最後にこの歌を

藤間詩織

第1話 二人

松下健吾がもし白血病になっていなかったら二人の未来はどうなっていたのだろう。

坂下こころは上尾市のまるひろが閉店になると聞いてふと思う。


こころと健吾はデイケアで知り合った。

こころが個展を開催する際、メディアからバッシングを受け、逃げるように東京から埼玉の上尾の精神科に入院した。

そして、病状が回復してから通所し始めたデイケアで健吾とこころは出会った。

健吾は昔、ミュージシャンを目指していただけあって、派手な服装で、デイケアの人たちから浮いていた。

こころは、昔の恋人の弟がミュージシャンということもあり、健吾と意気投合した。

健吾は、まだ、アパレルのお店でバイトしながらミュージシャンを目指している。

こころも、また、画家になることを夢見ていた。

仕事はしていなかったし、実力がなかったからバッシングにあったのだ。

しかし、昔、好きだった長嶋一馬と誓った草間彌生を目指すという夢はあきらめていなかった。

上尾駅の東口から大宮駅行きのバスに健吾と待ち合わせをして同じバスに乗る。

高校生のようだが、それが、こころにとってはとてもきもちのいい朝の時間だった。

デイケアでは、フィットネス、アート、フラワーアレンジメント、エアロビクス、ウォーキング、カラオケと遊んでいるかのような、そして、高校生のような第二の青春時間を過ごせる。

宮原からは、加瀬恭平と若槻充希が乗ってきて、四人でワイワイデイケアに着くのが楽しかった。

デイケアはこころが想像していたような暗いところではなく、みんなそれぞれ個性があって、楽しい場所だった。

恭平はプログラムに参加しないで麻雀ばかりしている。

充希ちゃんはひたすら刺し子をしている。

そんな充希ちゃんの隣で、プログラムに参加しないときは健吾と雑談しながら、アクリル絵の具で絵を描くのがこころの至福の時だった。

デイケア内恋愛は禁止だ。

しかし、わたしは知っている。

恭平が充希ちゃんを狙っていることを。

そして、わたしはデイケアを卒業したら健吾と二人で就労移行支援センターに通って、就職の訓練をしようと約束している。

わたしは今度は事務職ではなくて、もっと違う職業に就きたいと思っている。

健吾がアパレルをきわめて、週5日働くと言っているのを聞いて、わたしも密かにアパレルを狙っている。

絵を描ける程度に障害者枠でだ。

その頃のこころは、周りが昔みたいにピカピカして、未来が輝いて見えていた。

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