トレフル・ブラン宛の小包

 こうして、司法局からフーが派遣されたときには、ルザールビッシュ伯爵を100回ぐらい逮捕できそうな証拠の山が積みあがっていた。

 これを現地の警察関係者に共有し、上層部に圧力をかけて捜査を黙認するよう働きかけるのはルーの仕事だった。悪事を暴くための行為を黙認させるという奇妙な手順が、権力者がらみの不正だとどうしても必要になるのだった。

 四人は、警察関係者でごった返す屋敷の様子を眺めながら、中庭で話をしている。フーが密輸品について捜査したところルザールビッシュ伯爵の関与が浮上し、この国を訪れていた見習い魔導士三人が捜査に協力した、という筋書きになっているので、子どもが紛れ込んでいても表立って文句を言う者はいない。

 その中庭に、貧相なひげを生やした中年の軍人がやって来た。彼はニコニコ上機嫌で、ちょいちょいとヒゲをつまんでいる。

「いやぁ、下っ端の観光警察が、こんなでかい事件に遭遇するとはね。しかも、わしは魔導士協会のえらいさんを手伝って不正を暴いたヒーロー扱いじゃ。階級も上がる。そうすりゃ年金も上がる。嫁さんと子どもに、でかい顔が出来るわい」

「ウラノフ中尉! このたびはご協力ありがとうございました!」

 ユーリはウラノフ中尉の手を両手で握り、ぶんぶん振り回した。ウラノフ中尉も嬉しそうに応えている。

 不意に、彼の視線がトレフル・ブランを捉えた。

「トレフルというのはお前さんかね。小包が届いておるよ」

「トレフル・ブランです。ありがとうございます。でもなんで中尉が?」

 包みを受け取りながら訊くと、「今朝がた駐屯所に届いておったんだよ。何故かは知らん」という曖昧な返事があった。差出人を確認する。

「……先生だ」

 それは、魔法の師匠からの贈り物だった。

 入っていたものは、茶色の薄いシートのようなものが一枚だけ。

「……なんだろ。湿布薬?」

「そう見えますけど……」

 一緒に覗き込んでいたキーチェが、触れようとして思いとどまり、手を引っ込めた。

「トレフル・ブランの先生のことですから、そう見せかけて、なにかおかしな効果のある魔道具なんじゃありませんか?」

 キーチェは過去のあれこれを思い出したようだ。トレフル・ブランも、先生がまともなアイテムを寄越すとは思っていなかったので、まずは魔法で調査してみる。表面は布のようなもの、裏側にはシールと剥離紙――たしかに見た目は湿布薬だが、ふつうの湿布薬に幾層も魔法陣が仕込んであるはずがない。間違いなく魔道具である。

 ユーリが、湿布薬型魔道具の下に敷かれた白い紙に気付いた。

「これに説明が書いてあるんじゃない?」

 言われて、二つ折りの紙片を開く。


「我が弟子 トレフル・ブランへ


 此度、すごい魔道具を開発したので自慢のために送る

 どんな傷でも一週間も貼っていれば治してしまう湿布薬だ

 おかげで私の肌はつるつるピカピカ乾燥知らずでモテすぎて困る

 温泉卵というやつを初めて食したが美味いものだな


 (狐と野バラの印影)」


 傷の治療は、範囲が広く、深度が大きく、古いものほど完治させるのが難しい。メッセージの内容が本当なら、確かに素晴らしい薬である。

 しかし、これに対する三人の反応は感動とは程遠い。

「なんで一番ダサい肌色の湿布薬にしたんだろ。軟膏なんこうにすれば何度も使えるのに」

 とトレフル・ブラン。

「お肌がつるつるなのは温泉の効果ではありませんこと?」

 とキーチェ。

「旅行先でも研究を欠かさないなんて、さすが伝説の魔法使いだな!」

 とユーリ。

 狐と野バラの紋章は、魔導士協会が『伝説の』と修飾するたった一人の魔導士だけが使えるもの。その人は『名前のない魔法使い』として知られており、トレフル・ブランさえ本当の名前は知らない。

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