第3話 悪夢
パパ活をしている日は、早くても二十二時を過ぎないと帰ってこない。しかし今はまだ十九時半だ。
扉が開き、ぐったりとした様子の夫がリビングに入って来た。
「ただいま……。ちょっと体調が悪いから、明日は休んで、病院へ行ってくるから……」
「そうなんだ。風邪?」
息子にうつされては困るので訊いた。
「風邪じゃないと思う。突然、喉と胸に激痛が走って、死ぬかと思ったんだ。今はもう痛くないけど、一応、病院へ行ってくる」
「そう……」
ふと、カントリードールに『嘘ついたら針千本飲ます』と言ったことを思い出した。もしかすると、会議だと嘘をついたから、喉と胸に激痛が走ったのではないだろうか。針を飲んだら、そんな痛みを感じような気がする。
——まさか、ね……。
バンッ! と扉が開いて、息子がリビングに入って来た。
「ママ、お風呂終わった……。お父さん、帰って来たんだ」
「うるさいぞ、悠太! 俺は体調が悪いんだから、静かにしろよ!」
夫に怒鳴られた悠太は、何も言わずにリビングを出て行った。
「そんな言い方をしなくても良いでしょ。体調が悪いからって、悠太に当たらないでよ」
「お前の躾がなってないから、俺に対して、あんなに態度が悪いんだろ! 子供の躾くらい、ちゃんとしろよ!」
「あなたも親でしょう! それに、悠太は先生から褒められるくらい、良い子よ! あなたが親らしいことを何もしないから、嫌われてるだけなんじゃないの?」
「なんだと!」
喚く夫を無視して、息子の部屋に向かった。
「悠太、大丈夫?」
息子はベッドの上で、布団を抱きしめている。
——可哀想に。
ベッドに座って、息子を抱きしめた。
「さっきのはお父さんが悪いんだからね。悠太は気にしなくていいよ」
「……お父さんなんか、いなくなっちゃえばいいのに」
「うーん。でもね、お父さんがいなくなると、お金が入ってこなくなっちゃうの。そうしたらお母さんはずっと働かないといけなくなって、悠太と一緒にいる時間が、少なくなっちゃうんだよ」
「それは嫌だ! じゃあお父さんは、怖いお化けに追いかけられたらいい」
「怖いお化け?」
「うん。怖いお化けが、コラー! って追いかけてきたら、お父さんも、ごめんなさいって言うと思う」
「あはは。それ、良いね。泣きたくなるくらい、怖いお化けに追いかけられたら良いのにね」
息子の想像しているお化けはきっと、絵本に出てくるような可愛らしいお化けなのだろう。少し見てみたい気もする。
「あれ?」
息子と布団の間に、赤いチェックが見えた。
「それって、ママの人形? いつ持って来たの?」
「ママのだから、触っちゃダメだった?」
「ううん、そんなことはないよ。最初は怖いって言ってたのに、持っていたから、びっくりしただけ。よく見ると、可愛いでしょう?」
「うん、可愛いと思う」
カントリードールを持っている息子の姿が可愛らしい。
「ママ。お父さんの機嫌が悪いから、僕は部屋にいるね」
「その方がいいかもしれないね」
「ママもお風呂から出たら、ここに戻って来てね。ぬいぐるみと一緒に、待っておくから」
「うん、分かった」
息子はカントリードールを横に置いてゲームを始めたので、頭を撫でてから、部屋を後にした。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
突然、悲鳴が聞こえて目が覚めた。息子を寝かしつけている内に、眠ってしまったようだ。息子はベッドの上で、気持ちよさそうに眠っている。
ドスッ、ドスッ、ドスッ、と廊下を早足で歩く音がした。
「悠太が寝てるのに、うるさいなぁ……」
廊下には電気がついている。リビングの扉は開かれていて、やはり電気がついているので、眩しくて眉間に力が入った。
ざあああああ
水が流れる音が聞こえる。水道の水を出しっぱなしにしているのだろう。
「もう、何なのよ……」
リビングに入ると、夫がシンクの前に立っているのが見えた。
「どうしたの? もう、夜中なんだけど」
「い、嫌な夢を見たんだよ……」
「はぁっ? 夢を見ただけで、こんな時間に騒がしくしてるの? 子供じゃないんだから、やめてよ」
「外国人、の男が……太った大男が追いかけてきて、どんどん腐って行くんだよ……。皮膚や目玉が溶けて、こぼれ落ちて、血まみれになって! 腹が裂けて内臓が飛び出しても、まだ追ってくるんだ。それで、お、覆い被さって来たところで目が覚めたんだけど。夢なのに、あの男の身体がすげぇ熱くて、吐きそうなくらい臭かったんだ……! 何であんな夢を見たんだろう……。うっ。げえぇ」
夫はシンクに頭を入れて、吐いている。
次の更新予定
2025年1月10日 12:00
忌み人形アリス —縁切りの呪法 弐— 碧絃(aoi) @aoi-neco
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