って3年で結婚したけど、最近、彼で良かったかななんて思うことがある。」

「人生の先輩のことを聞いている感じ。」


話していても、ごく普通の女性。

爆破テロの件は、パートナーだけの仕業なのかしら。

この女性はなにも知らないとか?


そんなはずはない。

この女性のハッキング力で、これまで逃げ切っていると聞いている。

だから、ハッキングのスキルを持つ私が選ばれたとも聞いている。


「ねえ、芽衣は、仕事しているのよね。どんな仕事をしているの?」

「澪はIT会社に勤めているのよね。私も同業なの。でも、フルリモート勤務だから、家にずっといるのよ。」

「そうなんだ。いいな。どんな領域?」

「セキュリティの専門家。いわゆるホワイトハッカーね。セキュリティ診断とか、外からあえてハッキングをしてみて、弱点を探すとかしている。この仕事は家でもできるのがいいわね。」

「すごいじゃない。私には、そんなすごいスキルなんてないもの。」

「ただ、狭い範囲で深堀りしたノウハウって感じ。でも、今って、外国からの攻撃とか多くて、ひっぱりだこだから助かる。家にいてもできる仕事だし、子どもができても続けられそう。」

「今度、教えてくれます? 私も、そんな業務をできるようになりたい。」

「じゃあ、まずは、この本読んでみて。」


ハッキングが初めてなんて嘘。私はプロ級なのよ。

でも、なにも知らないかのように、数ヶ月、彼女の指導を受けていた。


「上達が早いわね。澪はこの仕事向いているわ。じゃあ、今日はお金が出る仕事をやってみて。」

「やっとね。どんな仕事。」

「東京駅を運営する会社から依頼されたんだけど、東京駅の監視カメラの場所を全て明確にしてみて。東京駅は、高いセキュリティでそんなことはできないと言っているけど、それは過信だということを知らせることが今回の仕事。」


私は、東京駅の監視カメラの位置を明らかにした。

そして、私は、東京駅で爆弾を設置するとすれば、ここが最適だと絞り込んだ。

そして、そこを映す監視カメラの場所は芽衣には伝えなかったの。


「素質あるわ。じゃあ、これ今回の報酬。これからも、この仕事やってみなさいよ。」

「嬉しい。あれ10万円も入っているじゃない。こういう仕事、これからもやってみたいわ。」

「じゃあ、組織の人に紹介しておくね。」


芽衣は私のことを全く疑う様子はない。

ただの無邪気な、新婚の奥様としか思っていないのね。

それはそれで都合がいい。私の演技がすごいとも言えるけど。


祐一は爆破の実行日を探し出した。

どうやって探し出したかは知らない。

別に興味もないし。


でも、外から見れば、私たち夫婦の協力で、爆破の日時と場所を特定できたの。

そして、監視カメラが停止していると安心した犯人は、爆弾の設置するところを捕まった。

それを手助けしたということで、横に住む夫婦も逮捕された。


私たちの仕事は終わり。

天王洲アイルのマンションで祝杯をあげた。

少し飲みすぎたみたい。体がほてる。


祐一もだいぶ酔っ払ったみたい。

そして、私を抱きしめた。

なんか、今日はしたい気持ちだったし、まあ、いいかと思ったわ。


兄弟みたいに思っていたけど、全く血縁がない男女だし。

なんか、最近はやってなくて欲求不満ぎみだったし。

もう、なんか考えるのが面倒になっちゃった。


私の幸せって、なんなのかしら。

こんな、不思議な出会いをした人と一緒に暮らすというのもありかもしれない。

どうせ、もう恋なんてしないと思う。

これから、ワクワクすることなんてないよね。


これって、運命だったのかもしれない。

そもそも、ジェンダーに違和感を感じている2人。

その2人が同時に同じ病院にいるなんて奇跡だよね。


体を交換するなんてあり得ないでしょう。

しかも、この体のことは全て知ってるし。


祐一は、私のことをどう思っているのかしら。

何を考えて私を抱きしめているんだろう。

体を交換してから半年が過ぎた。


でも、未だに祐一は何を考えているのかわからない。

何か隠しているのかもしれない。

でも、それでいい。隠し事が一つもない人なんていないから。


私は祐一に体を任せた。

そして、体に雷が体中に走った途端、体はのけぞっていた。

朝を迎え、私は祐一に語りかけた。


「昨日は、意外と素敵だった。これからどうする?」

「一緒に暮らそうか。僕も、昔好きだった女性と会ったんだけど、旦那さんと、子どもと3人で幸せに暮らしていて、僕の入り込む隙間は全くなかった。だから、もう自暴自棄になっていたんだけど、君と一緒に暮らすうちに、情が移ったというか、なんとなく一緒にいたいと思うようになったんだ。」

「そうだったのね。私達のことは2人しか知らないし、一緒に秘密を抱えているということでは、いい関係を築けるかも。一緒に過ごすことは私も賛成。」

「じゃあ、まずは、それで進もう。」


私たちは、天王洲アイルの家から車で私が過ごした市川に行くことにした。

私が過ごした街、小学校とかを祐一に紹介したかったから。

苦労ばかりだったけど、私の過ごしてきた時間を祐一に共有したかったの。


車に乗り、芝浦入口から首都高に入ったときだった。

祐一は、ブレーキが効かないといい出したの。

そして、どういうわけかスピードはどんどん上がっていく。

そのうち、ハンドルも効かなくなり、カーブのところで壁に激突した。


私たちの体は燃え上がる車の中で灰になっていく。

私がやっと見つけたささやかな未来が奪われた。

テロ集団の報復だったと思う。

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