第10話天才デザイナー ヴァネッサ・ロッシュ(備考欄※性格に難有り)




「はああああああああああ?魔物を解体してくれって??????一昨日来やがれ!!!!!」



バタンッッ!!!!



「やっぱり職人さんって力強いんっスね!ドアの風圧パネエっス!」

こっぴどく断られたというのになぜかアンちゃんは楽しそうだ。

「みんな最初は優しいのに、魔物って言った瞬間に態度が豹変するよね…説得しようにも取り付く島もない…どうしよ……」



人の文化や価値観、習慣を変えるのは容易ではないと改めて身に沁みた。

日本人に「今日から昆虫が主食です!」と言ってもすぐには変えられないようなものかもしれない。


これではアンちゃんの手持ちカードがなくなってしまう…

このままではいけない…

何か作戦を変えるか、視点を変えてみるとか…






「ここでラスト…」

王都の端まできたのはここが初めてだった。

年季の入ったレンガの大きな建物からは金物が仕事をする音や、溶剤の独特な香りが漂ってきた。

「そうっスね…ほかは王都の外だったり、あんまりレベルが高くなかったりするっスから、ここで決められるといいっスね!」

「ここが勝負所…だよね!作戦を立てよう!この工房の情報教えて!」

「もちろんっス!

この工房は…今まで回ったところの中では一番創業が長いっスね。

ここでは解体から、皮から革にするなめしと呼ばれる工程、革細工まで行っている工房っすね!

それで…」





「もう!!!なんでできないの!!!!!」





あと一軒の工房から、女の子の叫び声が聞こえる。

どうもかなりお怒りのようだ。

我々は入り口ドアの隙間から顔を少しだけ覗かせ、様子をみる(盗み聞きする)ことにした。



「嬢ちゃん、こっちも職人として言わせてもらうけどよ、おめえさんのデザインはたしかにかっこいい。いや、かっこよすぎる………しっかしなあ……」

グレーと白髪混じりの短髪ヘアーとお髭がとってもダンディーで、困った要望を出すクライアントに対して、正々堂々と己の意志を通している。

長身で、タンクトップから逞しい肩と腕が露出している。

灰色の年季の入ったエプロンと、茶色の皮のグローブがますますその魅力を引き出している。



「なに?」



非常に高圧的な態度をとっているこの少女は、見たところ14歳ほどだろうか。

美しく輝くストレートの金髪を胸元あたりまで伸ばし、7:3で分けた長い前髪を7の方はおろしっぱなしに3の方は耳にかけている。

片側から覗く江戸紫色の瞳が、男性を睨みつけている。

小さいが、ぷっくりとしたピンク色の唇は怒りを隠しきれずに歯を出している。

非常に洗練された真っ黒なワンピースを着用し、これは年齢に合わないようだが真っ黒なセットバックヒールを履いていた。

頭のてっぺんから、ワンピースから覗く細い脚まで、潤いに満ちた肌が彼女の美に賭ける思いが見えるようだ。


「嬢ちゃんとワシの関係だから言わせてもらう。

 おめえさんのデザインが実現不可能なのは、おめえさんが一番わかっとるはずだ

 うちの工房で無理なんやから、これを作れる職人はもうこの世界にはおらん…!」

「はあ?それをやれって言ってんの!あんたが頼みの綱なんですけど!」

「…嬢ちゃん、それが人に物を頼む態度かい?王都一のデザイナーなら、なに言ってもいいってそんなわけないだろ?わかんねーのかい?」


「あ!見たことあると思ったら、カリスマデザイナーのヴァネッサ・ロッシュっスよ!

性格に難ありとは聞いてたっスけど……想像以上っスね!」

「この態度、普通の社会人なら首だよね…お店とか持ってるの?」

「いや、依頼を受けた仕事のみするって感じっすね。貴族や王族のオートクチュールや、最近だと王国防衛隊の制服デザインっスかね!」

「え!あの制服デザインをあの彼女が!」


どんな人が着用しても、まともでかっこよく見える制服だったなぁ…

ああいった憧れの的になる制服は特別な意味を持つ。


王国防衛隊とはいえ、軍人なのには代わりない。

王国の男子は18歳から24歳までの間に2年従軍しなければいけない。

しかし近年は魔王軍と対戦中だったため、兵役期間が伸びたし、かなりの男性が徴兵された。

この頃女性は魔王軍のところに向かった男性陣の代わりに軍需産業に働きに出たり、今まで男性が行っていた仕事の穴埋めをしていた。

もちろん、志願して入隊した女性もいる。



「徴兵された集団」というマイナスイメージの防衛隊を「悪の魔王軍と勇敢に戦う勇士」へと変えたのが、国が行ったプロパガンダと制服の一新の成果だ。



カッコ良い、というのは最低条件でしかなかったそうだ。

動きやすく、大量生産が可能など様々な要望が国から提示されたそうだ。

それを全てクリアしたのが、ここでキャンキャン喚いているヴァネッサ・ロッシュというわけだ。





「たのもーーーー!」


「ちょっとハルカちゃん!?」

私はドアを思い切り開け、ずんずんと中に入っていた。

「おめえさん、何者だ!勝手に工房に入ってくるな!」

「すいません…!でも、お二人のやりとりを聞いていたら、いてもたってもいられなくて!」

「はあ?なに勝手に話聞いてんの?キモイんですけど」

「ねえ!あなた、魔物に興味ない?」

私はヴァネッサの細い肩をガシッと両方掴む。



「はあ?なにいってんの。この『あたおかオバサン』」

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