第3話『猛獣使いのアオイ』とのランチ

この世界のステータスで確認できる職業とはあくまでも適正がありますよ、という指標だ。異世界人では約3割に職業が表示され、ほとんどの人はその職業に従事する。


勇者として召喚された日本人は9割がここに記載がある。それも召喚の時に必要とされている才能や知恵を最大限に使える職業が。


おわかりだと思うが、残りの1割は私だ。





「やはり前回から変わってないですね」

「ですよねー…」

王城からほど近い教会でステータスを確認した。教会でしか確認できないのだ。よくは知らないが。



わざわざ王城の近くに行ったのには訳がある。

久しぶりに葵さんとココアちゃんに会いたくなったからだ。



王城の裏にある従業員と業者用の門は日光が差さないため、いつも冷んやりとしている。


「ハルカ様じゃないですか!お久しぶりです!」

「お久しぶりです!葵さんいらっしゃいますか?」

「確認します!」


群青色を基調としアクセントに赤が用いられたカッチリした衛兵の制服は、いつ見てもかっこいい。

白のロングブーツとグローブは見た目の割に、結構動きやすいらしい。

どんな人が着ても、まともで良識のある人間に見えてしまうのだから洋服の力は偉大だ。


「それにしてもお城に来てくださったのはいつぶりですかね」

「うーん、最近は忙しくて…ははっ」


嘘だ。いつもパーティーを首になっているので無職の期間の方がトータルは長い。


「ハルカ様が後方支援に尽力下さったおかげで、我々下っ端の兵も最後まで戦い抜くことができました。改めてお礼申し上げます」

「いやいや、そんなことないですよ。私は前線向きじゃなかったし、できることをしたまでです…あと、そのハルカ様って敬称はやめてくださいよ!」

「いえ、ハルカ様も勇者様ですので、絶対に敬称はやめません」

衛兵の笑顔はとても眩しかった。眩しすぎた。


「ハルカちゃん!」

門の向こうから、ふんわりとした薄ピンクのワンピースの上に短めのケープを羽織った葵さんがやってきた。

手入れがされているのか、日が差さない裏門でもふんわり巻いてあるロングの髪が輝いていた。

出会ったころから明るい茶髪だったが、これが地毛らしい。


大学生になったら髪を自由に染めたかったから、地毛で茶髪は憧れだった。


「葵さん!お久しぶりです」

「入城許可は取ったから、中へどうぞ」

「ありがとうございます!」

「今私、昼休憩だから一緒にランチしましょ!」

「はい!」



交代で昼休憩をとっている衛兵や、城で働く使用人で賑わっている食堂に移動した。

私は本日のAランチ、卵のサンドイッチとトマト系のスープセットを頼んだ。

やっぱりメインのお料理もどことなく西洋風だ。

「葵さんって今、お城の経理で働いてるんですよね!どんな感じなんですか?」

「うーん、正直戦後処理とかでバタバタしてるって感じかな…まだ平常時の経理って感じじゃないかも…」

「なんだか、大変そうですね…」

「まあ、公務員みたなもんだからお給料は保証されてるし、王城も居心地そんなに悪くないから…あと、ココアも今任務についてるからそばにいたいし…」

「ココアちゃんって今は学校に通ってるんですか?」

「そうそう。国王のお孫様のご友人兼警護という形で一緒に初等科1年生として通学してるの」

「あのココアちゃんの防御能力の高さだったら、どんなやつも尻尾を巻いて逃げますね!」

「あとは…ここだけの話、お給料は私より高いの…」

「マジですか…すごいですね…」


じゃあ私より稼いでるってことにもなるな…まだ10歳にもなってないのに報奨金+お給料で、もう働かなくてもいいじゃん…


「あ!きなこちゃんは元気ですか?」


先ほどまでにこやかにしていた葵さんの顔が曇る。


「うーん、元気といえば元気なんだけど…」







———————————————————





時は遡り、召喚後、約半年の訓練を終え最終決戦の地へと向かっていた勇者一行の話。


「ハルカ、アオイさんときなこの様子見てきてくれ」

黒縁メガネこと、聡一くんはすっかり剣士の服と大剣が板についた。

(それにしても、あんなに近距離で戦ってるのによくメガネ壊れないよな…)


「はーい!」

この部隊で一番身軽な私は偵察任務など雑用係としてサポートしていた。

最初は全然入らなかったアイテムボックスもだいぶ拡張し、みんなの荷物や戦いに必要な備品を収納できるまでになっていた。


先頭を歩く聡一くん、剛士くん、それから王国護衛隊の面々が前進する中、一番最後尾で大きな荷台を引くアオイさんと、心配そうに見守るココアちゃん。


あの憧れの女子大生の葵さんが…

歯を食いしばり、大量の汗をかきながら重すぎる荷物を引っ張っている。


「アオイー、ねー遅れてるヨ?もっと早く引けないノ?」


荷台で偉そうに横になっているのは、葵さんが召喚した使い魔の「きなこ」だ。

白ベースでところどころクリーム色の体毛を持つ、大きなフェレットで2.5メートルほどあるだろうか。

見た目は本当に可愛い。お目目はキュルキュルで小さなお耳。

大きな体のくせに動きが俊敏で、長いしっぽでも攻撃を繰り出せる。

この勇者パーティーの中でも前線で高火力を誇る頼れるやつ、ではある。



「きなこぉ…あんた、でかいんだから…

 自分で歩き、なさいよ…!」



見たこともない表情で、聞いたこともない声で使い魔に話しかける葵さん…

元いた世界のフェレットは小動物だが、こちらで召喚されたきなこがデカすぎるのでその分体重も、もちろん重くなっている。

魔法使い《ウィザード》の剛士くんが荷台に魔法をかけ、多少は運びやすくしてくれてはいるが…

女性が一人で引っ張るには限度がある。


「アオイさん、手伝いますよ」

私はハンドルをてにとろうとした、その瞬間

「使い魔アオイは一人でできるってネ、さっき言ってたよネ?」

大きな毛玉がそう曰う。


「はい、はい…どうせ私が、使い(人)間つかいまです、よ…」


「わ、わかりました…」


葵さんは私と目を合わせ口パクで「ありがとう」と言ってくれた。


私は隣で心配そうに歩くココアちゃんの横に移動する。

今見ても大楯が歩いているようにしか見えないが、軽々と背負い、きびきびと歩いている。

葵さんに結んでもらったツインテールが歩くたびに揺れている。

「きなこ、わたしにも引っ張らせてくれないの」

「そっかー。ココアちゃんが引っ張るとすぐに先頭にいけるのにね」


ココアちゃんがちょいちょいっと手招きをして、私の耳元で内緒話をする。


「でも、きなこって、アオイちゃんのこと大好きで、ずっと一緒にいたいんだよ…!」


満面の笑みで私も知っている情報を自分だけが知っているように話してくれるココアちゃんがめちゃくちゃ愛おしい…

「そういうのを『ツンデレ』っていうんだよ!」

「そうなんだ!面白い言葉、覚えようっと!」


「ちょっと…そこの暇そうな、ハルカちゃん…?私のココアに、ヘンな単語、教えてないよね…?」


「やばい!ココアちゃんのお母さんに怒られたから戻るね!」

「うん!ハルカちゃんまた後でね!」

「こ、こらーーー!!……ぜえぜぇ…」






———————————————————




「きなこ、最近ささみの湯で時間にうるっさくて…使い魔のくせに食事に文句言ってんじゃないわよ、ほんとに…ココアは好き嫌いないってのに…!」

「やー、使いマは大変ですねー」

「ちょっと?どっちのことを使いマって言ってるの?」

葵さんはすっかりココアちゃんの母親代わりと、きなこの僕しもべが板についたなぁ…



「そうだ、アンちゃんから聞いたよ。またパーティー首になったんですって?」

「ぶーーーーーーっ」

思わずトマトスープを吹き出す。

「えーー、なんで情報漏れてるんですかー!もう私何も言わなくても全部知ってるんじゃないですか??」

「ふふっそんなことないって。ハルカちゃんの口から聞きたいから近況を教えて!」







「というわけで、またまた首になりました…でも、なんでも捨ててその場に放置ってもったいなくないですか?」

「そうねぇ、私たち日本人の感覚からすると確かにもったいないと思うよね。

魔物を倒したら宝石とかに変化する訳じゃないし、食べる文化もないから利用価値がないって思われている。

そのまま放置したら、別の弱い個体がその肉を食べ繁殖し、その弱い個体を強い個体が捕食し、強い個体はさらに強くさらに繁殖し…っていう悪循環なんだけどね…」

「そうなんです。だから私、自分たちが倒した魔物はマジックボックスに入れてるんですけど、活用法がなかなか見つけられなくて…」

「難しいね…これは文化や価値観を変えないといけない問題かもね」

「文化や価値観…」



突然、食堂の入り口がやけに騒がしくなった。

食事中の者が次々と起立し、その人物に敬意を表した。

その人物とは、私が敬愛するララー妃だった。



「ハルカ様、こちらにおいでになるなら私わたくしに教えて下さっても良くてよ?」

「ララー様!」

私たちも食事を中断し立ち上がる。

「さあ、ハルカ様、アオイ様、私わたくしとお茶をご一緒下さいませ」

「は、はい…!」

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