2話 ジェンダーへの違和感
子供のころから自分のジェンダーに違和感を感じていた。
最初に感じたのは、幼稚園の頃。
お料理を作る遊びばかりしていた。
先生から、庭で鬼ごっこをしなさいと言われていた。
男の子なんだから。
どうして、おままごとをしていてはだめなのだろうか。
あたりまえという形に、どうしてはめようとするのか。
いつも心の中で思っていたんだ。
春に桜が咲き、夏にセミが鳴く。
秋に紅葉となって葉が散り、雪が降る冬になる。
そういう、いつも変わらないものがあるのだとわかっている。
でも、そうじゃない世界があったっていいじゃないか。
小学校の頃には、母親のリップを密かにぬってみた。
母親のスカートもはいたこともある。
母親が買い物に出かけた後に。
ブラの中に水を入れたビニール袋を入れてバストを作る。
女性になって、かわいくなることを毎日夢を見て過ごした。
でも、ネイルは匂いでバレるので使えなかった。
リムーバーを使うことになるから。
また、ピアスの穴をあけることもできない。
やはり、男性の体では、なんでもできるわけにいかない。
本物の女性になれるはずもない。
中学の時には、自分の下半身がとても嫌だった。
切ってしまいたいと思ったことは何度もある。
でも、血だらけになってただで済むわけないから、あきらめた。
また、声変わりをしたときには絶望したよ。
女性とはどんどん離れていくんだと。
声を出すのも嫌で誰とも話さなくなったんだ。
誰も理解者がいない毎日が暗闇に包まれていた。
朝起きても、心から話せる人がいない学校なんて行きたくない。
学校でも、家でも、ただ机にうつぶせになるだけ。
学校が終わるとすぐ帰り、部屋に閉じこもる。
僕に見える世界は自分の部屋だけだった。
ただ、この頃は気づいていなかった。
僕の後ろに、ずっと見つめている存在がいたことを。
いつも、僕を真っ暗な凍りつく世界に引き込む存在を。
ただ、高校に入った頃、その存在は消えていたんだと思う。
僕は、だんだん暖かくなる中で、心も穏やかになっていった。
高校に入り、気分を変えようと思ったんだ。
こんなことじゃだめだからと。
周りが変わるのはいいチャンスじゃないか。
高校に入った時、クラスで心がときめいたクラスメートがいた。
彼は、湊くんと言って、軟式テニス部に入ったんだ。
ワンチャンあるかもと思い、僕も、軟式テニス部に入った。
そしたら、偶然に、湊くんとは、後衛、前衛で組むことができたんだ。
「同じクラスの結城だよな。僕は軟式テニス初めてだけど、よろしくな。」
「こちらこそ、よろしく。湊くんだよね。僕も軟式テニス、初めてだから下手だと思う。がんばろうね。」
久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。
トレーニングという名のもとに一緒に川沿いを走る時間。
息を合わせて相手チームと戦う時間。
練習が終わり着替える部室に戻る時間。
一緒に笑顔で話す時間は笑顔と輝きに充ちていた。
もちろん、怖くて好きだなんて言えない。
でも、湊くんは、笑顔で何でも話してくれる。
こういう作戦でどうだろうかと僕の意見を聞いてくれる。
見た目と同じで、とてもやさしい彼だった。
学校の帰り、駅まで一緒に歩くことも増えた。
そんなときの湊くんの話しも魅力的だった。
話題の幅が広いし、それに対する自分の意見をしっかり持っている。
そんな湊くんを夕日が照らし、本当にキラキラしていたんだ。
夢の中で、湊くんに抱きしめられ、キスをする夢も見るようになった。
僕の心は、湊くんで全て覆われていたんだ。
でも、男性だから、湊くんが僕を好きになってくれることはない。
男性の友達としてこれからも接してくれるとは思う。
でも、僕の愛情に応えてくれることは今後もあり得ないと思う。
僕は、輝く時間が増えるほど、これまで以上に漆黒の闇に包まれる時間も増えていった。
陽の光を浴びた湊くんは僕に微笑んでいる。
2年目の冬、練習が終わり、部室に戻るときに。
湊くんが僕に向かって微笑んでいた。
僕と気持ちが通じたと感じた瞬間だった。
湊くんも、僕に好意を持ってくれていると思う。
今なら告白できる。
僕は、湊くんに歩み寄り、階段の前で唇を重ねた。
衝動的なことで、どうしてそんなことをしてしまったのかよくわからずに。
湊くんは、その場で凍り付いたように見えた。
そして、僕を突き放し、気持ち悪いと言い放って去っていったんだ。
僕は、とんでもないことをしてしまったと後悔した。
翌日、湊くんは無言で退部届を出し、クラスの中でも僕を避けるようになった。
そして、高校の3年目では別のクラスになり、顔もみることがなくなった。
男性とは愛情をもって接することはできないと実感した時だった。
どんなに親しくなっても。
それから、僕は、自分の愛情は押し殺してきたんだ。
どんなに素敵な男性がいても、それを表に出せば嫌われる。
いや、汚いものをみたかのように、一瞬にして見下される。
僕は、本当に汚らわしい生き物だ。
どうして、こんな姿に生まれてきてしまったのだろう。
女性として生まれてくれば良かっただけだったのに。
また、漆黒の闇の世界が続いた。
もう、僕には明るい未来なんてない。
行きていてはいけない存在なんだと、心が潰されそうだった。
それでも、大学に入り、心が惹かれた人が現れた。
もう、前のような失敗はしないようにしよう。
僕は、彼と穏やかで、暖かい日々を一緒に過ごした。
「僕らもやっと20歳になったし、今度、飲みに行こうよ。」
「いいね。居酒屋とか行ってみたかったんだ。」
「これから毎週水曜日は一緒に居酒屋めぐりしようか。」
「それいい。SNSに載せて、僕らの渋谷の居酒屋ランキングを発表しよう。」
「いいじゃん。将来の居酒屋評論家のはじまりだ。」
夜明けまで飲み明かし、時々、彼は、僕の部屋に泊まることもあった。
寝ている彼を見るのは辛いときもあった。
抱きしめることはできないから。
1年ぐらい経ったある日、居酒屋で彼は話し始めた。
「僕、来週から、好きな人と一緒に暮らすことにしたんだ。」
「おめでとう。付き合っている人がいたんだ。」
「今度、会ってくれないかな。」
「会ってみたいかな。」
「じゃあ、来週の居酒屋会、連れて来る。ただ、これからも、この居酒屋会は続けたいけど、いいよな。」
「もちろんだよ。いつも、楽しいし。」
よかった。告発したら嫌われていたんだと思う。
多分、可愛らしい彼女なんだろう。
僕のこと、いい友達としてこれからも見てほしい。
翌週、3人で予約した居酒屋で待っていた。
女性が一緒だから、少しおしゃれな居酒屋で。
僕は、先に来て、窓から渋谷の街を見ていた。
次々と、楽しそうにしている男女が通り過ぎる。
やっぱり、男性は女性と一緒なのが幸せなんだろうな。
僕と付き合ってくれる男性なんて、これからもいないと思う。
その時、彼が現れた。
「あれ、今日は彼女連れてくるんじゃなかったっけ? 横の方は誰?」
「おどろかせちゃったね。横にいる人が僕のパートナーなんだ。これまで言えなかったんだけど、僕は、男性が好きなんだ。こんな僕だけど、これからも友達でいてほしい。だめかな。」
「樹といいます。健一がとっても仲良くしている人がいるって聞いて、会いたかった。驚きましたよね。でも、こういう形もあるんです。これから、時々、一緒に飲むことができれば嬉しいです。」
私はその場で凍った。
彼に告白していれば付き合えたんだ。
目の前にチャンスがあったのに手にできなかった。
僕は、その場を飛び出していた。
僕がまた会っていれば、パートナーは気分がよくないだろう。
そんな言い訳をして。
彼が追いかけてきていたのは気づいていた。
でも、もう振り返るなんて選択肢は僕にはなかった。
目に涙が溢れていた。
最寄りの駅から、暗い道を家に向かう。
まだ凍りつくように寒い日が続く。
目の前には梅の花が凛と咲いている。
この寒さの中で、周りに咲いている花もないのに。
まるで僕のようだ。
気持ちをわかってくれる人は誰もいない。
いや、いたのに手からこぼれ落ちてしまった。
横を電車が通り過ぎる。
窓からは、幸せそうな人が横の人に笑っている。
どうして、そんなに幸せそうな顔ができるのだろうか。
後から思えば、また幽霊に取り憑かれていたんだと思う。
幽霊に取り憑かれると、絶望し、命を終わらせようと考える。
自殺するか否かは紙一重。
踏切に足を入れれば、もう終わらせることができるのだろうか。
僕は、もう何も考えられなくなっていた。
自殺を考えた時、ふとなにかの刺激が踏みとどまらせることもある。
僕には、それが雪だった。
粉雪が舞ってきた。
もう、こんな汚い僕を雪で消し去ってほしい。
そうすれば、少しは清らかに生きることができる。
自殺なんてしたら親に迷惑をかけちゃうね。
自分の醜さに、輪をかけてしまう。
そう思い、下を向いて家路についた。
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