第2話 止められない

 ルリわたしは廊下を歩いていると、遠巻きにこちらを見ては、そそくさと離れていく影があった。


 ポニーテールを揺らしながら、視線を伏せてこちらを見ようとしないあの子。


 友部愛乃ともべあの。生徒会の雑務を手伝う後輩だけれど、最近は妙に避けられているような気がする。


 特にわたしが彼女に何かしたわけではない。むしろ、わたしからすればあまり干渉する気もないのだけれど……


(何かに気づいている、ということかしら)


 ちらりと視線を投げると、友部さんはビクリと肩を跳ねさせ、こちらを決して見ようとせずに逃げ出してしまう。


 この態度、明らかに人間のものだ。


 わたしが密かに開設している秘密プライベートチャンネル──あの裏の配信を、もしかして彼女は把握しているのかもしれない。


「……別に、知られたところで構わないけれど」


 小さく呟く。実際、そこで騒ぎを起こされても、隠蔽するだけの力はわたしにはある。


 学園の生徒会長という立場は、情報にも人脈にも不自由しない。けれど、それよりも問題なのはに知られること──それだけは不安と興奮が入り混じった複雑な気持ちを呼び起こす。


 彼──


 ──そう、織田颯太おだそうた


 正直、あの人がわたしをどう思っているのか、自分でも図りきれない。でも、わたしのほうは完全に惹かれてしまっている。


(顔がタイプ……なんて単純な話じゃないのよ……)


 学園一の美少女、カリスマ生徒会長──と持て囃されても、わたし自身は昔から冷めていた。


 褒められることや告白されることにも慣れきって、何も感じなくなった。


 ところが、颯太君はわたしを女神扱いなんてしなかった。


 ただの一人の人間として接してくれて、無遠慮な質問を投げかけることもある。そして、わたしの持つややこしい本質を見抜いているような……そんな気配すら感じる。


「……彼だけが、わたしを本当の意味で見てくれている気がする……」


 自然と唇から言葉がこぼれる。


 裏を返せば、わたしは秘密チャンネルでしか吐き出せない独占欲を持っている。


 誰にも隠している歪んだ本音。


 だけど、あの人なら──あの織田颯太なら、すべてを受け止めてくれるんじゃないかと期待してしまう。


 もっとも、まだ彼はあのチャンネルを見たことなどないだろうし、わたしの気持ちも知らないはず。


 だからこそ、胸の奥が熱い。


「ふふ……ああ、もう……」


 わたしは静かに目を伏せる。


 わたしは止まらない。止められない。


 むしろ、そのスリルすら楽しんでいる自分がいる。


 そうして今はただ、颯太君と向き合う機会を待ちわびていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る