解放された気持ち

 三人が騒いでいると、ウラノフ中尉はひとりの女性警官に合図して、銀髪の少女を前に立たせた。

「さて、お前さんたちが保護して欲しいと言っていたのはこの子のことじゃな。旅立ちの準備はととのえておるよ」


 少女の身柄は、別の国にある奴隷保護施設に送られることに決まっていた。世界でも珍しい奴隷の福祉をうたう民間法人が経営し、高齢や病気を理由に捨てられた奴隷たちの世話をしている。

 銀髪の少女の黄色い瞳の中に映るユーリは、どうにも困惑した表情を浮かべていた。何と声をかければよいかと悩んで、結局口にしたのは「元気でね」というありきたりな別れの挨拶だった。

 言葉で表現できない代わりに、彼はそっと少女の手を取って、小さな革袋を握らせた。硬いものが触れ合う高く澄んだ音がする。入っているのは銅貨だ。金貨にしなかったのは、計算のできない少女が無用なトラブルに巻き込まれるのを防ぐためで、費用を惜しんだからではない。

 少女は長いこと革袋を見つめていた。


 やがて、ウラノフ中尉が彼女をともに去ろうとすると、少女の口から思いもかけない言葉が飛び出した。

「偽善者」

 可愛らしい声が紡いだ不穏なワード。一同の間に緊張が走る。

「わたしは商人に買われた奴隷。わたしはたくさん言葉知ってる。このお金、お母ちゃんやお兄ちゃん助けてくれない。お母ちゃんは、歳をとってキレイじゃなくなったから、保健所に送られた。お兄ちゃんは、ケガをして働けなくなったから保健所に送られた。保健所、殺処分が待ってる怖い場所。そうならないようにいい子でいなさいって、お母ちゃん言ってた。でもわたし、前のご主人様に反抗して、売られて、でも今のご主人様のところではいい子にしてた。なのにわたし、また別の場所に売られる」

 トレフル・ブランたちが来たせいで……と言いたいようだ。正確には彼女は売られるのではなく保護されるのだが、自分の意志によらず知らない場所に行かされるという点では同じだろう。

「私は奴隷。ずっと、殺処分に怯えながら生きていく。あなたたち、お金持ってる、いい毛皮着てる。それ、動物殺して作った服、わたしは知ってる。私は奴隷、奴隷は動物と同じ。あなたたち、動物殺す側の人」

 それらの長い長い言葉を話すとき、少女はユーリの顔を見なかった。少女の黄色の瞳からはポロポロと絶え間なく涙があふれ、地面にシミを作っていた。

 怒りに満ちた言葉を叩きつけながら、少女の体からあふれているのは悲しみと無力感ではないかと、トレフル・ブランは思った。ユーリが自分を傷つける存在でないことを、彼女は理解したのだろう。だから甘えて、他の人間には決して言えない本心を吐露したのだ。


 トレフル・ブランの胸のうちに、どうしようもないやるせなさが満ちた。

 トレフル・ブランに、彼女を奴隷の身分から解放してやる力はない。おそらくは死者の国にいるであろう、彼女の親兄弟を蘇らせることもできない。

 身に着けている毛皮が、無生物である魔獣の加工品だからと言ってなんの慰めになるだろう。肉や魚を食べて生活し、動物実験によって安全性の確認された薬品を使う。今日からそれらすべてをなくすことは出来ない。

 彼女の言う通り、トレフル・ブランは、動物の命を奪う側の人間に違いないのだ。

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