2 妥当な理由
やがてジーンはトーヤが傭兵であること、そして死神という二つ名で呼ばれていることを知った。
「死神ってのは死神にも愛想をつかされたやつって意味さ。とにかくどんな戦場でも生き残っちまうもんで、そう呼ばれるようになったんだよ」
なぜ死神と呼ばれているのかと聞いた時、トーヤはヘラヘラと笑いながらそう説明してくれたが、ジーンはそれを聞いてトーヤが死神でよかったと思った。だって、死神は生き残る、生きていたらまた来てくれる。
トーヤのことでジーンには少し気になることがあった。
あの時トーヤが口にしたこの言葉、
『またミーヤにどやされる』
これを聞いて、ああこの人には待つ人がいるのだ、だから自分を断ったのだと思ったのだが、そのミーヤについても次第にどういう人であるかが分かってきた。
「ミーヤはあれだよ、俺の親代わりみたいなもんだ。この近くの店でおまえと同じ仕事をしてる。俺の死んだ母親の妹分でな、自分が世話になった代わりに俺のことを世話してくれてた。だから仕事から戻ったら顔を出す。世間のやつらが言う実家に帰るみたいなもんだな」
この言葉を聞いてジーンはホッとしている自分に気がついていた。トーヤに決まった人がいたのではないことがうれしかったようだ。
トーヤ本人だけではなく、同じ店や違う店の娼婦仲間からもトーヤの話は色々と耳に入ってくる。15歳という若さですでに死神という二つ名を持つ傭兵は、かなりの有名人であったからだ。
ミーヤがいる店、そしてトーヤが生まれたというその店はジーンがいる店よりももっと格下の場末の店だった。そのことにもジーンはなんだかホッとした。なぜだか分からないが、そのミーヤというトーヤの親代わりの娼婦に負けたくない、そんな気持ちがあったらしい。
ミーヤはミーヤでトーヤとは違う意味で少しばかり有名人でもあった。場末の店の女なのに3人もの旦那がついている。一人はそこそこの船持ちの船長、もう一人はある大店の隠居、さらにもう一人は世界中を航海する若い船乗り。
旦那とは、もっと上級の娼家で高貴な方や富豪がお気に入りの娼婦を独占するために特別の契約を交わしたことが始まりだが、それを真似てもっと下級の娼家にまで広まった。元々は色々と約束事も多く一般における婚姻契約のように関係も深い。だがミーヤ程度の娼婦にとってはしっかりした常連、色々と手助けしてもらえる深い関係の客というほどのことで、一方的に破棄してもあまり問題は起こらず罰則もない。それでも一度約束してしまうとそれなりに面倒なので、よほど気に入りの女でなければただの常連の方が気楽というものだ。
それが、そんな場末でありながら三人も特別な関係を結びたいと望み、しかも三人ともずっと関係が続いている末端の娼婦、そんな風にミーヤも世間の興味を引く存在だった。
トーヤは仕事、つまり戦場から帰るとそのミーヤの元に帰るのだが、その時に戦場の臭いが残っているのを嫌うミーヤに叱られるらしい。それでトーヤはどこぞの宿に潜り込み、戦場の汚れを洗い流し、ついでに女性にちょっとばかり癒やされてからミーヤのところへ戻るというわけだ。
トーヤがミーヤのいる娼家を「実家のようなもの」と言っていたが、それはどうやら本当のことのようだ。ミーヤのいる店は決してトーヤの家ではないが、待ってくれる家族がいるからそこに戻るということなのだろう。
ジーンの店はミーヤの店から遠からず近からず、客層もそうかぶることがないので商売敵というわけでもない。一度どうしてこの店を選んだのかとトーヤに聞いたところ、明解な答えが帰ってきた。
「風呂がいいんだよ、ここ」
トーヤは風呂好きだ、娼家だけではなく、普通の宿に泊まる時にも風呂にはちょっとしたこだわりがあるらしい。きれいな宿でも風呂が清潔ではなかったり、古かったりしたらその宿には行きたくないと言っていて、ジーンは自分のいる店の風呂場がきれいでよかったと思った。
それからジーンは聞きたいことがいくつかあり、馴染みになるにしたがって、恐る恐るそういう質問もしてみた。
まず聞いたのは、どうして自分の常連になってくれたかということだ。ジーンは特に売れっ子というわけではない。店の中では中ぐらいの売れ方だと思う。お茶っ引きが続いて困ることもないが、引く手あまただというわけでもない。本当にそこそこ、適当に常連もいるが旦那になってやろうという深い客もいない。
「トーヤに旦那になってもらったらいいんじゃないかい」
女将にそう言われたこともあるぐらい、トーヤは店に来たらジーンを相手に選んでくれるが、そんな気はないのは見ていて分かる。だが気にいってくれてる気はするので聞いてみたら、こんな返事が返ってきた。
「初客にどうかって言われてるのを断っただろ、それでなんか申し訳ないなと思って相方にしてみたら、おまえは気性もよくてさっぱりしてるし、色々と相性がよかったからな。話もしやすいし一緒にいて気楽だ」
あっさりとそんな返事を返されて、ジーンはなんと言っていいのか分からなくなった。だが確かに娼婦と客という立場では、それが一番妥当な理由であるだろう。
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