伝統料理のレストラン

 翌日の昼。

 再び、華やかなリースが飾られた古い木製の玄関扉の前に立つ三人。

「いらっしゃいませ……?」

 黒服の中年男性ウェイターが出迎え、三人に次いで動物たちを見つめる。

「お客様、恐れ入りますが、当店では小型犬のみ……」

「犬です! そうだよな、お前たち!」

 ユーリの掛け声に合わせて、聖獣イノケンスフェラたちは合唱練習の成果を見せる。

「キャンキャン」

「クーンクーン」

「グッグッ……わんわん」

 男性ウェイターが首を傾げた。

「はて、最後の鳴き声は犬か……?」

 そこへ、ピンク髪の若い女性ウェイトレスがトレイに水を乗せて通りかかる。

「わんわん言ってるんだから、犬っすよ、店長!」

「そ、そう言われてみれば……コホン、失礼いたしました。テラス席へご案内いたします」

 男性ウェイターの背後でパチンとウィンクを飛ばし、女性ウェイトレスは去って行った。


 四角い大きなテーブルに白いクロス。白い背もたれのついたチェアが4脚置かれた、広い席だ。同じものが他にふたつある。テラスと往来の間には細い花壇があり、金銀のリボンが飾られた低木によって区切られている。白い日傘の背後に広がる晴れた空。やや風は強いが、気持ちの良いランチ日和だ。

 冬の北国なので、キーチェもユーリも魔獣製の毛皮のコートは着たままだ。キーチェは、お気に入りの純白のコートを前にしばらく思案していたが。トレフルブランも、他のふたりと同じ魔獣から作ったマフラーを持っているが、本日はホテルに置いてきた。ブランカが、肩の上を気に入って、ふんわりと首に巻き付いているから。

 オリオンは床の上でユーリにじゃれつき、アレウスはキーチェの膝の上であくびをしている。


 早速、前菜が運ばれてきた。

 白いお皿に真っ赤なスープ。サワークリームが乗っている。時を置かず、カラフルな野菜の入ったポテトサラダ。

 トレフル・ブランは一口スープをすすった。

「あ、辛くないんだね」

 同じくスプーンを手に、キーチェは得意げだ。

「こちらはラトゥア王国の伝統料理です。赤色は、野菜の色素ですのよ」

 ふたりが会話している間に、ユーリはもうスープもサラダも平らげている。一行で一番の健啖けんたん家は「このスープがあと3杯欲しい」と言って、名残惜しそうに空の皿を見下ろした。

 続いて登場したのは、ふっくら焼いた小麦粉生地の上に、クリームチーズと具材が乗った小さめのパンケーキのようなもの。スモークサーモン、キャビア、いくらなど贅沢な海の幸が乗っている。

「うまい! ひとり3枚だけ? 追加注文しようかな」

「コース料理には決まった手順と言うものがあるのです、それを乱すとお店の方に迷惑ですわ」

 特にいくらが気に入ったらしいユーリを、キーチェがたしなめる。


 三人が食事を楽しんでいると、にわかに入り口が騒がしくなった。テラス席なので、音がよく届く。

「ですから、ただいま満席でございまして……」

 この声は、先ほど出迎えてくれた男性ウェイターのものだ。

「嘘をつくな! 窓から見えたぞ。西側の窓のそばにある席には誰もいないじゃないか!」

 怒鳴っているのも男性のようだ。威張り散らすのに慣れた、横柄な声だった。

 トレフル・ブランは、ちらりと背後を振り返った。

 彼の後ろに、店舗の外壁が半円に飛び出した空間があって、その窓枠から見える席には、確かに誰もいない。しかし、白い円卓の上には、食器や食べ残しの料理などがそのまま残されている。店側も処理が追い付いていないのだろう。

「そちらは、清掃がまだの状態でございます。現在、ご案内できるお席がございません」

 男性ウェイターが困っているようだ。

 男性客の方は、ふん、と荒い鼻息を吐き出すと、従者らしき若い男性に袋を持ってこさせた。

 チャリン、と硬質のものが触れ合う音が鳴る。

「ほら、これでいいんだろう。庶民は金にうるさいから困る。さっさと案内しろ」

 トレフル・ブランから男性ウェイターの表情は見えなかったが、彼が盛大なため息と苛立ちを飲みこんだことが背中から察せられた。おそらくは金のためではなく、これ以上はた迷惑な怒鳴り声を聞かなくて済むように、横柄な客の要求を受け入れることにしたようだ。

「かしこまりました。すぐに清掃いたしますので、しばらくテラス席にてお待ちください……君、急いで円卓を片付けて!」

 もう一度背後を振り返る。窓枠の中の世界に、ウェイトレスがふたり慌ててやって来て、やや乱暴に円卓の上の食器その他を片付けていく。

(あのオッサン、しばらくテラス席に来るのか。嫌だなぁ)

 トレフル・ブランはちょっと憂鬱な気分になった。目の前に座る同行者ふたりの顔を見ると、彼らもそうらしい。

 キーチェがため息まじりに言った。

「心を無にしてやり過ごしましょう。私たちまで騒いでは、お店にもほかのお客さんにも迷惑ですわ」

 トレフル・ブランとユーリが頷いたとき、テラス席に通じるドアが開いた。

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