3話 体を交換する

大学を卒業してIT会社に就職した。

組織人としては向かないけど、テクノロジーはすごいと言われ。

そう、大学時代ではハッキングを学び、警察でもアルバイトをしていたから。


感染症がはやり自宅中心の業務になったことは幸いだった。

誰とも会わなくてもいい。誰も好きになることもない。

感染症が明けても、ほとんどリモート勤務で過ごした。


毎日、あるサイトに入り込めと言われ、そのレポートを出す。

セキュリティホールがないかクイックサーベイをするのが僕の仕事。

だから、PCさえあれば、会社に行く必要もない。


職場にどんな人がいるのか知らないけど、そんなことはどうでもいい。

汚らわしい人だと気づかれないから。

その方が気楽だし、空気のように見られる方が楽。


僕は、親から離れて1人暮らしを始めたんだ。

そして、メイクをし、レディースの服で過ごした。

毎日、女性として過ごす日々を続けた。

この姿が一番、おちつく。


今は、ネットで女性ものはいくらでも買える。

部屋には何でもそろっている。

直ぐ側にあるヘアサロンに行き、ロングにした髪の毛の手入れをする。

ヘアサロンだけはバレていると思うけど、今どき、そんな人は大勢いるからなにも言われない。


時々、配達のお兄さんがくる。

でも、女性だと思われているに違いない。

少し声が低い女性だなと。


本当は整形をしたい。

バストを大きくして、下半身を切って変えたい。

でも、そうすると、男性なのにって変人と思われるのが怖い。

そもそも、この声は変えられないし。


でも、女性としての身なりをしないと心を落ち着かせることができない。

僕は暗闇から這い出ることができずにいた。

心のなかで葛藤が続く日々を過ごしていた。


ところで、時々は買い物にでかける。

さすがに、誰と会うかわからないし、女性の格好では外に出れない。

そんなときは髪は後ろにアンパンヘアにする。

ジャージ姿でもさっとした姿で。


誰も僕には関心ないから、横を通り過ぎても気づかれないと思う。

道路を見て、猫背で歩けば、顔を見られることもない。

だから、ジャージ姿で帽子とマスクをすれば、ジェンダーは気にならないはず。


変に心がときめくようなことがあれば、また、苦しい思いをするだけ。

職場の飲み会も、誘われることはない。

それはそうだよね。職場にいかないんだから。


僕には、光が当たらない暗いところが似合っている。

自分の不格好な体も見えないのもいい。


ある日、買い物から家に帰ると、母親が部屋で待っていたんだ。

出かけるときに、メイク道具をテーブルの上に置きっぱなしだった。

女性ものの服も多くある。


「祐一、女性と暮らしていたんだね。安心した。女性に興味がないと思っていたから。」

「なんで来るんだよ。来るときには、事前に言ってもらわないと困る。」

「親なんだからいいでしょう。肉じゃがおいておくから、食べて。大したもの食べていなんでそう。今度、ここで一緒に暮らしている女性を紹介しなさいよ。」

「まだ早い。帰ってくれ。」


僕は、母親を部屋から追い出し、ドアを閉めた。

僕は、両親にも自分の醜い癖を隠している。

そんな醜い子供を産んだと思えば悲しむだろうから。


そんな日々を過ごしていたら、ある日、ベッドから起き上がれない自分に気づいた。

どうしてしまったんだろう。

会社に体調が悪いと連絡し、その日はベッドでずっと寝て過ごした。

食べ物も食べずに。


でも、次の日も起きられない。

体に鞭を打ち、なんとか起き上がって病院に行ったら鬱と診断された。

心が病んでいたんだ。


それから会社は休み、3か月が過ぎたころだった。

先生にある病室で待つように言われ、椅子に座って待っていた。

10分ぐらいすると、暗く肌があれて目がうつろな同年齢の女性が入ってきたんだ。


そして、先生は驚くことを話し始めた。

お互いに体を交換してはどうだろうかと。


お互いに性同一性障害で、脳を交換する手術を提案された。

体質、血液等はお互いにとても相性がよい。

手術は成功する可能性が高いという。


最近は、脳の移植手術も安定しているらしい。

僕らのように相性がよければ成功確率は90%を超えるというのだ。


僕らは、どんな生活をしてきたかお互いに語り合った。

お互いに、自分のジェンダーの違和感に苦しみ、苦悩してきた。

ただ、隠れるように陰で生きてきたので、大した人生ではない。


彼女も、ずっと体に違和感があったこと。

生理が始まり、バスとも膨らみ、そんな体を汚らしいものとして感じたこと。


女性で好きな人がいたけど、嫌われると思い言い出せなかったこと。

大学を卒業して、極力人と会わずに、ひっそりと過ごしてきたこと。

そんな生活だから、友達は一人もいないこと。

親元を離れ、今は1人暮らしをしていること。


周りの人から、そんな人がいたのかと記憶にないと思われているらしい。

僕は、上司からコンピュータと話しているようだと言われたのと同じ。


この女性になれたら、どんな人生が待っているだろうか。

この女性は、今はぼろぼろだけど、本来は美しいように見える。

スタイルもいい。高校の時の湊くんと会っていれば、愛してくれたと思う。


彼女が僕の体に入れれば、男性として問題なく過ごせるはず。

僕も目の前の彼女も、この提案を受けたいと言った。


手術代は、2人がこれまで貯めてきたお金で払える範囲。

友達もいない僕らには、お金を使うことがなかったから、それなりの貯金がある。

2人は親にも相談せずに、その場で手術を受けることになった。


そして、1か月後、包帯を取った時の僕は喜びに溢れていた。

目の前には、女性として生まれ変わった自分がいた。

手術の傷もほとんど見えない。


バスト、体の曲線、憧れていた姿になった自分が鏡に映っている。

あれだけ嫌だった下半身も女性の姿になっている。


背は女性としては少し高めで、僕と同じぐらい。

体を交換した相手も、僕の体を鏡で見て笑顔いっぱいだった。

そして、僕らは、再出発を誓ったんだ。


それぞれは、元の体の人として生きていくことにした。

僕は、この体の女性として。

名前は、桜井 澪と言っていた。

仕事は僕と同じ、別会社のエンジニアだった。だから仕事には困らない。


僕は、これからの生活について話した。

部屋にある女装グッズは僕が引き上げる。

この体では、僕が持っている服は着れそうだ。


僕は、桜井 澪として、その家で生活を開始した。

メイクやレディースの服を着こなすことは、いつものことなので問題はない。

おそるおそる会社に行き、業務を開始した。


「課長、今日は何をすればいいのでしょうか?」


一瞬、課長はたじろいたように見えた。

これまで、私から話しかけることはなかったんだと思う。


「そうだね。じゃあ、この設計書のAプロセスについてプログラミングを本日中にしておいてくれ。」


目を真ん丸にして私を見つめる課長は、部長から呼ばれ去っていった。

私は、アクセス要件がよく分からなかったので、横の同僚みたい女性に話しかけたの。


「あのう、ここはどうしてこうなっているのか教えてくれる。」

「桜井さん、イメチェン? どうしたの?」

「ちょっとね。自分を変えてみようと思って。」

「桜井さんは、きれいなんだから、今のほうがいいわよ。」

「ありがとう。」


お昼が終わり、午後の業務を始めると、少し年上の男性がみんなに声をかけていた。


「今日は、新入社員の歓迎会で18時に1階のロビーに集合です。時間厳守でお願いします。」

「あのう、今更ですけど、私も参加していいですか?」

「桜井さんが・・・。風邪で1人が欠席になって、キャンセルできなかったから助かるけど。本当に出席でいいの?」

「ええ、たまには参加します。」

「じゃあ、18時に集合ね。お願いします。」


歓迎会では、気分がよくなっていっぱい話してしまったの。

本当に嬉しくて。


渋谷の繁華街を通って帰っていく。

見て見て、私の体、魅力的でしょう。

隠して嘘をつくところはどこにもない。


私は前からやってみたかった長い髪をかき上げてみた。

みんなが私を見てる。本当に楽しい。

そう、こういう生活を送ってみたかったの。


飲みすぎたのか、夜、家に帰るとすぐに寝てしまった。

翌朝は土曜日なのでお昼までは寝ていた。

夜中に1回起きて、そういえば肌が荒れると慌ててメークを落としたけど。

せっかく手に入れた女性の肌だもの。大切にしないと。

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