第4話 添削、そして事件 (2)
「あ、忘れてた!」
その帰り道、玉木が急に大声を出した。
「なんだ、忘れ物か?」
「違いますよ。例の新人賞のことです。このあいだ、部員の誰かだったとしても黙っている方がいい、って話になりましたよね。あれから考えたんですけど、それやっぱりまずいと思うんです」
「まずいって、何が」
「だって、応募したのと同じ小説が、今度の部誌に載るかもしれないんですよ。それを学園祭で売るんです。それをやったらまずいんですよ」
「ああ、受賞作を出版する出版社が気を悪くする、ってことか。だけど、たかが高校の学園祭だぞ。部数も金額も、たいしたものにはならないだろ」
「金額の問題じゃないんです。載った時点で、それは『未発表』ではなくなってしまうんですよ」
玉木の指摘に、ああそういうことか、とぼくはうなずいた。新人賞に応募できる小説は、未発表の作品に限られていることが多いのだ。
「なるほどね。だけどどうなのかな。高校の部活で発表しただけで、失格扱いになるのかね」
「応募要項を調べてみたんですけど、同人誌やネットで掲載した作品も、駄目なんだそうです。部誌って、同人誌みたいなものですよね。どの時点で発表したら違反になるかについては厳密に書いてはありませんでしたが、応募の後ならかまわないってことはないでしょう。それに──」
「待った待った」
熱心な調子でしゃべり続ける玉木を、ぼくは押しとどめた。
「受賞したのが小野寺さんだったとしても、応募したのと同じ小説を部誌用に出したとは限らないだろ。彼女の小説は、もう提出されているんだったよな。江波さんも目を通しているだろうし、登場人物の名前やあらすじが受賞作と同じだったら、気づくんじゃないか? 江波さんは、そのことで何か言っていたか?」
「あ」
玉木は一瞬、口を開いたまま固まってしまった。
「……あー、そうですよねえ。なんで気がつかなかったんだろ」
「だからといって、『犯人』が小野寺さんじゃない、ってことでもないけどな。たぶんだけど、賞に応募したのなら、部誌には別の小説を書いて提出すると思うし。賞の締め切りが4月末なら、今までにたっぷり時間はある。
それよりぼくは、『輪読会』のほうが気になるかな。文芸部って、自分の作品を部員に読ませて、講評してもらったりするんだろう?」
「ああ、たまにやりますね」玉木が答える。
「そこで修正意見が出たりすると、それを取り入れて手直しすることもあるわけだ。でもこれ、問題じゃないかな。修正したら、その部分は作者のオリジナルではなくなってしまう。そんな修正がそこかしこに散らばっていたら、本当の作者が誰なのか、曖昧になってくるんじゃないか? そうしてできた小説を賞に出したりしたら、その方がまずいかもしれない」
「うーん、そこはそんなに気にしなくてもいいんじゃないですかね。それを言いだしたら、プロの作家さんは編集の人と打ち合わせするだけで、共作になってしまいますよ」
「本来は共作でもいいと思うんだよ。それだけの貢献があるのなら」
「確かに、あの大ヒットマンガが売れたのは担当編集者のおかげ、なんて話は聞きますね。そういう場合は、実質上ある程度は共作なのかもしれません。でも、それで作者が誰なのかが問題になったことは、ないと思いますよ。
それはともかくとして……うーん。なんだか、まだ少し気になりますね。本当に、応募したのとはまったく別の小説を出したのかどうか。だって、由貴ちゃんは最近、スランプ気味だったみたいじゃないですか。だったら新作ではなく、改作程度ですましたかもしれない。テーマは同じで、人物の名前や背景となる場所だけを変えて……」
玉木は独り言のように、ぶつぶつと話し続けた。こいつ、頭は文句なしにいいのだが、目の前のことに集中しすぎて、他が見えなくなることが時々ある。今も、そんな状態にいるらしかった。とうとう、「あーもう」と声を上げて、
「誰が受賞したかが、判ればいいんですけどねえ。いっそのこと、出版社に聞いてみましょうか」
「そんなの、教えてくれるわけないだろ」
「じゃあ、改めて小野寺さんに聞くしかないか。正直に話してくれるか、わからないけど。彼女の家って、このへんなんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。ほら、あそこです……あれ? 璃子の自転車がある」
玉木は、通りをはさんで向かいに建つ一軒の家を指差した。背の低いブロック塀に囲まれ、小さな庭の付いた、かなり古い二階建ての建物だ。門扉の向こうにはクロスバイクが一台、置かれていた。こちらから見えるのは家の裏口で、反対側にある表側はフレンチのお店になっている、と玉木は説明を加えた。
「すごく流行ってるみたいですよ。あの店は以前、バイトの学生が休業日の店内に忍び込んで、中にあった食材で変な料理を作って勝手に飲み食いする、という動画をネットで流したことがあったんです。それが炎上して、店の方もけっこうな打撃があったみたいですけど、今はすっかり立ち直ったみたいです。
たまにはぼくも、ああいう店に入ってみたいですねえ」
「ぼくにはちょっと、敷居が高いかな」
「まあそうですね。あそこ、けっこうな高級店ですから」
ぼくが首を横に振ると、玉木もうなずいた。その後、ぼくたちはたわいもない雑談をしながら、駅への道を歩いて行った。
それからの二週間、文芸部ではこれといって変わった出来事はなかった。木葉は異世界ものの短編を提出し、岩瀬もなんとかSFっぽい話を書き上げて、表紙のイラストに取りかかっていた。小野寺と江波は姿を見せなかった。公演期日がいよいよ迫って、劇団の方にかかりきりになっているのだろう。
その公演が行われたのは八月最後の週末で、チケットを買わされたぼくも、市民劇場の小ホールへ観劇に出かけた。所用があったため、ほんのさわりを見ただけで席を立ち、雨模様の空の下を帰途についたのだが、玉木は最後までいたらしい。後で聞いたところによると、劇自体はなかなかの出来だったそうだ。
だが、実はその公演の最中に、とんでもない事件が起きていたのだ。
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