第3話 放課後、キミに溺れる

 放課後、ルリわたしがひとけのない廊下を歩いていたら、ちょうど颯太君と鉢合わせになる。


 彼は何か考え事をしていたのか、わたしの姿に気づくと少し驚いた顔をした。


「白峰先輩、こんな時間まで生徒会の仕事ですか?」


「ええ。そろそろ学園祭だしね」


 実際のところ、今日分の仕事は早々に済ませてあったけれど、なんとなく校内をぶらついてしまう。彼と会えるかもしれないと思ったら、どうしても帰りたくなかった。


 そんな自分を「クールじゃない」と笑いたくなる。けれど仕方ない。人を好きになるというのは、こういうことなのだろう。


「先輩、荷物多そうですね。手伝いましょうか?」


「……ふふ。いいの? そういうの、嫌いじゃない?」


「そういうのって、何ですか?」


「人の面倒を見るの、あまり得意そうじゃないイメージだったから」


 小さく肩をすくめると、颯太君は少し困ったような、照れ臭いような表情を見せる。


 その顔が新鮮で、思わず胸が温かくなる。


(やっぱり自然体ね……みんなわたしに近づくときは、もっと緊張したり媚びたりしてくるのに)


 颯太君とこうして言葉を交わすだけで、日常がふわりと色づいて見えるのが不思議だ。


 外見だけなら、もっとイケメンと呼ばれる人はいるし、成績優秀な優等生もいる。


 それでも、わたしが惹かれたのは織田颯太。だからこそ──その特別感がたまらない。


「……ありがとう。じゃあ、ちょっと持ってもらえる?」


「あ、はい。どれくらいの量です?」


「このファイル数枚だから、そんなに重くはないわ。悪いわね」


「いえ、全然構いませんよ」


 わたしがファイルを渡すと、彼は素直に受け取ってくれる。


 颯太君にちょっと絡まれただけで、どうしてこんなに嬉しいんだろう。こんな些細なやり取りなのに、心臓がドキドキして仕方がない。


 颯太君がファイルを抱えたまま歩き出し、わたしは横に並んで付いていく。


 不意に、颯太君のシャツの袖が少しほつれているのを目にして、思わず指を伸ばした。


「……危ない。ほつれた糸が指に引っかかると痛いわよ」


「あ、すみません、直してなくて」


「余計なお世話かもしれないけど、後で縫ってあげましょうか?」


「え、先輩が?」


「できるのよ。そんなに意外だった?」


「い、いえ……別に」


 ふふ……まさに、こういうところよ。


 こういうところが好きなの。


 周囲はわたしのことを完璧超人だなんて思っているから、裁縫なんてお手のものだと思うでしょう。


 でも颯太君は違う。


 わたしには、裁縫なんてできっこないと思っている。


 だから……愛おしいの……


 わたしはクスリと笑う。すると、彼も照れくさそうに笑い返してくれる。


 ああ、この時間がずっと続けばいいのに。


 わたしは、胸の奥から湧き上がる独占欲をぎゅっと押し留める。


 今はまだ焦るときじゃない。


 いずれこの想いをぶつけるときが来るのだから。

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