10.
目の前に。
吹き荒ぶ白の中に赤が流れる。
何を想うでもなく、その赤を辿っていく。
身体は。
痛みに満ちて、鉛が詰まったように重たい。
そのくせ空いた腹だけはすっからかんに軽い。
全ては。
自分の弱さが招いた末路。
「あら、まだ一匹残っていたの」
ごうごうと吹雪の風音の中に、凛と通る声。
流れてくる赤の先。
女は壊れた馬車の車輪に寄りかかって座っていた。
いつの間にか、もうすぐそこまで。
息を吸うだけで鼻先と喉の奥が凍り付きそうな吹雪のせいで気がつかなかった。
「でも残念、弾はもう残ってないのよ」
女は生臭くて、火薬臭い。
千切れた足から溢れる血と、腕の中に抱えた猟銃。
「楽にしてあげられなくてごめんなさいね」
瀕死なのはお互い様だ。
人間が、小柄な女がそれだけの傷を負って血を流せばいずれ間もなく死ぬだろう。
この吹雪の中。
助けなど来るわけもないこの場所で。
痛みに苦しんでいるようなら、ひとおもいに喰い殺してやろうかとも思ったが。
「お腹が空いているの?」
女は微笑んでいた。
見れば顔は青白く、脂汗も浮かんでいる。
「なら、これ、食べていいわよ」
それでも笑みを崩さずに。
「さっき切られたばかりだし、きっと新鮮よ。まあいい感じに血抜きも済んでいるんじゃないかしら」
そう言って。
女は転がっていた片足を、ご丁寧にもブーツを剥いでこちらに投げて寄越した。
「お腹が空くと死んじゃうでしょ」
いや、死にかけてるのはお前の方だろ。
「でもその辺りのキノコとか拾い食いすると幻覚見たりお腹壊したり熱出たりするから気を付けて」
無駄に真に迫った顔で言うな。
「だから、食べるならそれにしておきなさい」
女は、また微笑んで。
それから、猟銃を杖に立ち上がった。
ボロボロの体を引き摺って。
馬と、いくつかの人間の死体には、見向きもせずに歩き出す。
こんな、命の軽い世界で。
死しか転がっていない場所で。
その女は命だけを見ていた。
生きることだけを見ていた。
「ああ、それと。あなた、いい匂いがするのね」
そのまま生きて帰れるはずがない。
深い傷はそこに刻まれたというだけで、身体と共に心の熱をも奪っていく。
どこかで力尽きて、その女も死んでいくのだろう。
「獣の匂い。お爺様が好きな匂い。私も、好きよ」
けれど、もしも。
もしもこいつが命を諦めず、離さず。
傷付いたままで生きていくのなら、そのときは。
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