第03話 屋敷に連れ込まれた

「っ、私の秘密を知った奴をここで帰すワケないでしょ!?」

「えぇ……」

「ほら、早く!」

「ちょちょちょ、待てって……!」


 音無がグイグイと手を掴んだ俺の腕を引っ張ってくるが、俺は一旦その場で踏み止まった。


 この際、家に――というより屋敷に入るのは良い。

 というより、入らないと音無が納得しないだろう。


 だが、俺みたいな庶民がこんな立派な屋敷の敷居を跨ぐのは、それなりに覚悟と勇気が必要なんだということをわかっていただきたい。


「すぅ……はぁ……」

「何やってんの……?」


 や、やめてくれ、音無。

 隣から「何でそんなに緊張してるんですか? キモいんですか?」みたいな視線を向けないでくれ。


「よ、よし。心の準備は出来た……」

「は? キモ」

「お、お前なぁ……」

「ほら、さっさとついてきて!」

「へいへい……」


 俺は音無に腕を引かれるまま、明らかに住む世界が違う『音無家』という名の異世界に、足を踏み入れた。


 広い庭を分断する石畳の道を歩き、やっとの思いで屋敷の玄関に到着。


 門から玄関までのこの道のりが、体感覚的には勇者一行が魔王城まで辿り着くまでの旅路くらいには感じられた。


 んまぁ、勇者一行に加わったことがないんで、実際のところは想像の域を出ないんですけれども…………


 とはいえ、まだ玄関に到着しただけ。

 音無がここで帰してくれるワケもないので、俺は今からこの魔王城――もとい、音無邸に足を踏み入れなければならないのだ。


 ここで都合よく「あ、家の鍵がない……」とでもなればまた話は違うのだろうが、音無はせっせとカバンから自宅のものと思われる鍵を取り出していた。


 ガチャ。


「な、なぁ、音無」

「なに?」


 まだ何か? とでも言いたげな不満に満ちた視線を向けてくる音無に、俺はダメ元でこの状況を脱する策を繰り出す。


「お、俺、まさかお前がこんな豪邸に住んでるとは思ってもなかったからさ、今なんにも手持ちがないんだよな。お父様やお母様にも申し訳ないし、やっぱ後日改めて菓子折りでも持ってから出直そうと思うんだが……!」


 どうだ……!?


 ゴクリ、と固唾を飲み込みながら、音無の反応を注視する。


 音無は一度俺を訝し気に睨んだあと、「ふん」と鼻を鳴らして視線を正面に戻し、背の高い玄関扉を開けた。


 チラリと見えた横顔は、どことなく寂しげだった。


「必要ない。二人とも海外だから」

「か、海外?」

「外資系なの」

「え、じゃあ、お前このデカい家で一人暮らしか!?」

「だったら何」


 何と問われても別に何もないが…………


 でも、俺の口は自然と感想を口にしてしまっていた。


「それは、寂しいな……」

「……別に」


 音無が否定するまでに見逃せない沈黙があったことには、触れないでおこう。


 というか、心配してやるような可愛げのある奴でもない。


「って、いいからさっさと入れっ!!」

「痛ってぇ……!?」


 グイッ、と俺の右足を、音無のローファーが強く踏みつけていた。


 ほら、やっぱり可愛くない。

 誰が心配なんかしてやるか。


 俺は小さな音無の背中を恨めしげに睨みながら、あとをついて玄関に入った。


 広い玄関に他の靴は見当たらない。

 やはり、家の中にも人気を感じず、閑散としている。


「で、俺は一体家に連れ込まれて何されるんだ?」

「さぁね、どうしてやるかいくつか考えはあるけど……その前に……」


 先にローファーを脱いで玄関を上がった音無が、俺を――正確には俺のぐっしょり濡れた左半身を見詰めてから、屋敷の廊下の奥へ指を指して言ってきた。


「お風呂、あっちだから。さっさと入って出てきて」

「え、風呂? いや、いいよ別に」

「いいから! 頼んでもないのに気ぃ使われて風邪でも引かれたら、こっちの寝覚めが悪いの!」


 コイツ……こんな性格して、意外と目敏いな。


 確かに、俺が左半身を濡らしているのは気を使ったからだ。


 女子と相合傘をした経験なんて皆無であるにもかかわらず、巡ってきたその初めての相手が、性格と口の悪さはともかくあの《サイレント・プリンセス》。


 気を使うなという方が無理な話。


 いくら一本の傘を共有しないといけない状況だったとはいえ、俺なんかが密着していい相手ではないだろう。


 傘の中で出来る限り彼我の距離を確保しつつ、音無を濡らさないように配慮した結果、俺の左肩から先が犠牲になってしまったのだ。


「ホントにいいって、遠慮します! ってか、誰もいない家に女子と二人きりの状況で風呂なんか入れるワケないだろ!?」

「は、はぁっ!? きっも! キモキモきんっも! 何想像してんの変態っ!」


 音無が自分の身体を両腕で抱きながら吠えてくるので、俺は徐々に苛立ちゲージを上昇させながら言い返す。


「想像してんじゃなくて配慮してんの! 高校生なんだからそれくらいわかれよ!? ガキなのは身体だけにしとけ!」

「い、言った! 今アンタ言っちゃいけないこと言ったからね!? 誰がロリっ子だって!?」

「言ってねぇよ!? 曲解が過ぎるわ!!」


 ぜぇはぁぜぇはぁ……、と二人の荒い呼吸が広い玄関に虚しく響く。


 あぁ、もうコイツめんどくせぇ。

 ってか、こんなこと言い合ってたせいで変に汗もかいてきた。


 どうせ音無に譲る気もないだろうし、大人しく従うことにしよう。


「はぁ……わかった。入る、入らせていただきます」

「最初から言うこと聞いてればいいのに、めんどくさいなぁ……」


 ほんっと、コイツ可愛くねぇな!?

 誰のための配慮だと思ってんだよ……!


 もういい。

 俺、もうコイツに何か気を使ったり配慮したりしないから!


 俺はそう心に誓って、投げやりに「お邪魔します」と言ってから、音無の指差すままに風呂へと向かった。


 軽く泳げそうな浴槽。

 当然のように存在するサウナルーム。

 そして、見ればわかるお高いシャワーヘッド。


 音無邸の風呂は、やはりその屋敷に相応しい造りになっていた――――

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【日給¥10,000!?】無口可憐な《サイレント・プリンセス》が実はめっっっちゃ毒舌性悪美少女であることを、家政夫の俺だけが知っている 水瓶シロン @Ryokusen

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